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『――っな!?』
一体何が起きたのか? それを理解出来る者は居なかった。
幸人でさえ驚いているのか、目を見開いている。
二人は激突したはずだ。
しかし何故か二人は交える事無く、硬直したかの様に動きを止めている。
“何時の間に?”
当事者のみならず、全員がそう思うのも無理は無い。
何故なら二人の間には割って入ったかの様に、琉月が立ちはだかっていたのだから。
「……熾震さん。貴方の御気持ちも分かりますが、此所は闘いの場では無いのですよ。貴方が剣を振るうべきは他に有るでしょう?」
そう穏やかに諭す。その左手は柄の尖端へ置かれている。
これによって熾震は刀を抜けない状態なのだ。
「ぐっ……!」
熾震のその歯軋りは、諭された事に対するものではなく、抜きを事前に止められた事なのか。
まるで抗えない力によって、居合い構えのまま動けないでいた。
「それと……時雨さん。貴方はもっとSS級の威厳を持って貰いたい処です。他の方々に示しがつかないでしょう?」
そして時雨へ。その右手人差し指は、時雨の瞳に向けられている。
その指はもう少し踏み込んでいたならば、己の瞳を突いていたであろう事を、時雨の唖然とした表情が物語っていた。
「じょ……冗談だよ琉月ちゃん! おっ、怒らないでごめん……」
突如我に反ったのか、上擦った口調の時雨。明らかに焦っている。
「この様な場では、その“ちゃん”というのも控えて欲しいのですけどね……。では話の続きに戻りましょう」
琉月は両手を戻し、元の席へと戻っていく。
場は何事も無く収められた。
それにしても琉月だ。
あの二人を、S級とSS級の対決を割って入り、尚且つ止める等――
「見えたか?」
「いや……」
ジュウベエの問いに言葉を濁した幸人。
彼にも見えなかったのだ。
席に座っていたはずの彼女があの刹那の刻の間、何時あの二人の間に割って入っていたのかを。
そしてあの二人を止めるには、並大抵の事ではない事も。
「辞退だ。私は帰らせて貰う……」
突如熾震は具現化していた刀を消し去り、扉へ向けて歩み出す。
「まだまだ力量不足のようだ。だが……私はもっと強くなってみせる」
扉から出ていく間際、背を向けたままそう言い残し、熾震はこの場から立ち去って行った。
「…………」
それに続く様に、ぞろぞろと一人、また一人とA級の者達が此処から出ていく。
皆痛感していたのだ。
自分達とはレベルが違う事に。
「あれ? 皆帰るって事は、自動的に俺で決定って事だよね琉月ちゃん?」
「え、ええ……。そういう事になりますね」
室内に残されたのは時雨、琉月、そして幸人とジュウベエのみ。
どうやら今回の依頼は時雨で決まりのようだ。
「サクッと終わらせるからさ、終わったら二人で呑みに行こうよ」
先程の焦りは処吹く風か、すっかり陽気に戻った時雨は、既に依頼完遂後の情事まで琉月に提案している。
早い話が口説き。
「プライベードではなく、“ビジネス”としてなら宜しいですよ」
だが彼女はそれを論理的にかわしていた。
早い話がプライベートならお断り。
「つれないなぁ……。たまには良いじゃん仕事抜きでさ。二人で羽目を外そうよ、なんてね」
他の者ならいやらしく聞こえる言葉も、不思議と彼の陽気さでそれを感じさせない。
二人は一体どういう関係なのか?
