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先程の笑い声とは打って変わって、ロキの冷たく低い声が、春の夜風に静かに響く。
陽菜子は口元に笑みこそ浮かべているが、その目元はどこか冷たく笑ってなどいなかった。
「お? ビンゴですか?」
「茶化すな。正直に答えろ」
陽菜子は「え〜?」と不満そうな顔をするが、ロキの獲物を逃すまいと睨みつけるその視線に、陽菜子は『諦めた』というような仕草をし、直ぐに真剣な表情を見せる。
「いや〜、さっきからずっと気になってたんですよねぇ。『何で誰も起きてこないんだろう』……って。あんだけ騒いでるのに誰一人として注意しない。それに、さっきココに来る前に、ドジってコケちゃったんですよ〜。結構大きい音立てちゃって、社畜で日々疲れてるヒロくんはまだしも、ウチらの中で割と敏感なイオですら起きなかったんですよ……。最初は何か仕込まれたのかと思いましたけど、よく良く考えれば何も食べてないし、お香とかを焚いた覚えもない。それに、ココは魔法の存在する世界。なら『広範囲の状態異常の魔法をかけたんじゃないのか』? ……ってね」
ロキはそっと、ズボンの裾に手を伸ばす。それに気づいたのか、陽菜子は「ちょっと待った待った」とロキの行動を制止する。
「別にロキさんとやり合おうとか、そういうのは一切ないんで。……実際さっきも言った通り『この世界の仕組みを理解していない』から、後ろ盾の御家とか人脈とか手に入れても全く分からないし、そもそも興味もないです。……ぶっちゃけた話、そういうしがらみとか、かえって邪魔なだけだから、むしろ関わりたくないのが本音です。……あぁ! 言っときますけど、だからと言ってお金目的でもないですよ! 本当に後でお返しできるように、ちゃんとさっきみたいにメモしてます」
「………………」
「あ、その顔! 信じていませんね!? 返済の仕方はギルドとかがあれば登録したり、日雇いバイトとかして少しずつ稼いだりしたいなーって、考えていますよ!」
ロキは、見定めるように陽菜子を睨む。一方の陽菜子は、ただただ静かに笑って、両手の平をロキに向けて上げている。
――――――コイツは一体、何を考えてる……?――――――
陽菜子の言葉や行動には、一切の嘘偽りはない。つまり本心なのだろう。しかし、それがかえってロキの疑心をかりたたせる。その理由に、ロキ自身が今まで『陽菜子の様な無欲の人間に出会ったことがなかった』からだ。
……いや、正確には一人だけ、該当する人物はいる。
「……で? お前の要求は?」
「ふむ……。逆に警戒されちゃいましたか……。いや〜、困った困った〜」
全く困ったという様子ではないが、大袈裟に困ったような素振りをする。そして片方の口角をニッと上げては、三本。指を立ててロキの方へと突き出した。
「それではこうしましょう。私の方からは三つ! 要求したいと思います!!」
「……いいだろ、言ってみろ」
陽菜子はニッコリ笑うと「では……」と、指を一本立てて表情から笑みを消す。
「まず一つ目。あの二人にかけた魔法を、今すぐ解除してください」
陽菜子はロキを睨みつける。
「私、こう見えて結構怒ってるんですよ。……別に私一人だけの事なら、ここまでも怒らないですけど……。二人を巻き込んだ事に対して、私は大変腹が立っています」
その表情は先程の陽菜子とは違って、冷たく鋭い視線だ。
「……もし、僕が断ったら?」
ロキの問いに陽菜子は瞼を閉じる……。そして静かに笑った。
「…………!?」
その笑顔にはどこか不気味さがあり、そして――――――。
「そうですね〜……私がロキさんに抱きついて屋根の上から一緒に飛び降りましょう♪」
陽菜子は、屋根から地面を見下ろすように覗き込む。
「いやぁ、高いですね〜。ここから転落したら即死ですかね? あ、けど打ちどころが悪いと、中々死ねないって聞くし……。でも二人で心中すれば、きっと怖くないですよね♪」
どこか楽しげに話す陽菜子に、ロキの瞳が大きく開く。
「なに……、言ってるんだ……?」
「何って、ロキさんに断られた時の話ですよ〜。あ、でもロキさんを道連れにしたら、ロキさんと同じになっちゃいますね」
ロキの表情が、ピクリと動く。陽菜子は歪な笑みを浮かべると、「だって〜」と続ける。
「人質を取るようなズルいやり方、私には出来ませんもん」
そう言って屋根のギリギリ先まで立つと、月を背にするように両手を軽く広げる。
「なのでロキさんに断られたら、私がココから飛び降ります」
「は……?」
唖然とするロキを他所に、陽菜子は清々しいほどに笑う。その顔には、陽菜子の言葉の歪さも狂気も……。全く感じさせない程の笑顔。
「そ、んな脅しに、僕は動じないぞ……?」
ゴクリと唾を飲み込む。そんな音が響きそうだった。
「そうですか……。残念です……」
困り顔で頬を軽くかく。ロキはホッと力を抜く。
そう言って軽く屋根を蹴って、陽菜子は自身の全体重を後ろへと傾ける。
「まっ、やめ……」
髪がふわっと広がり、陽菜子の身体が宙に浮く。