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ruruha
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羽海汐遠
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みほり
694
第12話 太陽
光の話は、最初から光の形では来なかった。
ざらついた雑音の奥。
切れた声。
遠くの拍手。
紙の擦れる音。
誰かが息を吸い、誰かが笑い、誰かが説明の途中で咳き込む。
ナミオがその断片を初めて聞いたのは、もうずいぶん前の夜だった。
ラジカセのつまみを回し続け、雑音と雑音のすき間へ耳を突っ込んでいた時、知らない男の声がふいに浮いた。声は遠く、途中で何度も削れていた。言葉は全部は残っていなかったが、その中にひどく変な響きだけが残った。
光で、電気を、つくる。
その順番で聞こえたわけではない。
もっと崩れていた。
でも、ナミオの耳にはそう残った。
その頃は、変な昔話のひとつだと思っていた。
動く階段。
冷たい飲み物。
顔を見ながら話す板。
押すと物が出る箱。
どれも現実味がなく、どれも夜の鍋と引き換えに話すにはちょうどよかった。
光で電気も、その中のひとつだった。
だから、老爺に話した時も、半分は笑い話みたいな気分だった。
「あのさ」
「昔の人って、光で電気作ってたかもしれない」
老爺はその時、膝の上のラジカセを撫でながら、すぐには答えなかった。
「そう聞こえたのか」
「うん」
「なら、そうだったのかもしれんな」
それだけだった。
否定もしない。
強く信じもしない。
昔のことへ向ける老爺の返しは、いつもそうだった。
けれど、その言葉だけは、ナミオの耳の奥に小さな針みたいに残った。
光で電気をつくる。
昼を避けて夜に生きる世界では、その響きは少しおかしかった。
昼は奪うものだ。
肌を泥に寄せるものだ。
赤い砂と合わされば、体を倒すものだ。
避けるしかないものだ。
それが、つくる。
その言葉だけが妙に合わなかった。
だから、忘れきれなかった。
地下の拠点は、古いものをときどき吐き出す。
壁の裏。
崩れた棚の奥。
誰も通らなくなった通路の先。
湿りの少ない角。
赤い砂が入り込みにくい場所。
そこから出てくるものは、だいたい役に立たない。
欠けた缶。
曲がった道具。
文字だけ残った板。
ひびの入った器。
錆びついた留め具。
けれど、ごくたまに、
役に立つかもしれない顔をしているのに、
何に使うのかわからないものが出る。
その夜もそうだった。
地下菜の運び場に近い古い倉庫の床が、昼のあいだに少し沈んだらしい。床を剥がしてみると、下にはさらに古い棚が埋もれていて、板の奥から薄いものが何枚も出てきた。紙ではない。鉄でもない。石とも違う。持つと軽いのに、表面だけが妙に硬い。
ユラが先に見つけた。
長い袖の上着のまま床へしゃがみ込み、髪をざっと後ろで束ねた首すじへ細かな砂をつけていた。頬のやわらかい線に、汗と埃が細くついている。
「ナミオ」
その呼び方が少しだけ弾んでいた。
ナミオが振り向くと、ユラは膝の上へ薄い板を二枚のせていた。
「これ」
ナミオはすぐ近寄る。
板は、見たことのない質感だった。
紙みたいに薄い。
でも、曲げようとすると、紙みたいなやわらかさはない。
表面には細かな升目のようなものが並んでいる。
ところどころ割れていて、その割れ目の中にはさらに別の薄い層が見えた。
「なんか、昔っぽい」
ユラが言う。
「雑な感想」
「でも、そうじゃん」
ナミオは板を受け取った。
ひやりとしていた。
地下の温度より少しだけ冷たい。
光を避けて長く埋まっていたものの冷たさだ。
