翌朝、花純はすっかり体調が元に戻っていた。
二日間ゆっくり休んだおかげで、倒れる前よりも元気な気がする。
早起きをした花純は、顔を洗って身支度を終えるとキッチンへ向かった。
リビングには誰もいない。
花純は、リビングやダイニングのテーブルの上をサッと片付けると布巾で軽く拭いた。
そしてキッチンへ戻ってから朝食の支度を始める。
(エプロンを持って来るのを忘れちゃった…申し訳ないけれど副社長のをお借りしよう…)
壮馬のエプロンを着けた花純は、手際よく朝食の支度と自分の弁当の準備を始める。
冷蔵庫の奥には、まだ開けられていない味噌が入っていた。
賞味期限を見ると問題なかったので、とりあえずそれで味噌汁を作る。
和朝食のおかずになるようなものが何もないので、花純は玉子焼きを作ってから残っていたウィンナーに火を通す。
そしてキャベツときゅうりで簡単な浅漬けを作った。
お弁当には、炊き立てのご飯に卵焼き、それにウインナーを入れて、冷凍ブロッコリーをチンしたものとプチトマトを隙間に埋める。
いつもよりおかずの種類は少ないが、まあ仕方がない。
準備が整ったところで、バスルームのドアが開く音が聞こえた。壮馬がシャワーを終えて出てきたようだ。
壮馬はそのまま自室へ戻ると出かける準備を始めたようだ。
そしてしばらくしてからリビングに壮馬が入って来た。
壮馬はすでにワイシャツとスラックスに着替えている。
「おはよう」
「おはようございます」
「ん? いい匂いがするな……」
壮馬はそう言ってキッチンを覗き込む。
「今朝は和食にしてみましたが、お好みとかってありますか?」
「うん? 俺はどっちでも構わないよ。特に好き嫌いもないしね」
「分かりました。じゃあ朝食にしましょうか」
花純はそう言って、皿を運び始める。
すると壮馬も運ぶのを手伝ってくれた。
(うわっ、副社長すごくいい旦那様になりそう……)
無言で感動しつつ、花純もトレーに載せた皿をテーブルの上に置いていった。
テーブルに朝食が並ぶと、二人は朝食を食べ始める。
壮馬は花純が作った味噌汁を一口飲むと「うん」と頷いた。
「お味どうですか?」
「凄く美味いよ。アレ? うちに味噌ってあったっけ?」
「冷蔵庫の奥に開けていないものがありました」
「ああ、あれか…前におふくろが置いていったやつだな…」
壮馬はそう言って苦笑いをした。
どうやらバラ好きな副社長の母親は、息子の食生活が心配で来るたびにあれこれ食材を置いていくようだ。
その証拠に、キッチンの引き出しには肉や野菜を加えるだけで簡単に炒め物が出来る類の調味料が沢山入っている。
しかしそれらが使われた形跡はない。
(フフッ、なかなかお母様の思うようにはならないのね…)
そんな事を思いながら、花純も味噌汁を一口飲んだ。
すると壮馬が言った。
「卵焼きも美味うまい!」
「ありがとうございます」
「君は料理が得意なんだね。大した材料がないのに弁当も作っていたみたいだし」
壮馬はカウンターの上で冷ましている花純の弁当を見たようだ。
「あ、いえ…お弁当は節約の為に作っているだけですから…」
花純は恥ずかしそうに答えた。
そこで壮馬は花純のアパートを思い出す。
業界大手である青山花壇の社員なのだから、いくら左遷されたとはいえもうちょっと良い物件に住む事も可能なはずなのに、
なぜあんな古いアパートに住んでいるのだろうかと壮馬は不思議に思っていた。
そこで花純に聞いてみる。
「あのアパートにはいつから住んでいるんだ?」
「学生時代からです」
「じゃあ東京に来てからずっとあそこなんだね」
「はい…あのアパートはお家賃が安い割に交通の便もいいですし、大家さんも優しい方なので…」
「節約っていうのは、何か理由があるのか?」
「いえ大した事では…将来の為に貯金もしたいですし…あとは田舎には母と祖母だけなので少し仕送りもしたいなと思っ
て…」
そこで壮馬は花純の調査報告書を思い出した。
花純の父親は彼女が幼い頃に病死していた。父の死後は、母親の実家で祖母と母親と三人で暮らしていた。
母親は現在パート勤めで、高齢の祖母もまだ仕事をしているようだと記載されていた。
「そうか……だから今回の仕事を引き受けてくれたんだね」
「あ、はい。母は昔から身体が弱いですし祖母も高齢なので、副業のお給料を仕送り出来ればと思って…」
それを聞いて壮馬の胸が熱くなる。
こんなに華奢な身体で、故郷にいる家族を思いやっている花純を見てなんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。
今の時代、この年頃の女性達はお給料は全て自分の為に使うのが当たり前のようになっているのに、花純は実家に仕送りしてい
るのだ。
そしてその為に無理をして身体まで壊してしまった。
さらに追い打ちをかけるように火事にも巻き込まれ、住む所も失ってしまったのだ。
(なんという事だ…….)
再び壮馬の胸がギュッと痛んだ。
「俺が副業を持ちかけたから無理をさせてしまったね。本当に申し訳ない…」
その言葉を聞いた花純は、穏やかに言った。
「いえ、副社長のせいではないです。むしろ感謝しています。本社にいた時のようなお仕事をさせて貰えた上、沢山のお給料ま
でいただいて…」
「いや、今回君が倒れたのはこの仕事に誘った俺の責任でもある。普段はフルタイムでフローリストの仕事があるのに、無理な
話を持ち掛けてしまった。本当にすまないと思っている。今後はきちんと君の負担を考慮しながら、無理をさせないよう細心の
注意を払うから、なんとかこのまま最後までプロジェクトに参加して欲しい」
壮馬はそう言って頭を下げた。
「もちろんです。ここまで参加させていただいたのですから、私も最後までやり遂げたいです。こちらこそよろしくお願いいた
します」
花純は微笑みながら壮馬に頭を下げた。
花純の言葉を聞いた壮馬は、ホッとした様子で、
「ありがとう」
と笑顔で言った。
コメント
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大手企業に勤めていても 質素なアパートに住み 自炊生活をして節約し 母と祖母のために仕送りをする家族思いの花純ちゃんと、良家の御曹司なのに 質素な暮らしの花純ちゃんを見下したりせず 人柄や仕事ぶりを純粋に評価し大切にする壮馬さん.... ✨二人とも誠実で素敵🍀
良い雰囲気💝 イケメン御曹司と突然の同居でも浮かれて、はしゃがない花純ちゃん🥰 プロジェクトが終わっても2人は終わらないで‼️
お互いwin-winな感じで良いわぁ🙆 壮馬さんもご飯関係は問題なさげで花純ンも本調子に回復して副業も無理なくできそうでスムーズに流れててうんうん😊🫰 あとは壮馬さん狙いの女の群れと花純ンを左遷させた会社内情をなんとか暴きたいね🙅