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「静まれえい!」
ウィリアム・マーシャルの怒声が、
会場を震わせた。
老騎士とは思えぬ声だった。
まるで戦場で、
数千の兵を制止する将のような響き。
ざわめいていた観客たちが、
ぴたりと口を閉ざす。
マーシャルは、
ゆっくりと王妃へ視線を向けた。
その視線に導かれるように、
民衆の目もまた、
エレノア王妃へ集まっていく。
王妃は静かにロビンへ歩み寄った。
まだ若い義賊。
王家の鹿を射た罪人。
だが同時に、
民衆の希望となってしまった少年。
エレノアは、
そっとロビンの肩へ手を置いた。
「……つらかったろうね」
「もう心配はいらないよ」
その言葉に、
ロビンは目を見開いた。
責めるでもない。
裁くでもない。
ただ、
ひとりの子供へ向けるような声だった。
王妃はゆっくりと振り返る。
そして、
会場全体へ向けて口を開いた。
「ノッテンガムのような奸臣を」
「見抜けなかった私を」
「どうか許しておくれ」
透き通るような声だった。
だがその声は城壁の隅々にまで届き、
観客たちの胸へ深く落ちていく。
誰も言葉を発せなかった。
王妃は続ける。
「税については――」
一度、
ゆっくりとジョン王子へ目を向けた。
「今日、ちょうどジョンを連れてきている」
突然視線を向けられ、
ジョンは小さく肩を震わせた。
「え……?」
戸惑いながら机を見る。
そこには、
いつの間に置かれていたのか、
一枚の紙があった。
ジョンはそれを手に取る。
目を走らせるうちに、
その表情がわずかに変わった。
そして観客たちを前に、
ゆっくりと口を開く。
「ここにいるすべての者へ――」
まだ若い声だった。
だが会場は静まり返り、
誰もがその言葉を待っていた。
「そして、すべての国民よ」
ジョンは紙を握りしめる。
「皆を苦しめていた税は」
「本年をもって廃止し」
観客席がざわついた。
ジョンは続ける。
「新たに軽減した税を定め、来年度より施行する」
「貸金の利息は上限を定め」
「本日以降は、この軽減した利息に合わせるものとする」
静寂。
誰もが、
その意味を理解しかけていた。
ジョンは最後の一文を読み上げる。
「これを――」
若き王子は顔を上げた。
「私ジョン、および王家の名において」
「皆に約束する」
一瞬。
会場は静まり返った。
誰もが、
自分の耳を疑っていた。
税の廃止。
利息の制限。
それを、
王家そのものが約束したのだ。
やがて――
「うおおおおおおっ!!」
歓声が爆発した。
「ジョン殿下万歳!!」
「王妃様万歳!!」
「王家万歳!!」
農民たちが帽子を振り回す。
商人たちが拳を突き上げる。
涙を流しながら叫ぶ者までいた。
ノッテンガム城は、
まるで戦勝祝いのような熱狂に包まれていた。
その中心で――
エレノア王妃だけが、
静かに目を細めていた。
歓声。
熱狂。
民衆の涙。
すべてを見つめながら、
ただ静かに。
その横へ、
リチャードは母の隣へ立った。
そして、
誇らしげな顔で、
弟ジョンを見上げる。
「やったな、ジョン」
小さく笑う。
ジョンは突然兄に見られ、
照れくさそうに顔をしかめた。
その様子に、
観客たちから笑いが漏れる。
先ほどまで会場を満たしていた殺気は、
もう消えていた。
そこにあるのは、
祭りのような熱気と、
王家への歓声だけ。
少し離れた場所で、
ユンナはようやく息を吐いた。
「……よかった」
胸を押さえる。
ユンナは安心したように、
隣へ振り向く。
「軍師様?」
だが――
サイラスは笑っていなかった。
歓声に包まれる会場を見つめたまま、
険しい表情をしていた。
その時だった。
「サーイーラーース!!」
場違いなほどよく通る、
聞き覚えのある大声が響き渡った。
「逮捕だあっ!!」
会場中の視線が、
一斉に城壁の上へ向く。
そこには、
豪奢な赤い外套を翻した男が立っていた。
カルド王。
そしてその背後には――
ずらり。
三百を超える兵士たち。
城壁。
通路。
階段。
出入口。
いつの間にか、
弓大会会場そのものが包囲されていた。
観客たちは騒然となる。
「な、なんだ!?」
「兵だ!」
「王都の兵じゃないか!」
やがて誰かが叫ぶ。
「カルド王の近衛だ!」
空気が一変した。
カルド王は腕を組み、
満足げに頷く。
「サイラスっ!」
「お前がここにいることはわかっている!」
びしっ、と指を突きつける。
「よくも人んちに来て好き勝手やってくれたな!」
観客席から、
「人んち……」
と小声が漏れた。
カルドは続ける。
「俺が直々にひっとらえて!」
「取り調べをしてやる!」
サイラスは顔を覆った。
「来た……」
ユンナが青ざめる。
「本当に来た……」
カルド王は城壁の上から、
びしびし指示を飛ばす。
「よいか皆の者!」
「片腕! 青い外套が目印だ!」
「ひっとらえて!」
「俺の前にひざまずかせろ!」
兵たちが、
「おおっ!!」
と応じる。
だがカルドは、
そこで急に真顔になった。
「ただしっ!!」
拳を振り上げる。
「剣と弓は使うな!!」
兵たちがきょとんとする。
「会場にいる騎士にも伝えろ!」
「捕らえた者には褒賞を与える!」
そして。
「かかれいっ!!」
うおおおおっ!!
