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#戦乙女
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『……千年前……守れなかった……だから今度こそ……』
リツの声が微かに震える。
だけど、次の瞬間にはまた、逃げ道みたいに呟いた。
『……でも無理そう……もうダメだよ、自爆しよう……?』
「ちょ!ちょっと待って!!
……ムダ様って人が言ってたの聞いて!!」
私は両手を前に突き出した。
自爆に流れそうな姉ブーツを、ムダ様の話で止める。
「いい? ムダ様は言ったの。
『頑張れって言葉は、もう擦り切れてる。
だから俺はこう言う。回らない寿司屋に行け。
ちなみに俺は一回だけ行ったことがある。
そしたら首が回らなくなった。支払いで』
……どう?」
私はドヤ顔で言い放った。
──重く、冷たい空気が展示室に降り下りる。
あまりにも生々しい現実に、ブーツであるリツすら息を呑む気配がした。
『……刺さった……支払いって、生きてる証拠だよね……』
「靴が急に深いこと言うな!!」
私が間髪入れずにツッコむと、リツはぴたりと動かなくなった。
……あれ? 怒らせた?
よく見ると、このブーツのつま先部分に、ポタポタと水滴が落ちている。
泣いてる……?
『……サクちゃんの足、あったかい……世界が近い……』
「変なこと言うな」
私は顔を引きつらせた。
『……生きてる足って、痛いね……』
「うん……でも、死ぬよりマシ……」
私は足先にかかる圧力を堪えながら、少しだけ真面目な顔で頷いた。
『……そうか……なら、もうちょっとだけ……がんばる……』
「う、うん……」
『……でもやっぱ酸素が痛い……もうダメだよ、自爆しよう……?』
「ちゃんとした会話をしたいのぉ!!」
私は頭を抱えて叫んだ。
たまらず両足をばたつかせてブーツを脱ごうとするが、リツはびくともしない。
「ちょっと、脱げないんだけど!?」
『……ごめん……姉として……妹の足元を守りたい気持ちと……サイズの小ささが……強く結びついてる……』
「サイズの小ささは敵だよ!!」
私は指先を丸めながら呻いた。
『……でも、歩ける……かも……』
「本当!?」
『……たぶん……私、靴だから……』
リツは少しだけ背筋を伸ばすように、革をきゅっと鳴らした。
その音は頼りないけど、不思議と力強かった。
『……もうダメでも……一歩だけは、出せるかも……』
「ちょっとカッコいいなそれ……」
私は小さく笑みをこぼした。
『でしょ……? でも二歩目で自爆するかも……』
「台無しだよ!!」
その時、私の視界に台座の横の小皿が入った。
水と──キャベツと──毛布。
ワロス様が置いていった、岩用の夜食と寝具だ。
「……使える」
『……何を……?』
「このキャベツ」
私は真顔で野菜を指差した。
『……キャベツで何をするの……?』
「身代わり」
『……キャベツに人生を背負わせるの……?』
「今だけ岩になってもらう」
『……サクちゃん、正気なの……?』
「雰囲気よ。大事なのは風水と雰囲気」
私は自信満々に胸を張る。
『……雰囲気でもキャベツは人の身代わりにはならないよ……自爆しよう……?』
「すぐ爆発に逃げるな!!」
私は最高級の毛布を台座にふわっとかけ、その下にキャベツをそっと置いた。
真鍮製のプレートはそのまま。
【鳴く岩サクラ/触れると鳴く/非売品/ワロス様所蔵】
毛布をかけられたキャベツの前にプレートと、小皿の水。
「よし。寝てる岩に見える」
私は満足げに頷いた。
『……見えないけど……キャベツだけど……』
「見える。ワロス様なら見える」
『……ワロス様への信頼が歪んでる……』
「信頼じゃない。願望」
私はそろりと一歩を踏み出した。
ぎゅむ。
「痛ッ!!」
『……ごめん……小指を守ろうとして……全体を締めた……』
「殺しに来てるよね!?」
『……違う……守護圧……』
「圧で守るな!!」
私は歯を食いしばって、もう一歩踏み出した。
不思議なことに、リツを履いた足元からは、ほとんど音がしなかった。
「……あれ? 足音がしない」
私が不思議そうに足元を見ると──
『……私、静音歩行……できる……』
「すごいじゃん!」
私は目を輝かせた。
『……でも自分の足音が聞こえないと……自分が存在してるか不安になる……』
「めんどくさい!!」
『……じゃあ、少し鳴らす……?』
リツが小さく、コツ、と音を鳴らした。
『……足音がする……怖い……』
「自分で鳴らしたんだよ!!」
私は足元に向かって激しくツッコんだ。
そのままリツを履いた足元を引きずり、展示室の扉へ向かった。
扉の隙間から廊下を見る。
(誰もいない──行ける!)
