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#戦乙女
234
【前回までのあらすじ】
サクラ、珍しい岩として魔神王にお持ち帰りされる。
◇◇◇
私は今、ワロス様の手の中。
ひんやりとした分厚い掌に包まれ、鉱物化したまま、ただただ長い廊下を運ばれていた。
(やばい……本当にやばい……)
状況を整理しよう。
隠れるためにスキルで鉱物化したのよ。
そしたら今、魔神王に「岩」だと思われている。
珍しいということでお持ち帰りされて、城に飾られる予定。
(……面白すぎるだろ)
笑いたい。でも笑えない。
少しでも気を抜いて鉱物化を解いた瞬間に即バレる。
──その時は、文句なしに死ぬ。
──グゥゥゥゥゥ……。
魔王城の冷たい空気に、私の空腹を知らせる情けない音が反響した。
(黙れ私のお腹!! この極限状態で自己主張すな!!)
『また鳴いた……癒されるな……』
(癒すつもりねーよ!!)
魔神王を癒してる。オブジェとして。
どうしてこうなった。
『配下に自慢しよう……』
(自慢すんな!! 「見てこれ鳴くんだぜ」ってやる気か!!)
ふと、ワロス様が歩みを止めた。
『さて……どこに飾るか……』
真剣に考えている。眉間に深い皺を寄せて、まるで国家の存亡を懸けた決断をするかのように。
『……玄関は気の流れが良くない……来客の邪気を受ける……』
(気の流れ!? 邪気!? お前が一番邪気放ってんだろ!)
『リビングは日当たりが強い……岩が傷む……』
(日当たり!? ここ、奈落の底なのに!?)
ワロス様は顎に手を当て、しばらく黙考した。
その間、私は彼の掌の中で息を殺し(物理的に息はしてないけど)プルプルと耐えていた。
『飾るなら北壁……湿度が良い……風水的にも良い……』
(風水気にするタイプの魔神王!?)
決定したらしい。ワロス様の重厚な足音が再び響き始める。
ズズン……ズズン……。
(……逃げないと……でも、どうやって……)
──その時、ワロス様がピタリと立ち止まった。
『桜の季節に見つけた岩……サクラと名付けよう……』
(偶然すぎる!! 奇跡のネーミングセンス!!)
『さあ、行こう……サクラ……』
慈愛に満ちた、めちゃくちゃ優しい声だった。
*
──夜。
魔神王の城、北壁展示室。
私は「鳴く岩」として、豪奢なベルベットの敷かれた台座の上に鎮座していた。
風水的に完璧な位置。
湿度管理された静かな空間。
台座の下には、ご丁寧に真鍮製の小さなプレートまで飾られている。
【鳴く岩サクラ/触れると鳴く/非売品/ワロス様所蔵】
(……完全に美術品扱いじゃん……)
ちなみに右隣の台座には『ちょっと人の顔に見える流木』。
左隣には『綺麗に割れたティーカップ』が飾られている。
(魔神王の審美眼どうなってんの!? おばあちゃん家のテレビの上かよ!)
燭台に灯る蝋燭の炎だけが、チロチロと揺れている。
──グゥゥゥゥゥ……。
「おや、また鳴きましたね」
『可愛い……』
(どこが!? お腹減ってるだけだから!!)
ワロス様はそっと、私の台座の横に小さな小皿を置いた。
中には、なみなみと注がれた水。
『岩も、喉が渇くだろう……』
(飲めるかァァァ!!!)
『夜食に、キャベツも置いておこう……』
(ハムスター扱い!?)
従者とワロス様が満足げに頷き合い、退場していった。
重い木扉が閉まると、深い静寂が展示室を支配する。
(……どうしよう……このまま……ずっと?)
──その時。
天井の通気口から、かすかな声がした。
『……狭い……暗い……通気性が悪い……
でも通気口だから通気性は良いはず……
矛盾が痛い……』
(何かいる!?)
『……もうダメ……落ちよう……』
(今度はなに!!)
次の瞬間。
……コツ、コツ、コツ……。
天井の通気口から、何かが落ちてきた。
黒く、細長く、左右に分かれた──レザー製のロングブーツ。
(ブーツが落ちてきた!?)
それが石の床にぽふっと着地すると、まるで中に透明な足が入っているかのように、すくっと立ち上がる。
(ブーツが立った!?)
『……痛い……空気が硬い……酸素が尖ってる……自爆しようかな……』
(ブーツが喋った!? しかもネガティブ!!)
