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桜井正宗@オートスキル1巻発売
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こはる
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いやもう、今回もカエデらしさ全開でしたね……! 何もしてないのに敵が全滅して、いったん「完璧です」って褒められたと思ったら「爽やかさが足りない」で経験値ゼロ、さらに称号までゲット(?)って、理不尽の連続すぎてもう笑うしかないです。イオナお姉ちゃんが「よい称号です」って本気で褒めてるのも好き。お尻だけ守備範囲外なのも、なんかカエデっぽくてじわじわきます。次はもう落ちないでほしいけど、きっとまた落ちるんだろうな……。続き楽しみにしてます!
「……お腹空いた」
奈落の底を歩きながら、私はぽつんと呟きました。
お腹が空いています。すごく空いています。
でも、今ここで何か食べられる感じは、あんまりしません。
暗いし、怖いし、空気がまずいし。
……でも、お腹は空きます。
この極限状態にあって、私のお腹だけはずっと平和です。
『前方、通路が分岐しています』
イオナお姉ちゃんの声に促されて、私は暗闇の先を見ました。
「分岐……」
少し先で、道が二つに割れていました。
右は、細くて暗い通路。
左は、広めで暗い通路。
どっちも暗いです。
私は真剣に考えました。
選択肢の味が同じです。
お腹空いた。
違う。今それじゃない。
右は怖い。
左も怖い。
真ん中は壁。
壁は、さすがに進めません。
サクラなら、たぶん殴って道を作って進みます。
でも私は、壁を殴ると普通に手が痛いタイプです。
「じゃあ……右」
私は、なんとなく右の通路を指しました。
『なぜですか』
イオナお姉ちゃんが、すぐに理由を聞いてきます。
「右の方が……ちょっと細くて、なんか落ち着くかなって」
『最悪の判断基準です』
「そうかな……」
細い道って、なんとなく安心しませんか。
狭いところに入ると、ちょっと守られている感じがします。
その瞬間でした。
ピコン。
嫌な感じの電子音が鳴り、目の前の空中に青白いログが表示されました。
【幸運値−530,000による理不尽な確率干渉を確認】
「……出た」
私は足を止めて、目の前の文字列を見ました。
『出ましたね』
イオナお姉ちゃんも、なぜか落ち着いていました。
「出なくても……いいのに……」
次の瞬間、右の通路の床が、私の足元だけ綺麗にスポンッと抜けました。
「……え」
落ちました。
「ひゃあああああああ!?」
『姿勢を保ちなさい』
絶賛落下中なのに、頭の中に響くイオナお姉ちゃんの声はまったく乱れていません。
「こんな時にも姿勢……!?」
真下へ落ちる。
いや、斜め下へ落ちる。
いや、もはやどこに向かって落ちているのか分かりません。
私は暗闇の中を、悲鳴と一緒に転がり落ちていました。
途中で、壁から槍みたいなものが飛び出してきました。
シャキンッ!!
「串刺し……かな……?」
私は落ちながら、わりと本気でそう思いました。
『問題ありません』
「問題あると思う……!」
ガギィィィンッ!!
槍は私の黒い鎧に当たった瞬間、激しい火花を散らしてへし折れました。
胸元は守られました。
胸元だけは、ものすごく強固に守られました。
折れた槍の破片が、なぜか反対側の壁に深く突き刺さります。
すると。
ゴゴゴゴゴ……。
「……なに、この音」
私は落ちながら、嫌な方向に首を向けました。
『崩落音です』
イオナお姉ちゃんが、さらっと言いました。
「冷静に怖いこと言わないで……」
天井が崩れました。
「わあああああ……!」
大量の岩が、私のすぐ横を落ちていきます。
当たったら、たぶん死にます。普通に死にます。
岩が落ちてくるたびに、イオナお姉ちゃんの黒い装甲が私の胸と肩をぎゅっと固めました。
ガンッ!
ガゴンッ!
ドガァンッ!
お腹や胸に当たりそうな岩だけ、装甲が完璧に受け止めて弾き返してくれます。
上半身は守られています。とても守られています。
でも、下半身は私の担当でした。
「すごい……すごいけど、担当分けが怖い……!」
『急所は守っています』
「急所じゃないところも、私なんだけど……」
腕とか。足とか。あと、お尻とか。
そのあたりも、できれば私として扱ってほしいです。
そして、私の下から聞こえました。
「グギャアアアアアッ!?」
「ギャギャギャッ!?」
……モンスターの悲鳴。
嫌な予感がしました。
私は落下しながら、恐る恐る下を見ます。
崩れた岩の雨が、ちょうど下の広間に集まっていたモンスターたちの上へ、ピンポイントで綺麗に降り注いでいました。
「…………」
私は言葉を失いました。
ドゴゴゴゴゴゴン!!