「よし。今のうちに」
私が扉の取っ手に手をかけた瞬間。
『……待って……』
「なに?」
『……通路の床……痛そう……』
「床の心配してる場合じゃない!」
『……違う……私のメンタルに痛そう……まっすぐすぎる……』
「床の直線で病むな!!」
私は呆れながら扉をそっと開けた。
ギィィ……。
「音デカッ!」
『……もうダメだよ……扉ごと自爆しよう……?』
「扉に罪はない!!」
その時。
ズズン……ズズン……。
聞き覚えのある重い足音が、廊下の奥から響いた。
「ワロス様!?」
心臓が、胸の中で変な跳ね方をした。
『……見つかった……自爆しよう……?』
「待て待て待て!!」
私は慌てて展示室へ戻ろうとした。
でも、リツが足元で小さく震えている。
『……怖い……でも……今度は……置いていかない……』
「リツ……?」
『……サクちゃん、走って……』
「走れるの!?」
私は自分の丸まった足先を見下ろした。
『……靴だから……たぶん……』
「たぶんで命を預けるの怖い!!」
私が悲鳴じみた声で言うと。
『……でも、歩くためにあるものだから……』
リツの声が、少しだけ低くなる。
『……爆ぜるためじゃなくて……歩くために……もう一回だけ……使って……』
その言葉に私は息を呑んだ。
このブーツは死にたがりだ。
でも、今だけは──私を生かすために、前へ出ようとしている。
「……わかった」
私は意を決して廊下へ飛び出した。
『……右』
「え?」
『……右の廊下……足音が少ない……空気の角が丸い……』
「空気の角!?」
『……たぶん安全……』
「たぶんかい!!」
文句を言う余裕もなく、私は右へ飛び出した。
リツは、さっきまで自爆自爆と言っていた靴とは思えないほど静かに床を蹴る。
私の背後で、展示室の扉が開いた。
『サクラ……?』
ワロス様の声がした。
私は廊下の柱の陰に飛び込み、息を殺す。
いや、正確には息を止めるほど余裕がない。
足の指が死にかけている。
『よく眠っているな……』
少しの沈黙。
『む……今日は青々としているな……』
(キャベツで誤魔化された!?)
走り出したい。
でも笑いそうで動けない。
『ふむ……毛布が気に入ったか……』
ワロス様の手が、毛布越しのキャベツにそっと触れた。
『今日は少し……葉脈があるな……』
(そこ疑問に思え!!)
『成長期だな……』
(成長期で葉脈は出ない!!)
ワロス様は満足げに頷いた。
『水も置いた。夜食も置いた。寒ければ毛布もある……安心して眠るといい……サクラ……』
(優しさが全部ズレてる!!)
重い足音が、ゆっくりと展示室の奥へ向かう。
どうやら、別の展示物も見回るつもりらしい。
その隙に、リツが小さく震えた。
『……今……行ける……』
「わ、わかった……!」
私は柱の陰から、そろりと廊下へ出た。
リツを履いた足元は、驚くほど静かに床を蹴る。
足の指は、靴の中で団子みたいに丸まっていた。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
でも、不思議なくらい前には進める。
姉ブーツ、性能と倫理観の配分がおかしい。
『前を見て……!』
リツが囁いた。
『生きたいなら……前……!』
初めて、自爆以外のことを強く言ったかもしれない。
「……うん!」
私は前を向いた。
廊下の先に曲がり角がある。
その奥に、いかにも「ここから逃げられますよ」と言いたげな暗い階段。
下から冷たい風が流れてくる。
外かもしれない。罠かもしれない。
でも、少なくともキャベツの代役よりは未来がある。
「リツ、行ける!?」
『……無理……』
「え!?」
『……でも……行く……』
足元から、ほんの少しだけ熱が伝わってきた。
爆発の熱じゃない。
生きるための、踏み出す熱。
『……もうダメでも……一歩だけは、出せるから……』
「じゃあ、その一歩をいっぱいやるわよ!」
『……それはもう一歩じゃない……数学が痛い……』
「細かい!!」
私は笑いそうになりながら、階段を駆け下りた。
背後の展示室では、まだワロス様が呟いている。
『サクラ……よく眠っている……』
(寝てるのキャベツだけどね!!)
まだ、バレていない。
キャベツが私の人生を背負ってくれている。
今のうちに逃げるしかない。
死にたがりの姉が、私を前へ運ぶ。
生にしがみつく私は、その足を無理やり動かす。
最悪の姉妹二人三脚だった。
『……サクちゃん……』
「なに!?」
『……酸素が痛い……でも……走ると少しだけ……痛みが置いていかれる……』
「じゃあ走ろう!」
『……うん……』
リツが小さく震えた。
『……サクちゃん……生きるの、諦めないんだね……』
「諦めたら死ぬからよ!!」
私は顔を上げた。
暗い廊下は、どこまでも続いているように見えた。
でも、止まったら終わる。
姉ブーツに足を締められながらでも、前に出るしかない。
足元には、終焉を纏う姉。
胸の奥には、まだ死ねない私。
逃げてやる。生きてやる。
どんなにみっともなくても。
どんな汚い手を使っても。
その時、リツがぽつりと呟いた。
『……サクちゃん……』
「今度はなに!?」
『……走ると……靴擦れする……』
「姉の方が靴擦れするの!?」
私は走りながら目を剥いた。
『……もうダメだよ……かかとだけ自爆しよう……?』
「だから爆発で解決するな──っ!」
叫びかけた声を、私は喉の奥で噛み殺した。
危なかった。つい叫ぶところだった。
──まだバレていない。
キャベツが私の人生を背負っているうちに、逃げるしかない。
(なんでバレないんだよ)
(つづく)
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『頑張れって言葉は、もう擦り切れてる。
だから俺はこう言う。
“回らない寿司屋に行け”。
ちなみに俺は一回だけ行ったことがある。
そしたら首が回らなくなった。支払いで。』
解説:
人生ってのは、だいたい回転寿司だ。
流れてくる選択肢を見て、「まぁこれでいいか」って皿を取る。
気づけば皿だけ積み上がって、腹も心も満たされない。
でも、“回らない寿司屋”には流れがない。
自分で選ばなきゃ、何も出てこない。
覚悟がある。静寂がある。値段がある。
怖い。けど、それが生きるってことだ。
流されるな、回転するな。自分を握り直せ。
ムダ様のリボ払いは残り12回だ。ゴールが見えてきた。