定時少し前に仕事を終えた二人は、片付けを済ませ、朔也の車でレストランへ向かった。
今夜は本物のホワイトクリスマスだった。
昼に止んでいた雪は、また降り始めている。
美宇は助手席で揺られながら、真っ白な雪道を見つめていた。
そのとき、朔也が口を開いた。
「レストランをやっている夫婦も移住組らしいよ」
「そうなんですか? じゃあ、お若い方?」
「ううん、60代らしい」
「え……ということは、定年後に移住されたんですか?」
「たぶんね」
(会社を退職してようやくゆっくりできるはずの時期に、わざわざ北の果てへ移住するなんて……)
美宇はすごい決断だと思った。
若くして移住した自分とは違い、高齢の彼らは、この地の厳しい冬を気にしなかったのだろうか。
右手にオホーツク海を眺め、道路沿いにある釧路本線の小さな無人駅をいくつか過ぎると、湖がひっそりと姿を現した。
その裏手の道を進むと、やがてログハウス造りのレストランが見えてきた。
まるでおとぎ話に出てくるような、可愛らしい外観だ。
「わあ、かわいい!」
美宇はレストランを見て、思わず叫んだ。
玄関の前にはシンボルツリーのもみの木があり、白とシルバーのオーナメントで飾られている。
上品で洗練されたクリスマスツリーだ。
「クリスマスらしくていいね」
「はい」
美宇は笑顔でうなずき、嬉しそうに車を降りた。
朔也が先に玄関へ向かい、扉を開ける。
その瞬間、ドアベルの軽やかな音が響いた。
「いらっしゃいませ」
60歳前後の上品なマダムが、笑顔で二人を迎えた。
おそらく店主の妻だろう。
「予約していないのですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ただ今夜はクリスマス限定コースのみですが、よろしいですか?」
「もちろん、大丈夫です」
朔也が答えると、女性は嬉しそうに二人を席へ案内した。
一番奥の窓際の席に通された二人は、向かい合って腰を下ろした。
「木の香りがしますね……なんかすごく落ち着きます」
「そうだね」
美宇はコートを隣の椅子に置き、さりげなく店内を見回した。
イブの夜、席はすべてカップルで埋まっている。
ほとんどが若いカップルだったが、年配のカップルも混ざっていた。
白髪の老夫婦に気づいた美宇は、思わず笑みを浮かべた。
「何を笑ってるの?」
朔也に見られていると気づいた美宇は、頬を赤らめ慌てて答えた。
「高齢のご夫婦が、こんな可愛いらしいお店でお食事しているのを見て、なんか素敵だなって……」
朔也は後ろを振り返り、その夫婦を確認すると、笑みを浮かべた。
「本当だね。素敵なご夫婦だ」
「はい。ああいうの……憧れます」
「いつまでも仲良しでいいよね」
朔也はおしぼりで手を拭きながら、優しい笑みを浮かべた。
思いがけず好きな人とクリスマスイブを過ごすことになり、美宇の胸は高鳴っていた。
まるで夢でも見ているような気分だった。
(神様からのクリスマスプレゼントね……)
そう思いながら、朔也が広げたメニューを見て、同じノンアルコールのスパークリングワインを頼んだ。
飲み物が運ばれてくると、二人はグラスを合わせた。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
ワインは乾いた喉に心地良かった。
料理は欧風オーブン料理で、熱々のポテトのキャセロールやハーブの効いたローストチキン、魚介のブイヤベースなど、どれも美味しかった。
絶品の料理を味わいながら、二人の会話は自然と弾んでいく。
ノンアルコールのはずなのに、まるで聖夜の魔法にかかったように、二人はいつもより饒舌で、会話が止まらない。
話題は美大時代のことや陶芸教室のこと、今取り組んでいる作品についてや創作論など、共通の話題で盛り上がった。
デザートの苺のタルトを食べ終えると、美宇は朔也に言った。
「お腹いっぱい! どれも美味しかったです」
「喜んでもらえて良かったよ。でも、本当にいい店だね」
「はい」
「蓮の店のライバルになる?」
「お料理の種類が違うから大丈夫ですよ」
「そっか……」
朔也はそう言って微笑んだ。
コーヒーを飲み終えた二人は席を立ち、出口へ向かった。
会計は朔也が済ませてくれたので、美宇は店を出ると礼を言った。
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
「わっ、寒っ!」
辺りはすっかり冷え込んでいた。
先ほどまで降っていた雪は止んでいたが、明け方にはまた降り積もりそうだ。
「本物のホワイトクリスマスって、初めてです」
「そっか……こっちでは当たり前なんだけどね」
「ふふっ、そうでした」
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
二人が乗った車は、美宇のアパートを目指して走り始めた。
ハンドルを握りながら、朔也が言った。
「女性とクリスマスイブを過ごすのは、随分久しぶりだよ」
その意外な言葉に美宇は驚いていたが、慌ててこう返す。
「女性といっても、従業員ですけどね」
「あはは、たしかに。でも、寂しい四十男に付き合ってくれる、心優しき従業員だけどね~」
そこで二人は声を上げて笑った。
(こんな穏やかな幸せが、いつまでも続けばいいのに……)
美宇はそう思いながら、窓の外に広がる真っ白な雪景色を微笑みながら見つめた。
コメント
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憧れのお店でのホワイトクリスマスディナー⛄️🎄✨ 美宇ちゃんが素敵な老夫婦カップル💝を見て将来の自分の姿を重ねる気持ち、わかります☺️ 2人の会話が弾んでる様子を見て羨ましい気持ちになったよ💗 今宵はどんな素敵なクリスマスナイト🎄🌉になるのか楽しみ😋😻
素敵な時間でしたね😊 それにしてもここには穏やか人々が多くてよかったです。 自分の気持ちも穏やかになっていきますね✨✨ さて、2人は今夜はどうなる?🤗
素敵なクリスマスディナー💕 年老いても、また2人でこのお店で素敵なクリスマス過ごせるといいなぁ( ᎔˘꒳˘᎔)️♡ 朔也さんの告白待ち遠しいなぁーまだかなぁー(*´˘`*)