あまりの異常事態に、私は思わず鉱物化(スキル)を解いてしまった。
「いや、なにこれ!? 靴!? 生きてる靴!?」
久しぶりに動く首で、私は床のブーツを見下ろす。
……まずい。今の私は、完全に岩ではない。
『……この魂の波……妹の気配……』
「妹?」
『……あなた、名前は……?』
「……サクラ……」
『……サクラ……あぁ、やっぱり……』
(やっぱりって何? 姉貴なの? もしかして)
私はごくりと息を呑んで、次の言葉を待った。
『……もうダメだよ……一緒に……自爆しよう……?』
「なにがやっぱりなんだよぉおお!?」
──ズズン……ズズン……。
遠くから重い足音が近づいてきた。魔神王だ。
「やばっ、ワロス様!?」
『……見つかった?……もうダメだよ、自爆しよう……?』
「まだ早いッ!!」
『……じゃあ隠れる……!』
そう言うやいなや、ブーツがジャンプして私の足元に滑り込んだ。
──ズボッ。
「履かれた!?」
『違う……防御行動……』
「防御行動で人の足に入るな!!」
「……って、うわッ!? きっつ!?」
『……ごめん。私、生前は23.5センチだったから……』
「私24.5なんだけど!? 指めっちゃ丸まってる!! 痛い痛い痛い!!」
『……無理して履くと外反母趾になる……ごめんね、足を吹き飛ばそうか……?』
「やめて!!」
『……じゃあ……足を切り落とす?』
「このブーツは敵かな!?」
『……でも安心して。私、シークレットブーツ機能で身長を5センチ盛れるの……』
「今いらない!! 岩の高さが変わったらワロス様にバレるだろ!!」
ギィィ……と重い音がして扉が開く気配がした。
(まずいまずいまずい!!)
「《鉱物化》ッ!!」
私は慌ててスキルを再発動した。
全身が石のように固まり、呼吸も表情も止まる。
ただし、足元のブーツごと。
(ブーツ込みで固まっちゃったぁああ!!)
ワロス様が入室してくる。
『サクラ……また震えているな……』
足先の圧迫痛と、ブーツのモゾモゾをこらえる私の身体は、小刻みに震えていた。
『……サクちゃん、もうダメだよ、自爆しよう?』
(笑うな私!! 足痛い!! やめろーーーブーツぅうう!!)
私は鉱物化を維持したまま、笑いと痛みをこらえるので精一杯だった。
その小刻みな震えを見て、ワロス様が悲しげに呟く。
『寒いのか……毛布を持ってこよう……』
(岩に毛布!?)
そしてワロス様は、シークレットブーツによって少し高くなった私(岩)を見上げて言った。
『少し背が伸びたか……』
(バレた!?)
『成長期だな……』
(魔神王チョロいな!?)
さらにワロス様の視線が、私の足元(黒いブーツ)に落ちた。
『足元に黒い意匠……芸術性が増したな……』
(展示作品として評価された!?)
足音が遠ざかり、重い扉が閉まる。
再び、静寂が戻った。
(……行った?)
「……ぷはぁッ!!」
私は一気に息を吐き出し、スキル《鉱物化》を解除した。
ゴツゴツの岩肌が元の肌色に戻り、私はたまらず床にへたり込む。
「痛い痛い痛い! 指! 足の指がちぎれる!!」
私は涙目で、両足に食い込んだブーツを引っこ抜こうとした。
しかし──。
『……やだ……あったかい……脱がさないで……』
「なんで謎のホールド力発揮してんの!? 脱げ! 指が死ぬ!!」
『……生きてる足……尊い……離れたくない……一緒に自爆しよう……?』
「なんで最後そうなるんだよ!!
……てか、なんなんだよ、お前……」
『……ユズリハって子……知ってる……?』
「……うん。籠手の子でしょ」
(ロケットパンチ要員だけど……)
『……あの子は……私の姉……』
「は?……姉?」
『……私はリツ。
ユズリハの妹で……サクちゃんの姉……だったもの』
「だった?」
『……千年前に死んだら…………
ブーツになってた……自爆しよう……』
「情報の靴紐が絡まりすぎてる!!」
(私の姉……また……?)
台座の上の蝋燭の炎が、パチッと音を立てて爆ぜた。
「うぉお!! 血筋にまともなのがいない!!」
私は床に膝をついて項垂れた。
──逃げたい。
でも足には、自爆したがる姉ブーツが装着されていた。
(つづく)
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