第7話:記憶は味に、言葉は湯気に
🌫️ シーン1:少女、現る
その日、昼下がりの《碧のごはん処(ミドリ)》に、一人の小さな影が入ってきた。
フード付きの上着に身を包み、碧素模様のスカーフを顔半分まで巻いた少女。
年は十歳ほど。だが、その瞳の奥には深く刻まれた記憶の影が宿っていた。
「……いらっしゃい」
タエコが声をかけても、少女は返事をしない。ただ、カウンターの端に静かに座った。
🧑🍳 シーン2:料理の中にある言葉
少女の碧素データを読み取ったすずかAIが静かに告げる。
「碧素共鳴:極端に静か。未解読の記憶反応あり。精神的沈黙状態。」
「……せやな。しゃべられへん時は、味にしゃべってもらお」
タエコは端末にそっとコードを走らせる。
《FRACTAL_COOK_MODE=SOUL_TRACE》《EMOTION_OUTPUT=微》
柔らかい青の光をまとった白粥、あたたかい根菜の碧煮、そして記憶をほどく碧汁。
「“しずかごはん”や。よう冷えてる心に、よう効くで」
🍽️ シーン3:湯気の中の感情
少女は言葉なく、そっと箸を手に取った。
ひとくち。ふたくち。
碧素の粒子が、彼女の体内でゆっくりと流れ出すように、微細な反応が厨房の端末に映る。
すずかAIが静かに告げた。
「感情共鳴:悲しみ、安堵、微笑の兆候。回復傾向にあります」
少女は最後のひとくちを終えると、少しだけ、目を見開いた。
その顔に、ようやく“今の空気”が宿る。
言葉はない。でも、それで十分だった。
「……おかわり」
少女が言ったわけではない。
でも、タエコはゆっくりと彼女の前に、二杯目の碧粥を置いた。
「うちは、声より湯気の方が信じとるんや」
言葉がなくても、湯気が語る。
そして、味が“ここにいてええよ”と伝えていた。