板の端には、細い線が集まっている部分がある。
何かをつなぐための場所みたいだった。
表面の升目も、ただの模様ではない気がする。
ナミオの胸の奥で、前に聞いた断片が小さく動いた。
光で電気をつくる。
まさか、と思う。
でも、まさかと思う時の耳のざわつきは、たいてい何かがある時と似ていた。
「これ、ハジメに見せよう」
ユラがすぐ言う。
「うん」
ナミオは板を両手で持ち直した。
軽い。
軽いのに、妙に重い気がする。
意味のない信号を初めて拾った時と少し似ていた。
何に使うのかわからないまま、何かへ繋がる感じだけが先に来る。
ハジメの部屋へ持っていくと、最初に反応したのは目だった。
額の布を巻いたまま、机の上の細い金具を見ていた目が、板の升目を見た瞬間だけ静かに鋭くなる。痩せた手の古い傷が、板を受け取る時だけ少し慎重になった。
「どこで出た」
「古い倉庫の下」
ユラが答える。
ハジメは板の表を見て、裏を見て、端を見た。
薄い升目へ爪を軽く立て、音を確かめる。
割れた角へ灯りを寄せ、層の重なりを覗き込む。
「知ってるの」
ナミオが聞く。
ハジメはすぐ答えない。
そのかわり、もう一枚の板も手に取る。
二枚を少しずらして重ね、片方だけ灯りの近くへ傾ける。
「……昔の板だ」
「雑」
ナミオが思わず言うと、ハジメはちらりとこちらを見た。
「おまえに言われたくない」
「じゃあ何」
「用途は断定できない」
「でも、光を受けるための面を持ってる」
ナミオの喉が鳴る。
「面」
「升目が細かすぎる」
「飾りじゃない」
「文字板でもない」
「しかも、この端の集まり方」
ハジメは板の角を指先でなぞる。
「流すものがあった形だ」
「流すって」
「電気かもしれない」
ナミオの胸の奥に、あの昔の断片がもう一度浮いた。
光で電気をつくる。
今度はそれが、ただの変な昔話の響きではなくなる。
「……やっぱり」
思わずそう漏れた。
ハジメが顔を上げる。
「何か聞いてるのか」
ナミオは少しだけ迷った。
でも、ここで黙る方が不自然だった。
「前にラジオで聞いた」
「昔の声」
「光で電気って」
ハジメの目が細くなる。
「それを先に言え」
「昔話みたいだったし」
「昔話でも言え」
ユラが横で少し笑う。
「ナミオ、それ大事なやつほど後から出す」
「だって、今までそんなの本当と思わなかった」
「今は?」
ハジメが聞く。
ナミオは板を見た。
薄い。
軽い。
升目。
集まった端。
「今は、ちょっと思う」
ハジメはそれ以上責めなかった。
机の上へ板を置き、周りの金具や線を寄せ始める。
その動きが速い。
でも慌ててはいない。
この速さは、見つけた時の研究者の速さだった。
「試す」
「今?」
ユラが聞く。
「今」
ハジメが答える。
「ただし、直接はやらない」
その一言で、空気が締まる。
直接、というのはつまり、
地上の光へそのまま触れさせることだ。
それは危険だ。
板だけの問題ではない。
人の手も、目も、肌も、全部そこへ巻き込まれる。
「どうするの」
ナミオが聞く。
ハジメは古い鏡の欠片を机の上へ並べた。
鏡といっても、きれいなものではない。
表面は曇り、端は欠けている。
でも、弱い灯りをわずかに返すには足りる。
「戸の継ぎ目」
それだけで、ナミオは意味がわかった。
地上への戸。
赤い砂の気配がいつも向こうに残る、あの重い板。
その継ぎ目から差す光は細い。
細いが、まったく無いわけではない。
ハジメはそこへ鏡の欠片を置き、光を何度も折り、
さらにもう一枚の曇った板へ当てるつもりだった。
「そんなので足りるの」
「足りるか試す」
「毎回それ」
「研究はだいたいそうだ」
ハジメはそう言いながら、もう別のことを考えている顔をしていた。
ミツが呼ばれたのは、その少しあとだった。
