朝食の後片付けは花純が一人でするつもりだったが、壮馬もキッチンへ来て手伝ってくれた。
そのお陰であっという間に片付く。
そこで花純が急に思い出したように聞いた。
「あの…ここの住所を教えていただけませんか? 私、今自分がどこにいるのか分からなくて…」
花純は朦朧としたままこのマンションへ運び込まれたので、このマンションがどこにあるのかを知らない。
「ああそうだったな。今教えるよ」
壮馬はメモ帳を取り出すとサラサラと住所を記入し、メモを花純へ渡した。
「合鍵は昨日発行してもらったからこれを使うといい」
壮馬はカードキーを花純に渡した。
花純はそれを「すみません」と言って受け取りメモを見る。
そこには芝浦の住所が書かれていた。
(だから海が見えたのね……)
窓の外のビルの隙間からはちらりと海が見えていたので、住所を見て納得する。
芝浦なら、頑張れば職場からは歩いて帰れるかもしれない。
「俺は夜の接待がない日は車で行くので一緒に乗せて行くよ。今日は車だから10分後にここを出るぞ」
「いえ…それは駄目です。誰かに見られでもしたら副社長にご迷惑が…」
「気にするな。それに優香さんにはもう話してあるから」
「えっ?」
その言葉に花純は動揺する。
「ゆ…優香さんはなんて?」
「笑ってたよ」
壮馬はそう答えると、
「歯を磨いてくる」
と言って洗面所へ向かった。
(ひゃあーーーどうしよう…きっとあれこれ聞かれるわ…)
花純の頭は小さなパニックを起こしていた。
しかしリビングボードの上の時計を見て焦る。
(あっ、時間が…出かける支度をしないと……)
そう思いながら慌てて自室へ向かった。
15分後、花純は壮馬の車の助手席にちょこんと座っていた。
(車で通勤なんて、なんて優雅な朝…)
花純は満員電車に乗らなくていい朝はこんなにも快適なのかと密かに感動していた。
しかしそう思う一方で、もしこの状況を誰かに見られたらと思うと気が気でない。
自分はどう思われてもいいが、壮馬にはそれ相応の立場がある。
自分が一緒にいる事で迷惑をかけるのだけは避けたかった。
職場のビルに近づくと、花純は腰を徐々に前にずらして座高を低くする。
車が走る道路の両側には、ぞろぞろと歩く高城不動産の社員達の姿があった。
(見られたらまずいわ……)
花純は少し背もたれを倒すと、更に前へ腰をずらして寝そべるような姿勢をとる。
何がなんでも姿を見られないようにと必死に寝そべった。
そんな花純の可笑しな行動を見て、壮馬は笑いながら言った。
「一体何をしているんだ?」
「あ、窓から見られないようにと思って…」
花純の姿勢と話し方があまりにも可愛らしかったので、思わず壮馬は手のひらでポンポンと花純の頭を撫でてから言った。
「気にしなくていいと言ったろう? 別にやましい事はしていないんだから…」
「副社長が良くても駄目なんです! こういう噂はあっという間に広まっちゃいますから」
花純は少しムッとして言った。その怒り方が可愛かったので、更に壮馬が笑う。
「はいはい分かりましたよお嬢さん。じゃあせいぜいシートに張り付いていればいい。でも何度も言うが、俺は独身なんだしこ
の状況を見られても周りからとやかく言われる筋合いはない。だからあまり気にするな」
「でも……」
花純はまだ納得がいかない様子だったが、すぐに車がビルの地下駐車場へと滑り込んだのでその話はそこで終わった。
ここからはもう誰にも見られる心配はない。
車のエンジンを止めると壮馬が言った。
「夕食がいるかいらないかは、君が帰るまでに連絡するよ。メッセージアプリの連絡先を教えてもらってもいい?」
「あ、はい……」
花純はスマホを取り出して、壮馬と連絡先を交換した。
「それから、家事にかかった代金は全て俺が持つから…」
壮馬はそう言って、ポケットから財布を取り出した。
それを見た花純は慌てて言う。
「いえっ、タダでお世話になるのですからそのくらいは私が…」
「遠慮するな」
壮馬はそう言って少し厚みのある一万円札の束を花純へ差し出した。
「いえ、受け取れません」
「いいから……」
壮馬はそう言いながら花純のバッグに札束を捻じ込んだ。
「あっ……」
その瞬間花純が叫ぶ。
「足りなかったら言ってくれ」
壮馬はそう言うと、この話はこれでおしまいだという風にサッと車の外へ出てしまった。
(足りない訳ないじゃない…こんなにいっぱい……)
花純は大金が入ったバッグを緊張しながら持つと、慌てて車を出てから壮馬に言った。
「ありがとうございます。レシート等はきちんと保管しておきますので」
「そこまでしなくてもいいけど、気になるようなら勝手にすればいい。じゃあ行こうか」
壮馬はそう言って花純の前を歩き始めた。
コメント
5件
全く浮かれて騒がない控えめな花純ちゃんと見せつけたいと思ってそうな壮馬さん…
控えめな花純ちゃん...外から見えないように一生懸命隠れちゃったりして、可愛いなぁ~😁 一方の壮馬さんは、早く彼女を自分のものして 恋人宣言したいんだろうなぁ~♥️ 二人の温度差が面白い....🤭
壮馬さんのお財布いくら入ってんだろ…