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「此処だな、ターゲットの居るとこは」
都心の外れの外れにある場所。
二人は山道の入口前に立っていた。
奥へ続く一本道には、それを阻む様にロープがしかれている。
“この先私有地 関係者以外立ち入り禁止”
ロープの中央にある警告板。
潜れば簡単に侵入出来るが、人は不思議とこの位簡易な方が立ち入らない。
まさかこの先に、麻薬密売組織の本拠地が在る等、普通は誰も思わないだろう。
「さて行くか、邪魔だけはすんなよ」
「お前が死にさえしなければな」
幸人と時雨、ここまできて尚、その雰囲気は険悪だ。
「相変わらずムカつく奴……」
「奇遇だな。俺もお前がムカついて仕方無い……」
お互い“チッ”と舌打ちしながら、狂座の情報を頼りに、二人は警告を無視して先に進む。
今宵は満月。凍てつく寒さで澄んだ夜空に、月明かりが狂おしいまでに蒼く輝いていた。
二人をよそに無言で月を見上げ、ジュウベエは思う。
それは――
“戦慄の夜”
蒼の御印に照らされた、惨劇の予兆だと。
「――それにしても琉月ちゃんの頼みとはいえ、まさかお前と行動を共にする羽目になろうとはなぁ……。何の悪夢だよこれ?」
一本道を歩きながら、時雨がぶつくさと不満を呟いている。
彼女の手前見栄を切ったが、余程この状況が嫌らしい。
「それはこっちの台詞だ……」
だがそれは幸人も同じ。肩を並べて歩いている様に見えるが、しっかりとパーソナルスペースは確保していた。
辺りが深林に囲まれた此処は、先が深淵の闇に包まれた果てしない一本道。
調べではこの先に世良の構える別荘があるはずだ。
「ああ気分わりぃ……。さっさと終わらせて、琉月ちゃんとの情事を! うひひ」
『大丈夫かコイツ?』
その事しか頭に無いのか、幸人の左肩に乗ったままのジュウベエも、いまいち時雨のキャラが掴めない。
とても幸人と同等とは思えぬ、その振るまいに――
「随分親しいみたいだが、あの仲介人は何者だ?」
話を逸らし、不意に時雨に疑問を投げ掛ける。
幸人にとって琉月の存在は、一言で“謎”そのものである。
狂座の内分を、かなり深く知り尽くしている幸人にとっても、彼女は仲介人以上の事は知らなかった。
「あん? 知らなかったのかお前? まあ無理もねえか……。これは俺と、管理部門の霸屡位しか知らない事だしな」
それは狂座に於いても、SS級以上に謎とさえ云えた。
「別に隠してる訳でもねぇが――」
その問いに彼は何やら含みを持たせて――
「琉月ちゃんは“アイツ”の妹だぜ」
「――っ!」
その事実に一瞬だけ動揺が走る。
“まさかアイツの妹だったとは”
思うはそれか。
「まあアイツは日本には居ないんだけどよ。だからこそ今がチャンスって訳よ!」
だが時雨は幸人の思惑等露知らず、本当にどうでも良い事だけ熱く語る。
そのチャンスとは勿論琉月との事だろう。
「オイ幸人、アイツって誰だ? 話が見えてこねぇ」
隣で囁く様に呟くジュウベエも、それが気になるようだ。
“アイツの妹”
どう見ても只者では無い、琉月という存在の裏を――
「SS級エリミネーター最後の一人にして、狂座最強の一人。まさかあの仲介人がアイツの妹だったとはな……」
幸人により明らかとなったSS級最後の一人と、琉月との因果関係。
「マジかっ! SS級ってホント謎だな……」
驚愕、というよりジュウベエにとって、SS級は主人である幸人以外知らない。何故ならジュウベエが幸人の見届け役として付き添うようになったのは、ある事件以降からの事だからだ。
「そうか! どおりで……」
ジュウベエは妙に納得し、視線を時雨へと向ける。
あの時二人が琉月に止められたり、SS級でありながら時雨が妙に彼女に焦っていたのは、その事実から来る事なのだと――
「琉月ちゃんはアイツの裏方だからな……。泣かせるじゃねえか? 潜在力は兄貴以上とも云われたのに、あんな兄貴を立てる為に裏方に徹するなんてよ……」
そしてそれが事実なら、琉月はSS級と同等以上という事。
幸人にもようやく理解出来た。
「琉月ちゃんの仮面は、裏方に徹する彼女の覚悟の証なんだよ。あぁ勿体ねぇ! あんなに美人なのに、あんな変な仮面で顔を隠すなんてよ……。分かる? だからこそ琉月ちゃんとのプライベートが必要なんだよ俺には!」
だが時雨が何を言っているのか、それは理解し難いが――
「やっぱりだ……。オレの言った通りだろ? あの仮面の下には絶世の美女が隠れてるって!」
「ああでも琉月ちゃんと結婚したら、アイツを兄さんと呼ばなきゃならないのか……それは嫌だな。アイツを内密に始末する方法を考えないと……」
ジュウベエと時雨、二人に挟まれた幸人には溜め息しか出ない。