広間が、岩と悲鳴と土煙で完全に埋まりました。
そして私は、その中心から少しだけ外れた場所に落ちました。
ドスンッ。
「ぐぇ」
胸と背中は、イオナお姉ちゃんが守ってくれました。
だから、痛みは思ったより少ないです。
ただし、お尻は普通に痛いです。
「……お尻、守備範囲外だった……」
『胸部、背部、頸部の保護に成功しました』
「お尻は……?」
『保護対象外です』
「お尻も、私なのに……」
でも、生きています。それは、とてもすごいことです。
痛くないところも、痛いところもあります。
人生みたいです。
いや、人生ってこんなに理不尽に落ちるものだったかな。
土煙が晴れると、広間には倒れたモンスターたちが光の粒になって消えていくところでした。
「……私、なにもしてない気がする」
私は小さく呟きました。
ほんとうに、ただ理不尽に落ちただけです。
ピロンッ。
無機質な電子音が響き、目の前に半透明のシステムウィンドウが浮かび上がりました。
【経験値の算定をします】
「え。あ、はい……」
私は座り込んだまま、瞬きをしてその文字を見つめます。
【古代罠への落下、および崩落による敵集団の一括処理を確認】
冷たい文字がすらすらと流れていきます。
「処理したつもりは、ないです……落ちた側です……」
私は説明してみました。
【自身を囮にし、敵を崩落範囲へ誘導した可能性があります】
システムは私の説明を完全にスルーしました。
「私も落ちたよ……?」
【落下地点、崩落範囲、敵配置、全てが最悪の確率で噛み合いました】
「噛み合わなくていいところが、噛み合ったんだね……」
【結果として、勇者の被害:軽微。敵集団:壊滅。効率:最高値】
「……え……最高値……え?」
文字が、パァァッと金色に輝きました。
私は少し、顔を上げました。
【評価:完璧です】
ファンファーレのような、ちょっと誇らしげな音が鳴ります。
「……そ、そう……?」
なんか、褒められました。
意味は分かりません。
でも、少しだけ嬉しかったです。
口元がちょっとだけ緩みました。
ブブーッ。
突然、空気を読まない無慈悲なエラー音が鳴り響き、金色の文字が灰色に反転しました。
【ただし、爽やかさが確認できません】
「爽やかさもいるの……?」
理不尽すぎる減点方式に、私の目が点になります。
【よって獲得経験値:0】
「またゼロ……」
非情な宣告とともに、ウィンドウはパリンと割れて消滅しました。
私は地面にがっくりと膝をつき、両手をつきました。
レベルが上がらない。何をしても上がらない。
というか、今回は何もしていません。
何もしていないのに、いったん褒められて、最後に爽やかさで落とされました。
世の中って難しいです。
『見事です、カエデ』
イオナお姉ちゃんが、静かに褒めました。
「どこか……褒めるところあった……?」
私は膝をついたまま、ゆっくり首を傾げました。
『自ら罠に落ち、敵をまとめて処理する。恐るべき自爆的戦術です』
「私は……死にかけただけだよ……」
『上半身への致命傷を回避しながら、敵集団を崩落で処理しました』
「下半身は、かなり現場判断だったよ……」
『恐怖を利用し、地形を利用し、敵の密集地点へ崩落を誘導した。高度な戦術です』
「利用されたのは、たぶん私の方だよ……」
ピロリンッ。
再び音が鳴り、重々しい文字が私の頭上に降り注ぎました。
【称号:《爽やかさが足りない女》を獲得しました】
「普通に悪口……エシックス問題だよ……」
私はぽそっと抗議しました。
不運より、なんだか人間性を言われている気がします。
『よい称号です』
イオナお姉ちゃんは、少し嬉しそうでした。
姉の誇り方が、だいぶ独特です。
「どこが……?」
『改善点が明確です』
「改善するの……? 爽やかさを……?」
『今はねっとりしてますからね』
「エシックス問題、追加だよ……」
称号が増えました。経験値は増えませんでした。
勇者って、難しいです。
私は立ち上がろうとして、少しふらつきました。
すると、イオナお姉ちゃんが勝手に背筋を強制的に伸ばしてきます。
ガシャコンッ!
「いたい……」
『姿勢を崩さない。精神が乱れています』
「乱れるよ……。落ちて、罠が起きて、敵が死んで、爽やかさがない、ねっとりって言われたんだから……」
私は小さくため息をつきました。
お腹は、まだ空いています。
心は、ちょっとへこんでいます。
レベルは、上がっていません。
お尻は、ちょっと痛いです。
でも、生きています。
それだけは、たぶんよかったです。
『カエデ。落ち着きなさい』
「うん……」
私は素直に頷きました。
頷いたら、少しだけお腹が鳴りました。
ぐう。
「……やっぱり、お腹空いた」
『完全栄養食を推奨します』
「それは……まだ大丈夫かな……」
奈落の底で、私はゆっくり立ち上がりました。
次にどっちへ進めばいいのかは、まだ分かりません。
サクラも、ツバキも、ローザさんも、エストちゃんも、辰美さんも、どこにいるのか分かりません。
でも、とりあえず。
落ちるのは、しばらく遠慮したいです。
(つづく)