親密にしては距離が有る。
「オレらも帰るか? へえへえお熱い事で……。とんだ無駄足だったな」
少なくとも場違いに気付いたジュウベエは、さっさと帰りたいみたいだ。
「そうだな……」
“もう此処に用は無い”と。
いちゃつく(と言うより時雨の一方的)二人を後に、幸人もこの場から立ち去ろうとしていた。
「ああ雫さん、少し御待ちになってください」
室内から出ていこうとした矢先、琉月に呼び止められ振り返る幸人。
もう此処に用は無いはずだ。
「あれ? 何だ、お前居たのか?」
時雨が今更気付いたかの様に、幸人へ視線を向ける。
白々しいとはこの事。
「お前の出番は無いから、さっさと帰れよ」
まるで追い払うかの様な手のジェスチャー。
同じSS級とはいえ、両者は朗らかな間柄ではなさそうだ。
「相変わらずだな、お前」
その口調は穏やかではない。
時雨へと向ける幸人の睨みに近い、鋭い視線がそれを物語っていた。
「仲悪いのかアイツと?」
ジュウベエも二人の間柄は知らないが、答は聞くまでもないみたいだ。
そんな険悪な雰囲気を打ち破る――
「今回のランクS依頼、貴方には彼の“介添え役”を勤めて頂きたいのです」
空気を読まない琉月の提案に、両者唖然。
「「――はあぁ!?」」
ほぼ二人同時に声を上げており、まるでステレオ気分だ。
“介添え役”
またを見届け役。
依頼執行には、それぞれの内容によっては、介添え役が必要な場合がある。
特に危険と判断された依頼に多い(特にランクS以上は必須に近い)
基本的に消去執行は、依頼を請けたエリミネーターが一人で行うのが原則。
だが執行中、不慮の事故で死亡した場合、代わりに引き継ぎ遂行するのが、この介添え役の役目だ。
介添え役は基本S級以上のベテランが、通常依頼とは別の特別依頼として本部より依頼される(勿論介添え役に依頼金の配偶は無いが、その際は別に本部より特別手当てが支払われる)
執行中のエリミネーターが死亡しなければ、介添え役が出張る必要は無い。
動くのはあくまで、執行者死亡の緊急事態時のみ。
それ以外は一切の手出し、協力、介入は不可である。
「えぇっ! 冗談でしょ琉月ちゃん? 俺には必要無いよそんなの」
余程信じられないのか、時雨は拒絶反応を示していた。
「しかもコイツになんて……」
というより、幸人との同伴に対してだ。
あからさまな嫌悪感。
「俺も同感だな」
それは幸人も同じ。珍しく嫌悪感を顕にしている。
「まあまあ御二人方、そう仰らずに。御二人の実力は折紙付き。ですがランクSに於ける万が一を想定し、万全を期さねばなりません」
琉月のそれは念には念を入れて。
「俺に万が一なんて無いって!」
時雨の自信と言い分はもっともだ。
過去、SS級がランクS依頼失敗の事例は無い。
「それは充分理解してますが、これも規約ですから……」
だが彼女も退かない。どうしても二人を赴きさせたいらしい。
「では時雨さん、これを呑んで頂ければ、プライベートでのお付き合いを致しますが、如何ですか?」
「えっ!?」
彼女のプライベートでの餌を提案に、時雨の顔色が変わる。
「うん、そうか……それもそうだね。他ならぬ琉月ちゃんの頼みだし」
急に鼻の下を伸ばして、あっさり受け入れていた。
「では、お願いしますね」
仮面の為、顔色は分からないが、明らかに声色が変わっている。
「任せといて! 約束忘れちゃ嫌よ」
単純なまでに、すっかりやる気満々な時雨だが――
「オイ! 何を勝手に――」
当然幸人は反発。まだ同意した訳ではない上、勝手に話を進めた二人に対する怒号。
「まあまあ――」
そんな幸人に時雨は肩掛けし、そっと耳打ちする。
「……お前、琉月ちゃんに恥かかせる気かよ? 時間が惜しいからさっさと行くぞ」
「ぐっ!」
かなり強引ともいえる時雨。
本当に早く終わらせたいらしい。
突き動かすのは琉月との情事なのか、幸人の意向等全く御構い無しだ。
「と言う事で、雫君は快く引き請けてくれるそうです」
勿論これは時雨の勝手な解釈だが、彼はそう振り返りながら琉月にとびっきりの笑顔を見せる。
「本当にありがとうございます。無理言ってしまいまして申し訳ありませんね雫さん」
いつの間にか二人のぺースに乗せられてしまった感のある幸人。
「クク、お前の負けだな幸人。まあアイツの力も見てみたいし、このまま帰っても無駄足だからいいじゃねえか」
それの一部始終を横で眺めていたジュウベエも、この介添え役に賛成する。
協力ではないが、SS級二人でランクS依頼に赴く。
これにはジュウベエも興味があった。
「はぁ……分かった分かった。引き請けよう」
折れたかの様に介添え役を引き請ける幸人。
時雨が死にさえしなければ、傍観してるだけでいい、ある意味楽な役目だ。
「では琉月ちゃん行ってきまぁす! すぐに終わらせくるから待っててね」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
見送る琉月を背に、二人と一匹は室内を後にする。
「SS級の二人が協力……。夢の共演ですね」
そんな琉月の思惑の呟きは、既に二人には聞こえていなかったのは言うまでもない。