細い体をまっすぐに立てたまま部屋へ入り、
こめかみの短い毛を指で押さえる。
寝不足なのか、喉の近くの小さな泥化跡がいつもよりはっきり見えた。
「何」
短い。
ナミオは板を持ち上げた。
「これ」
ミツは受け取り、表を見て、裏を見て、すぐハジメの方を見る。
「何だと思う」
「まだ断定しない」
「じゃあ、何だと思ってる」
ハジメは板の升目を指で叩いた。
「光を受けて、何かを出す面」
ミツの目が少しだけ大きくなる。
「何かって」
「電気かもしれない」
その一言だけで、部屋の空気が変わる。
ユラが小さく息を飲む。
ナミオはラジカセを抱く手に力が入る。
ミツは板を見下ろしたまま、呼吸を一つ深くする。
「試すの」
「今夜」
「……板に残す」
ミツはそれだけ言った。
止めなかった。
それだけで、ナミオは少しだけ胸が軽くなる。
「やっぱり板なんだ」
ユラが笑うと、ミツは少しだけ目を細めた。
「消えたら困るから」
その返しは、もう少しも硬くなかった。
夜の後半、四人は地下口の手前に集まった。
戸は閉じたまま。
その向こうに昼の残りと赤い砂がある。
分厚い板の継ぎ目へ、ハジメが鏡の欠片を順に立てる。
ごく細く漏れていた光が、欠片の位置を変えるたび少しだけ角度を変える。
細い。
危うい。
でも、たしかに明るい。
誰も継ぎ目へ肌を近づけない。
顔も寄せない。
ハジメの手だけが、その危うい位置を長いこと知っているみたいに、迷わず鏡を置いていく。
最後の光は、薄い板の面へ落とされた。
それだけでは何も起きない。
升目が、ただ少し明るく見えるだけだ。
ナミオは息を止める。
ハジメが細い線を板の端へつなぐ。
その先には、小さな針と、さらに先には弱い測りの板が置かれている。古い機械の一部だろう。針が動けば、何かが出たとわかる。
「来るか」
トウヤがいつのまにか後ろに立っていた。
壁にもたれた眠そうな顔のまま、今日はちゃんと起きている。
「見るだけ」
カザンも来ていた。
袖をひじまでまくり、腕の外側の薄い泥化跡が灯りの下で見える。
「こういう時だけ集まるな」
ミツが言う。
「通信の時間より多いかも」
ユラが笑う。
ハジメは何も返さない。
針だけを見ていた。
ごく細い光が板へ落ちる。
升目の上をすべる。
針は、まだ動かない。
「だめ?」
ナミオが言いかけた、その時だった。
針が、ごくわずかに揺れた。
本当にわずかだ。
気のせいと言われたら、それで終わりそうなくらい。
でも、気のせいではなかった。
揺れたあと、もう一度、同じ方へ小さく寄る。
「……動いた」
ユラが囁く。
ハジメは何も言わない。
でも、その目は完全に起きていた。
もう一度、光の角度を少し変える。
鏡の欠片の位置がずれる。
板の面へ落ちる筋が少しだけ太くなる。
針がまた寄る。
今度は、さっきよりはっきりと。
ナミオの喉が熱くなる。
「出てる」
「出てる」
ユラがすぐ繰り返す。
「ほんとに」
カザンが腕を組み直す。
「昼のやつから?」
「たぶん」
トウヤが言う。
その声に、いつもの眠気はなかった。
ハジメはようやく息を吐いた。
「……出るな」
その言い方が、妙に静かだった。
騒ぐでもない。
喜ぶでもない。
ただ、予感が現実へ触れた時の声だった。
ミツは板へ何かを刻き始めている。
爪の短い指が、いつもより速い。
「板」
ナミオが思わず言う。
「何て」
ミツは顔を上げない。
「仮記録」
「薄板、光照射により針反応あり」
「硬いなあ」
トウヤが言う。
「でも今それしか書けない」
ミツは短く返した。
その通りだった。
まだこれだけで世界は変わらない。
針が少し動いた。
それだけだ。
でも、光から何かが出た。
そこだけは動かない。
ナミオは板を見つめた。
昔ラジオで聞いた断片が、急に遠い話ではなくなる。
光で電気をつくる。
