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校門の前で、ぽつぽつと雨粒が降り始めた。傘を持っていない自分に気づき、視線を上げると、無愛想な彼が少しだけこちらを見ていた。
「……傘、いるのか?」
その声は無表情だが、確かに自分に向けられている。
「え……あ、はい……」
素直に答えると、彼は黙って自分の傘を差し出す。
その大きな黒い傘の下に入ると、体が少し近づく。
雨音のせいで、周りの世界はまるで遠くなったようだ。
「ありがと……」
言葉に少し照れを混ぜながらも、心の中は少し弾む。
二人で歩き出すと、自然と足並みが揃う。
無愛想な彼は黙って前を歩き、時折こちらに目をやる。
その瞬間、胸の奥がきゅっとする。
「どうして、急に傘を……?」
聞けば、彼は少し肩をすくめ、いつもの無表情に戻る。
「別に……雨、嫌いじゃないし」
その答えに、思わずくすっと笑ってしまった。
たわいもない会話だけど、この距離感が心地よい。
雨の中、二人きりで歩く放課後は、まるで世界が二人だけの空間になったように感じられた。
途中、足元が水たまりで濡れそうになった。
「気をつけて」
彼がさっと手を差し出す。
小さな手のぬくもりが、意識してしまうほど温かい。
「……ありがとう」
言いながら、自然と手を取ってしまう自分に、少し驚く。
「……変なやつ」
彼はそう言って顔をそむけるが、微かに口元が緩んでいるのが見えた。
学校を出て、住宅街の道を歩く。雨はまだしとしと降っている。
「ここまででいいか?」
「うん、大丈夫」
小さなやり取りの中に、互いの距離がゆっくりと縮まっていくのを感じる。
ふと、傘を閉じるタイミングで彼と目が合った。
その目には、いつもの無愛想さの奥に、少しの優しさが見える。
「また……傘、いる日があったら言えよ」
その一言が、心を少しだけ温めた。
帰り道、雨音と傘の隙間から差す街灯の光に、二人の影が少し長く伸びる。
肩が触れる距離も、ほんの少しの言葉も、全部が特別な時間に変わる。
雨の日の傘の下で、初めての心地よい距離を感じながら、二人は無言で歩き続けた。