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三条通りで、屋敷が燃えていると、夜更けにも関わらず、火事を見ようと野次馬が、大路に溢れている。
守満《もりみつ》達は、人の波に逆らいながら馬を走らせていたが、そろそろ、限界を迎えていた。
歩くしかないのだろうか。しかし、弓矢と琵琶がある。気付かれてはなるまいと、守満は、後ろに乗る髭モジャへ、声をかけたが、返事は大きな、いびきだった。
「若様、髭モジャ殿はよう眠られておりますぞ」
「親分猫殿、そのようですねぇ、うーん、これでは、ますます、馬から降りられないな」
では、致し方あるまい、と、親分猫が、呟くと同時に、
「姫君達が、焼き出されてるぞー!!!」
と、声を張り上げた。
姫君、という響きに、向かっていた野次馬の足は、一瞬止まるが、次には、うおぉーーー!!と、歓声を上げて、駆け出した。
そして……、大路からは、人っ子一人いなくなる。
「ほっほっほ、皆、本物の姫君なんぞ、見たことありませんからのぉ。そりゃー、一目見たいと、必死になりますわい」
「いや、なるほど、庶民とは、そうゆうものなのですか。まあ、私とて、他家の姫君など、見れませんけれどね」
ははは、と、守満と親分猫は、笑いながら、屋敷へ向けて、馬を走らせたのだった。
そして、翌日。
髭モジャは、橘に、こっぴどく叱られていた。
「お前様!なんですかっ!よりにもよって、守満様の背で、眠りこけるとわっ!!なんのための、供なのです!」
「す、すまぬ!!ワシも、驚いて、いるのじゃーー!!なんで、寝てしまったのかと!!!」
「それも、また、琵琶法師一団が出たらしいではないですか!守満様が、危うく、巻き込まれでもしたら!!」
「いや、あれは、の、女房殿」
髭モジャは、橘へ、事の顛末を語った。
「まあーー!なんと!お手柄でしたねぇ!」
「あお!女房殿!わかってくれたか!いやな、ワシも、思えば、新《あらた》だなんだと、捕まえ続け、内大臣様の御屋敷の火事だわ、もうー、動きづめで、寝ておらんかったからなぁーつい」
「ほんに、親分猫様が、いてくださって助かりました」
いやいや、それほどでも、と、いつの間にか、親分猫が、橘の膝の上で、丸くなっていた。
「え、えっ?!女房殿?!……」
親分猫は、橘に、撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らしている。
はあー、お前様を、馬から降ろすの、大変だったのですから、と、橘は、ぶつくさ言っている。
「何か、おかしいのじゃが?」
髭モジャが、合点がいかぬと首を捻っていると、童子、晴康《はるやす》が、やって来た。
「あー!もう、探しましたよ!髭モジャ様!検非違使達が!!」
「お前様!まさか、何が騒ぎを?!」
橘が、キッと髭モジャを睨み付ける。
「えーと、橘様、崇高《むねたか》様の、代わりに髭モジャ様を、とかなんとか……。とにかく!来てください!」
「あーー!しもうた!奴の、お勤め辞退の願を届けてなかったわっ!」
髭モジャは、慌てて、家令《しつじ》など、家政を取り仕切る者達の詰め所である、侍所《さむらいところ》へ、向かった。
引き戸を勢い良く開け、
「すまぬ!崇高は、急に家督を継ぐことになって、国元へ!」
と、侍所に、わんわんと鳴り響くかの大声で叫んだ。
「おお!久しいのお!髭モジャ殿!」
「ああ!崇高殿の事は、文が来て、了承済よ」
出向いて来ていた、検非違使達が、なぜか、頼む!!!と、髭モジャへ、いきなり頭を下げて来た。
何でも、丸顔の若人が、文を、検非違使の詰め所へ届けに来た。それは、崇高からの物で、国元へ、急ぎ戻らなければならない旨と、人手不足の時は、髭モジャを使うようにと書かれてあったという。
「あー、それと、こちらの御屋敷で、猫を預かっていただける、猫施薬院を開かれるそうだが、さっそく、猫が……」