その言葉の順番が、
今夜ようやく現実へ触れた。
「もっと出るかな」
ナミオが言う。
ハジメが首を振る。
「今は細すぎる」
「でも、出る」
「出るなら、増やせるかもしれない」
その可能性が、全員の顔へ少しずつ違う形で落ちる。
カザンは壁の継ぎ目を見た。
労働の匂いで考えている顔だった。
輪の代わりになるかもしれないという方向へ、もう少しだけ思考が傾いている。
トウヤは針を見た。
眠そうな目なのに、そこだけはひどく真っ直ぐだった。
便利とか不便とかより、ただ見たことのないものが起きた時の顔をしている。
ユラは板の升目を見ていた。
そこへ何か新しい名前が生まれる手前の目だ。
ミツは板へ刻きながら、時々ほんの少しだけ針も見る。
記録する手と、見逃したくない目が両方起きている。
ハジメは光の角度をまた変える。
研究者の顔だ。
もう喜びより先に、次の確かめ方を考えている。
ナミオだけは、耳の方が先に動いていた。
針が寄る、その微かな動きに音をつけたくなる。
細い光の筋を、長い低い音と、短い高い音へ変えたくなる。
もうその癖は止められない。
「ナミオ」
ハジメが呼ぶ。
「うん」
「音にできるか」
それは、ナミオがもう考えていたことだった。
「できると思う」
「今ここで?」
ミツが聞く。
「少しだけなら」
「雑にやるなよ」
「今日はわかってる」
ナミオはラジカセを持ち上げた。
継ぎはぎの持ち手。
傷だらけの角。
赤い砂の入りこんだ溝。
ここまで何度も変なものを拾ってきた箱が、今夜は光の針のそばへ置かれる。
ハジメが細い線を一つ分ける。
針の揺れを、直接ではなく、ごく薄くラジカセ側へ移すための線だ。
「壊れない?」
ユラが聞く。
「壊れる時は壊れる」
ハジメが言う。
「今日それ言うの、ちょっと嫌だ」
トウヤが小さく笑う。
ナミオはつまみに指をかけた。
ごく弱く回す。
雑音が、ほとんど聞こえないくらい細く立つ。
「行くぞ」
ハジメが言う。
鏡の位置が合う。
細い光が板へ落ちる。
針が寄る。
その瞬間、
ラジカセの中で、ごく低い音が一つ、細く伸びた。
ナミオの目が大きく開く。
「出た」
「もう一回」
今度は少し角度を変える。
光の長さが変わる。
針が小さく揺れる。
ラジカセの中では、さっきより短く、少し高い音が出る。
ナミオは息を止めた。
「違う」
「違うな」
ハジメも低く言う。
「長さで変わってる」
それだけで十分だった。
長い光。
低い音。
短い光。
高い音。
前に光の揺らぎから作った音より、もっと直接に近い。
板そのものが持っている応えが、音へずれて落ちてくる。
「ほんとに、光なんだ」
ユラが言う。
「前は似てるだけだったのに」
ナミオはつまみを握ったまま、何度も頷いた。
似ている。
ではなく。
今夜は、つながっている。
光が板へ落ちる。
針が寄る。
音が出る。
意味はまだ後ろだ。
でも、流れだけはもうはっきりしている。
ミツが板へ刻く。
薄板、光照射反応を音変換にて確認。
「音変換」
ナミオが言う。
「いいな」
「いいの」
「今夜はいい」
ミツはそれだけ言った。
その返しが、ナミオには少しだけうれしかった。
何度か試したあと、光の角度を変えると、
音の長さも少しずつ変わることがわかった。
長く落ちる光は、低い音を少し伸ばす。
短く切れる光は、高く短く跳ねる。
まだ弱い。
まだ粗い。
でも、そこにはもう癖ではない規則があった。
「信号になるかな」
ユラが言う。
誰もすぐには答えない。
その問いは大きすぎた。
でも、大きすぎるからこそ、もう避けられない。
ハジメがやがて言う。
「可能性はある」
ナミオの胸がまた鳴る。
可能性。
それはまだ確定ではない。
けれど、最初の夜の「たぶん」よりずっと重い。
「光の長さで」
「音を作れて」