と兵士たちが雪崩れ込む。
その瞬間。
ロビンが前へ飛び出した。
「王命なれど!」
緑の外套を翻し、
弓を掲げる。
「森の大軍師をお渡しするわけには参りません!」
民衆がどよめく。
ロビンはカルド王を真っ直ぐ見上げた。
「カルド王にも!」
「森のみんなの直訴状を読んでいただく!」
「剣と弓は使うな!」
後ろを振り返る。
「みんな行くぞ!」
リトル・ジョンが丸太のような腕を振り上げる。
「おう!!」
タックが酒瓶を掲げる。
「祭りだあ!!」
「逆にカルド王を捕まえるぞ!!」
「おおおおおっ!!」
観客席からも、
なぜか歓声が上がった。
「いけーっ!!」
「捕まえろーっ!!」
「どっちをだ!?」
完全に祭りだった。
その中心で。
「……マジ?」
サイラスだけが、
真顔だった。
次の瞬間、
ユンナの手を掴む。
「逃げるよ!!」
「えっ!?」
二人は一目散に走り出した。
兵士たちが追う。
ロビンたちが妨害する。
観客が巻き込まれる。
酔っぱらいが転ぶ。
楽団がなぜか演奏を始める。
こうして――
ノッテンガム城を舞台にした、
前代未聞の壮大な鬼ごっこが始まった。
一方その頃。
貴賓席。
「ほう」
エレノア王妃は、
優雅に紅茶を口へ運んでいた。
隣ではウィリアム・マーシャルが腕を組み、
「若いですなあ」
と頷いている。
リチャードは大笑いしていた。
「ははははっ!」
「父上なにやってんだ!」
ジョンは呆れ顔だった。
「兄上も笑ってる場合じゃ……」
眼下で、
カルド王の近衛兵たちが、
必死の形相でサイラスを追いかけ回している。
時折。
「あ、リチャード」
「聖地はどうだった?」
「酒はこっちの方がうまいね」
「そうかい、明日はみんなで食事でもしよう」
そんな会話まで混じる。
眼下では、
サイラスが全力疾走していた。
ノッテンガム城は、
今日もっとも平和な大混乱に包まれていた。
この日のことは――
後に、
酒場で吟遊詩人たちによって歌われ、
暖炉を囲む子供たちへ語られ、
幾度となく脚色されながら、
王国中へ広がっていくことになる。
『 義賊ロビン・フッド 』
ノッテンガム城で起きた、
あまりにも奇妙で、
あまりにも鮮やかな一日。
だが――
本当の意味を知る者は、
ほんのわずかだった。
歓声。
笑い声。
祭りの熱狂。
そのすべての裏で、
王国の未来を巡る思惑が、
静かに交差していたのだから。
騎士が剣を掲げ、
王と民が同じ夢を見られた時代。
それは、
黄昏へ向かう騎士の時代が残した、
最後の残り香だったのかもしれない。
――エピローグ。
『冬のライオン ―― サイラスの推理 ――』
へ続く。
コメント
1件
読み終えました……! この「大団円」、本当に素晴らしかったです。王妃エレノアの「つらかったろうね」という一言に泣きそうになりました。裁くでもなく、ただその存在を認めるような優しさが胸に沁みます。そして何より、あのラストのカルド王の乱入(笑)! サイラスが全力で逃げる展開、完全に祭りになってて大好きです。物語全体が「大団円」というタイトルの通り、温かくてちょっと茶目っ気のある幕引き。連載お疲れ様でした、眠狂四郎さん!