足元には、わらわらと、猫が集まっていた。
「……そ、それは、なんのことじゃ?!」
「いや、野良猫は、引き取ってもらえる、髭モジャ殿の手は、借りれると、こちらは、大助かりなんだが……」
「そうそう、あの、荷運びの新《あらた》が、屋敷へ入り込んで情報を仕入れていた、とか、炊き出しに雇われていた、おばちゃん達から、それとなく、都の噂話を仕入れていたとか、すべて、髭モジャ殿が、暴かれたとか!」
「おお、ものすごい大立ち回りで、新一味を、崇高殿と捕まえたそうで!しかも、新が捕まったことで、職を失ってしまったと、おばちゃん達を、面倒見てもらえるよう、こちらの御屋敷へ頼み込んだとか」
「内大臣様の御屋敷の火事では……」
検非違使達は、髭モジャについて、これでもかと、語り続ける。
どこで、どうなったのか、検非違使達の中では、髭モジャ伝説が、出来上がっている様だった。
「うーん、何か、違うんじゃが……」
髭モジャは、まさに、目を回しそうになっていた。
そして、屋敷の門前では……。
童子と、丸顔の若人が、親しげに話し込んでいる。
「うん、ありがとう、タマ、あっ、それと、姫猫ちゃんも」
若人の懐から、猫が顔を出して、ニャーと鳴いた。
「えっと、猫の面倒とか、みてくださいって、良かったんですか?晴康様?」
「うん、守恵子《もりえこ》様も、退屈しないだろうし、あくまでも、一時的な事だろうしね。ちゃんとした飼い主を見つければ、問題は起こらないよ」
ニャー、ニャー、と、猫が鳴いた。
「晴康様、すみません。姫猫様のお願いなので……」
ははは、タマ、それは、のろけ?と、童子は、笑った。
「えーと、じゃあ、タマ達は……」
「うん、ご苦労様。また、何か頼むと思う」
「大丈夫です!タマは、晴康様の眷属というか、犬眷属というか、なんだか、おかしな、従者ですから!」
「おかしなって……」
まあ、そうだよなあー、と、童子、晴康は、呟いた。
なんの因果で、こんな力を持ってしまったのか。普通の子供として、産まれていたら……。
いやいや、と、邪念のようなモノを落とそうと、晴康は、首をブンブンと振った。
そして、タマ、と、眷族に声をかけたところ……。
タマは、巨大化した姫猫に、咥えられ、空の上だった。
「晴康様ーー!あぶり餅って、どこで、売ってるんですかーー!上野様、じゃなかった、徳子様が、買って来てくれって!」
「いや、それ、聞いてから、飛びなよ」
六条通りで、聞いてご覧!と、晴康は、空へ向かって答えた。
「……そこな、童子よ、ちょうど良かった!守近は、いるか?」
晴康の背後から、行きも絶え絶えの、斉時《なりとき》の声がする。
「嫌な予感、振り向かない方が良いのかな?」
「おい!ちょっと、まて、まっとくれ、おじさん、もうーー、家庭内の始末に、振り回されて、どうーしよーもないんだぞー、逃げるなーー!!」
童子、晴康は、門の中へ駆け込んで、脇にある侍所の引き戸を開けた。
「検非違使様!怪しい人物です!」
その一言に、検非違使達は、一斉に、立ち上がる。
立て続けに起こった、琵琶法師一団による、上位貴族の館襲撃に、都の警備は強化されていた。
「髭モジャ殿よ、話の続きは、また、今度!」
言って、検非違使達は、駆け出す。
「晴康殿よ、怪しいとは……もしや」
「あー、髭モジャ様、斉時様です」
「なあーんじゃ、そりゃー、検非違使にでも、任せておけばよいわ」
はははと、二人は、笑い合うが……。
「で、この猫達は?」
「うむ、そうじゃのおーー、よし!皆、ワシについて来い!若が、いなくなったから、牛小屋に、少し空きがある」
行くぞ!と、歩む髭モジャの後ろを、猫がぞろぞろついていく。
「うーん、牛といい、猫といい、髭モジャって、動物受けいいんだなぁー」
ふふふ、と、晴康は、笑った。
きっと、また、大騒ぎになるに違いない。楽しみが、また出来たぞとばかりに──。