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朝の教室はまだ静かだった。窓の外から差し込む光が、机の端を柔らかく照らす。
隣の席の彼に、今日も声をかけられない自分がいる。
「……おはよう」
小さく、震える声で、やっと言えた一言。
返事はすぐに返ってこなかったが、彼の視線が一瞬こちらに向いた。
それだけで胸がぎゅっとなる。
気弱な自分は、言葉に詰まり、ついノートに視線を落とす。
けれど、隣の優等生は何も言わず、軽く頷いた。
その微かな反応が、自分にとっては何よりも大きな意味を持った。
授業が始まっても、机の間の距離は変わらない。
彼は落ち着いた顔でノートを開き、ペンを走らせる。
その姿を見ているだけで、心が少し温かくなる。
休み時間、教室の片隅でお互いに視線を交わす。
言葉はなくても、目だけで「朝の挨拶、ちゃんと聞いた」と伝わる気がした。
小さな勇気が積み重なる瞬間は、放課後の特別な約束のようだ。
帰り道も、気弱な自分はつい彼の後ろを歩いてしまう。
一歩下がった距離でも、視線だけで互いを感じることができる。
「今日は一緒に帰るの?」
自然と口をついて出たその声に、彼は驚いたように顔を向ける。
「うん……いいよ」
短く、でも確かな返事。
その一言で、胸の奥がじんわり温かくなる。
今まで言えなかったことが、少しずつ、こうして伝わる喜び。
「明日も、ちゃんと言えるかな……」
小さな声で呟くと、彼は微かに笑みを浮かべ、うなずいた。
学校生活の中のほんの些細な一瞬――
それでも、気弱な自分にとっては、世界で一番大切な瞬間になる。
毎朝の「おはよう」が、恋の始まりを静かに告げる。
教室の外では風が揺れ、葉っぱが光を反射している。
二人の影も、そっと寄り添うように揺れる。
誰かに気づかれなくても、確かに伝わる気持ち。
「今日も、いい日になりそうだ」
そう思えるのは、隣にいる彼がいるから。
小さな勇気、初めての挨拶、そして目で交わす約束。
それだけで、日常の教室が特別な場所に変わる。
やがて、この距離がもっと縮まり、声に出して「好き」と言える日が来ることを、気弱な自分は静かに夢見るのだった。