そして年末が訪れた。
美宇の渾身の作品は、朔也の手配で無事に搬入を終えた。
工房での今年最後の陶芸教室は少し早めに切り上げ、最後に皆でお茶会を開いた。
コーヒーとケーキを味わいながら、朔也は一人ひとりの作品を講評する。
著名な陶芸家から直接批評を受けられるとあって、生徒たちは真剣に耳を傾けていた。
お茶会が終わると、皆で挨拶を交わし、年内最後の陶芸教室が終了した。
皆が帰った後、朔也と美宇は工房の大掃除を始めた。
掃除をしながら、美宇は朔也に言った。
「明日から東京に帰ります」
「そっか。飛行機は午前の便?」
「はい」
「戻るのはいつ?」
「四日です」
「じゃあ、のんびりできるね」
「はい」
それからしばらく二人は掃除に集中し、今年最後の工房での仕事を終えた。
しかし、朔也はこの後も作陶を続けるのだろう。
エプロンを外し上着を羽織った美宇は、荷物を手にして朔也に言った。
「それでは、良いお年を!」
「良いお年を! 気をつけて帰ってね」
「はい。では、失礼します」
美宇が工房を出ていくのを、朔也は穏やかな表情で見送った。
工房を出て歩きながら、美宇はなぜか後ろ髪を引かれる思いがした。
この町を離れたくない、年末年始もここで過ごしたい……そんな衝動に駆られる。
しかしすぐに思い直し、その気持ちをかき消した。
(何をバカなこと考えてるの……私が残ったら迷惑なだけ……彼は一人で作品作りに集中できるんだから)
美宇はそう自分に言い聞かせ、アパートへ戻った。
そして、すぐに帰省の荷造りを始めた。
翌朝、美宇が玄関の外に出ると、ちょうど隣人の絵美が出勤するところだった。
観光船が運休するこの時期、絵美は事務所へ通い、事務作業をこなす日々を送っていた。
「美宇ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
絵美は美宇が手にしているバッグを見て尋ねた。
「今日から帰省?」
「はい、四日まで。絵美さんは帰らないんですか?」
「年末年始は混むからね~、いつも2月頃に帰るんだ」
「あ、なるほど……」
美宇は納得する。
「美宇ちゃんが帰って来たら、新年会やろうよ」
「いいですね」
「バスターミナルまで行くの? だったら送ってくよ」
「大丈夫です。まだ時間はたっぷりあるので」
「そう? じゃあ、気をつけてね。良いお年を!」
「良いお年を」
絵美は笑顔で手を振り、車で職場へと向かった。
絵美の車を見送った美宇は、ドアの鍵を確認してから歩き始めた。
10メートルほど進んだところで、突然後ろからクラクションが鳴る。
驚いて振り返ると、一台の車が近づいてきた。朔也の車だ。
「青野さん! どうしたんですか?」
「空港まで送るよ」
「え?」
「吹雪になりそうだからね」
「バスで行くので大丈夫です」
「どうせ暇だから。さあ、乗って」
「いいんですか? けっこう距離がありますけど……」
「大丈夫だよ。さあ、乗って」
細かな雪が時折風にあおられ、辺りを真っ白に染めていく。
視界はかなり悪い。
美宇は朔也の申し出をありがたく受け、車の助手席に乗り込んだ。
「すみません」
「気にしないで。じゃあ、行こうか」
二人の乗った車は、女満別空港へ向かって走り出した。
あの日、初めて美宇がこの町に来た時とは、景色はすっかり変わっていた。
紅葉に彩られていた街は、今では銀世界へと姿を変えている。まるで別世界だ。
その神秘的で凍てつくような純白の世界に、美宇はすっかり魅了されていた。
あのときも、こうして朔也の車の助手席に座っていた。
ただひとつ違うのは、緊張でガチガチだったあの頃の美宇が、今ではすっかりリラックスしていることだ。
工房で過ごした日々は、朔也に対するたしかな信頼を築いていた。
「七瀬さんは、兄弟はいるの?」
「五つ離れた兄が一人います」
「そっか、お兄さんか」
「青野さんは?」
「僕は一人っ子なんだ」
「そうでしたか」
「うちの両親は夫婦仲が良すぎて、子供にかまける暇がないから、一人でいいと思ったらしいんだ」
「えっ、そうなんですか? ご両親はそんなに仲が良いんですか?」
「うん、すごいよ。息子の前でも平気でラブラブしてるからね」
「ええっ、すごい! でも、なんか素敵です……そういうの」
「まあ、母が幸せそうなのが一番なんだけどさ」
「えっと……じゃあ、雪かきのない場所に住みたいって言ったのは、もしかして?」
「もちろん母だよ」
「わあ、そのためにお父様はお仕事を引退して札幌に?」
「うん。でも、親父は完全には引退してなくて、大学やカルチャーセンターで陶芸を教えてるよ」
「わぁ、そうなんだ……」
仲が良すぎるという朔也の両親を想像し、美宇は思わず笑顔になった。
そんな素敵な結婚ならしてみたい……美宇はそう思った。
「七瀬さんがいない間、新しい作品に挑戦しようと思ってる」
「新しい作品?」
「そう。今までと違うイメージが浮かんだから、試しに作ってみようかなって……。うまくいったら個展に出してみるよ」
「わあ……楽しみです」
「それより、七瀬さんが応募したコンテスト、通るといいね」
「はい。でも、あまり期待しないようにします」
「ははっ、ずいぶん弱気なんだな」
朔也はそう言って、穏やかに微笑んだ。
空港に到着すると、朔也は搭乗ゲートまで送ってくれた。
そして、キャリーバッグを美宇に手渡してから言った。
「じゃあ、気をつけて」
「はい。送っていただきありがとうございました」
「東京土産は『東京バナナン』でいいよ」
茶目っ気たっぷりに言う朔也を見て、美宇は思わずクスッと笑った。
「『東京バナナン』ですね。分かりました」
「うん。じゃあまた」
「行ってきます」
美宇は軽く会釈をして搭乗ゲートへ入った。
朔也はその後ろ姿を少し寂しそうに見送ったが、美宇はそれにまったく気づいていなかった。
コメント
28件
寂しいよね朔也様😢 美宇ちゃんにほんの僅かでも会えないんだもんね😢でも新しいイメージってもしかして美宇ちゃんをイメージして作陶するのかな❓朔也様にとって美宇ちゃんはどうな風に見えているのか作品出来上がるの楽しみだね そして年明け東京バナナン沢山持って美宇ちゃんが帰ってくるのも楽しみ❣️もしかして空港で朝から待っていたりして(≧∀≦)

私も吹雪になって飛行機✈️飛ばないように願っちゃいました〜😅 そうすれば2人の距離がもっと縮まって。。。❤️なーんて妄想に入りかけました。マリコさんごめんなさい🙏
きっと寂しかったんですよね〜 早く4日にならないかなって思ってませんか⁉️😊 帰ってきたら美味しいコーヒーを飲みながら東京バナナンを食べましょう💓