まるでピクニック気分の山道闊歩。
その最中の時だった――
前方に一つの人影が見えたのは。
「此処は私有地だ。お引き取り願おう」
紳士的だがドスの効いた声。
黒スーツにネクタイと、オールバックで銀縁四角眼鏡がまるで執事風貌。
その我体の良い男は世良のボディーガード兼、divaの一員で間違いなさそうだ。
明らかに警告は二人へと向けていた。
「でさぁ、琉月ちゃんとはもうひと押しなんだよ――」
だが時雨は目の前の存在に気付かないのか、幸人に熱弁しながら歩みを進めている。
「そうは見えないがな……」
「何言ってやがる! 見て分かんないのかよ俺達の仲を?」
時雨のみじゃない。幸人さえもまるで気付いてないかの様な振るまいで、時雨の熱弁を受け流しながら、躊躇無く歩を進めていた。
対象と目前に迫っていく。
その距離、およそ五メートル。
「ふざけた連中だ……」
屈強な男は眼前の二人の無知無謀さに呆れながらも、スーツの内側から何かを取り出す。
「まあ此処では死体となっても帰れないがな」
取り出して右手に持ち、二人に向けられたのは黒い小型拳銃。
そう――
「えっ!?」
それは照準を合わせる、ほんの一瞬の間の事だった。
「居ないっ!?」
歩み寄って来る二人の姿が、男の瞳に映っていなかったのを――
男は己の目を疑った。
一瞬たりとも二人から目を離してはいないはず。
まるで目の前から消えたのだ。
「どっ……何処に行った!?」
男は得体の知れぬ現象から焦りを隠せず、辺りをキョロキョロと伺っていた。
「まあ先に結婚するのは間違い無く俺。お前は根暗君だから無理無理」
「お前の様な軽い男よりマシだ……」
声が聞こえた方角。それは己の背後から。
『――んなっ!?』
男は驚愕に絶句し、振り返った先にあるのは、まるで自分を見ていないかの様に、談笑しながら遠ざかっていく二人の後ろ姿だった。
片目の黒猫のみが、肩側から此方を伺っている。
それより何時の間に後ろに移動したのか?
「ふざけやがって!」
腑に落ちない現象に戸惑いながらも、男は銃口を二人の背後へ向けた。
「……えっ!?」
不意に感じる違和感。
ようやく気付いたのだ。
「――えぎゃあぁぁぁっ!!」
闇の静寂に響き渡る、男の悲痛な絶叫。
銃を握っていたはずの右手が、その手首より無くなっている事に。
「おっ! 俺の手がぁぁぁ!!」
右手首断面より溢れ出す血液。
訳も分からず、狂った様に絶叫する男。
そして――
「あっ……あぁああぁぁぁっ!!」
突如、男の身体の隅々より浮かび上がる、赤い線上の様なモノ。
「――ぁがっ!?」
そして“それ”は噴き出す鮮血となって、五体そのものを強制的に、そして多数に分断。
男は断末魔の悲鳴もそこそこに、その場で無惨な肉塊に成り果てていた。
“何時……斬ったんだ?”
その一部始終を眺めていたジュウベエは、その突然の惨事に戸惑っていた。
相手に気付かれない内に移動するのは、幸人と行動を共にする彼にとっては日常茶飯事。
狂座に属する彼等の動作は、常人の視覚領域では反応出来る訳がないからだ。
だが突然男の右手が無くなり、その後バラバラに分離された事。
それは分からなかったが、少なくとも――
“これは幸人の仕業じゃない”
ジュウベエは陽気に語り続ける時雨へ視線を向けた。
ふざけてはいるが、仮にもSS級――
「ところでさぁ……」
ジュウベエの視線や思惑に気付いた訳でもないだろうが、時雨は不意に話を逸らす。
「お前、動物と話せるんだっけ? その黒猫、何て言ってんだ?」
そしてその瞳は明らかにジュウベエへと向けられていた。
「――うっ!」
“自分の視線に気付かれた”
ジュウベエは思わず言葉を失い、全身に緊張が走る。
それは戦慄か?
「……お前と同じだよ。あの仲介人が、実は絶世の美女だと疑ってたんだとよ」
すかさず幸人のフォロー。勿論間違ってはいない。
途端に時雨は目を輝かせて――
「おぉやっぱり? 見る目あんじゃん! 仲良くしようぜ黒猫」
そう親しげにジュウベエへと手を伸ばした。
「寄るな!」
“シャアッ”とジュウベエは猫パンチで時雨を威嚇。
「わはは、そう毛嫌いするなよ」
構わず撫でてくる時雨に、ジュウベエは戸惑いを隠せなかった。
陽気な表情。だが虫も殺さぬ様な顔で、あっさりと先程の男を“消去”した彼に――
「お喋りはその位にしておけ。見えてきたぞ」
じゃれあう二人を余所に、幸人が口を紡ぐ。
その言葉通り、前方には闇を朧に建造物が見えてきた。
世良の豪邸、divaの本拠地。
「ようやくか。腕が鳴るぜ」
陽気だが真顔に戻った時雨を横目に、ジュウベエは確信する。
「お気の毒にな……」
彼も同じ――人の皮を被った死神なのだと。
“惨劇の予兆”
――その呟きは誰が為に?