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圭吾に言われて保健室へ向かう間だけですら何度も欠伸が出てしまう。興奮状態だったせいで明け方までほぼ眠れなかったのだから当然なのだが…… とにかく眠い。よくまぁ二時間目まで起きていられたもんだと思うが、もしかしたら自覚なしに意識は飛んでいたかもしれない。枕があるなら今この場でも寝てやんよと言える程、頭がボーッとする。だがしかし、『眠いから寝かせてくれ』なんて言って通用する程、保健室は甘くない。熱も無いし、なんて言ってベッドを占拠させてもらおうかと考えながら歩いていると、理由が思い付く前に保健室前まで到着してしまった。
(さて困ったぞ。見舞いに来たとかじゃ寝られないし、やっぱ頭痛か?幸い顔色は悪いみたいだし、通用するかもしれない)
「よっし、これでいくか」
一人頷き、ドアをノックしようとしたのだが——
中から話し声が聞こえ、叩く寸前に手が止まった。
「…… ねぇ、流石にまずくない?」
「えーでもさ、めっちゃ寝てるよ?今しかチャンス無くない?起きてる時の先輩、全然隙無いしさ」
「それはそうだけど、でも勝手に写真撮るとか…… 」
「んでも、寝顔なんか今逃したら一生お目にかかれないよ?付き合ってもらえるなんてあり得ないんだし」
「んー…… まぁ確かに」
「アンタさえ黙っててくれてたらバレないって!ね?お願いっ。後で写真そっちにも送るからさ」
「もー…… 絶対だよ?独り占めしないでね?」
「大丈夫だって!」
「…… わかった」
(——おいおい。ちょっと待て。コレ、マズくないか?誰かが盗撮されそうになってんぞ?)
扉の側で話しているのか、保健室内の会話が廊下まで丸聞こえだ。会話の内容的に先生は今室内に居ないのだろう。話している二人にちょっと任せて、軽く用事を済ませに行っているとか、そんなとこか。
誰を撮ろうとしているのかはわからないが、『盗撮はダメだろ』と思い、俺はちょっと大きめにドアを叩き、「失礼しまーす!」と言って室内に入った。
「先生いませんかー?」
室内を見渡し、誰が居るのかを確認する。 部屋の左手に三つ並ぶベッドのうち、窓に近い端っこの一つが使用中で、どうやら盗撮されそうになっている人物はその中みたいだ。
物騒な会話をしていた二人は、予想通り扉の側で硬直したまま寄り添いながら立っていた。
俺に会話を聴かれたのでは?と不安げな顔でこっちを見てくる。バッチリ聴いてはいたが、波風立てたい訳でも無い為、逆ギレされても嫌だし敢えてスルーしてあげる事にした。
「あ、ねぇ。先生どこ行ったかわかる?」
「え?」
俺の問い掛けのせいで、制服のリボンの色からいって一年生かと思われる二人の肩がビクッと跳ねた。普通に声を掛けられるとは、どうやら思っていなかったみたいだ。
「職員室に…… ちょっと呼ばれて、席外してます」
「そっか、ありがと。君達も体調悪いの?」
「あ、や。…… もう行こ」
「うん…… 」
こちらも見ず、俺の質問への返事とは言い難いやり取りをしながら、二人が慌てて保健室を出て行く。そんな二人の後ろ姿を見送ると、俺は後頭部を軽くかきながら閉まるカーテンの側まで近寄った。
そっと白いカーテンを捲り、中で眠るのが誰かを確認する。圭吾の予想通り、ベッドで休んでいたのは、青白い顔色の清一だった。
「盗撮までされそうになるとか、モテる奴も案外大変なのな」
呆れ声で呟き、勝手にカーテンの中へ入って、寝顔をそっと覗き込む。 微かな寝息をたてながら深い眠りに落ちている清一は、男の俺から見てもちょっと可愛かった。閉じられた瞼を飾るまつ毛は長くて綺麗だし、薄っすら開く唇は艶があり、ぷっくりとまでしていて愛らしい。スッと整った鼻筋のラインは、ちょっと触ってみたくなる魅力があった。
「ズルイよなぁ…… ったく、お前だけこんないい感じに成長しやがって」
昔の冴えない雰囲気をバッチリ覚えているせいか、余計に腹が立つ。さっさと先に進まれて、俺だけ取り残された感じもするせいかもしれない。
筋トレしようと言い出したのは俺なのに、結局ほぼやらんかった。結局は全て自業自得の末今の状況になっているのだと充分わかっているけども、それでも…… 自分が欲しかった立ち位置を、幼馴染の清一だけが得ている状況には納得出来なかった。これで、コイツがその状況を喜び、恩恵を存分に活用していたのなら俺の心境もまた少し違うだろうに。
「…… でもまぁ、俺も一緒に頑張ってたとしても、どうせ今と変わらんかったんだろうなぁ」
ボヤきながら、俺とは違って見目麗しい清一の頰をプニッと突っつく。すると、眉間にシワを寄せ、「…… んっ」と嫌そうな声を清一がこぼしたが、起きた訳では無かったみたいだ。
ジッとそのまま清一の顔を見ていると、また穏やかな表情になり寝息が聞こえてきた。
「…… ヤバイ、眠い」
盗撮魔との軽いやり取りで少し目が覚めていたのに、清一の寝息を聞いていると再び眠たくなってきた。せめて先生が戻って来てから休もうと思っていたのに意識が保ちそうに無い。
さて困ったぞ…… と俺が考えていると、目の前のベッドで眠る清一が、「…… 充」と俺の名前を寝言で言い、すごく驚いた。
(コイツ…… 今どんな夢を見ているんだ?)
ちょっと嬉しそうに、清一が口元を緩ませている。俺の夢を見ている事は間違いなさそうだからか、内容が気になった。が、何かしらの特殊能力者なんかではない平凡な俺には、確かめる術など無い。
でも…… 俺の夢を見ているのだと思うと、何でかちょと嬉しかった。
「…… よし、寝よう」
もう先生を待つのは諦めよう。空いてるベッドで寝て、理由を訊かれたらその時は、『具合が悪かったので休ませてもらった』と説明したらいい。
俺はそう決めて、清一の眠るスペースから出ようとしたのだが——
クイッと学ランを引っ張られ、歩こうとしていた足が止まった。
「清一?起きたのか?」
振り返り、清一の顔を覗いたが寝たままだった。 どうやら無意識に俺の学ランを掴んだみたいだ。掴む手を離させようとしたのだが、無駄に力が強くて解けない。本当に寝てるのか?って思う位に。
「仕方ないなぁ、ったく」
ふぅと息を吐き出し、掴まれたまま清一の眠るベッドの中に入っていく。 体の大きな清一がほとんどのスペースを占領していてかなり狭いが、俺が寝転ぶスペースはかろうじてありそうだ。枕に頭をのせて、清一の方を向く。学ランは掴まれたままで、離してくれる気配は無いままだった。
「この、甘ったれが」
ニッと笑って重い瞼を閉じる。 寝ちゃダメだと張っていた糸が緩み、眠気が一気に襲ってきた。底無し沼にゆっくりズブズブと入り込むような、そんな感覚を抱きながら俺は、眠りの世界に全てを委ねた。