「しかも板が電気を出す」
ナミオは自分で言いながら、途中で言葉の順番が乱れた。
頭の中で、いろんなものが追いついていない。
昔ラジオで聞いた断片。
光の揺らぎ。
意味ではない音。
他拠点で歌になった節。
混ざり始めた世界。
そしていま、薄板が日で電気を出すこと。
「……昼って、ほんとは何なんだろうな」
トウヤがぽつりと言う。
その言葉に、誰もすぐには返さなかった。
問いが大きすぎたからだ。
昼は危険だ。
それは変わらない。
赤い砂と合わされば肌を泥にする。
人を倒す。
動物を減らした。
世界を変えた。
でも、それだけではないかもしれない。
そこに、電気がある。
長さがある。
音へ変わる骨がある。
夜の側から見た昼が、今夜少しだけ別の顔をした。
食堂へ行く頃には、鍋の底はかなり薄くなっていた。
カザンが首の太い影を揺らしながら鍋を傾ける。
鼻筋の横の浅い傷だけ先に動く。
「遅い」
「見つけてた」
ナミオが言う。
「また何か」
トウヤが聞く。
「今度は、ちゃんと電気」
それで、食堂の空気が少し変わる。
ユラが先に座り、長い袖の中で指を握る。
「板から出た」
「板から?」
カザンが眉を寄せる。
「光で」
ナミオは皿を受け取りながら言う。
「日で、電気が出る」
トウヤがすぐには笑わなかった。
その代わり、しばらく黙ってから言う。
「……前の時代、ほんと変だな」
それで、みんな少しだけ笑った。
変だ。
でも、今夜はその変さがただ遠い話ではない。
目の前の板と針とラジカセに、少しだけつながっている。
ミツも遅れて座る。
板はもう二枚になっていた。
「増えてる」
ナミオが言う。
「一枚じゃ足りない」
「何書いたの」
ミツは短く答える。
「光照射反応」
「電気発生仮確認」
「音変換確認」
「再調査必要」
「やっぱり硬いなあ」
「板だから」
でも、その口もとは前ほど固くない。
食事のあいだ、カザンは何度も「輪の代わりになるのか」と聞きかけてやめた顔をしていた。
トウヤは「昼のものから電気って気味悪い」と言いながら、でも皿のふちを無意識に長短で鳴らしていた。
ユラは「光も歌の骨持ってるんだね」と呟き、その言葉がナミオの中へ深く残った。
骨。
そうかもしれない。
光は、まだ肉がない。
意味もない。
歌そのものでもない。
でも骨はある。
長さがある。
形がある。
それを音に変えると、はじめて夜の側へ来る。
食後、老爺の部屋へ行くと、今夜は話し終える前に老爺が目を細めた。
「やっぱり、そうだったか」
「知ってたの」
「知ってたわけじゃない」
老爺は膝のラジカセを撫でる。
「でも、昔の声は時々そういうことを言う」
「光で電気」
「おまえだけじゃなく、前にも誰かが似たのを拾ってたかもしれんな」
ナミオは床へ座り、ラジカセを膝へ置いた。
「じゃあ、昔の人には普通だったのかな」
「普通だったものほど、今聞くと変なんだろう」
老爺の言い方はいつも少し遠い。
でも、今夜はその遠さがちょうどよかった。
「板、薄かった」
ナミオが言う。
「しかも升目があって」
「光を受けたら針が動いて」
「音にもなった」
「ほう」
「ほう、だけ?」
「十分驚いてる」
老爺は小さく笑った。
「顔に出にくいだけだ」
それでナミオも少し笑う。
笑いながら、胸の奥ではまだ何かが熱いままだった。
光。
電気。
音。
板。
いくつもの言葉が、今夜は一度に近づきすぎている。
部屋を出たあと、ナミオは見張り小屋の下へ行った。
地上への戸は閉じたまま。
赤い砂は向こう。
昼の光も向こう。
でも、向こうから細い電気が取れた。
その事実は、戸の厚みまで少し変えてしまいそうだった。
ラジカセを胸へ抱く。
もし、あの薄い板がもっとたくさんあったら。
もっと強い光を安全に受けられたら。
昼を全部避けるだけじゃなく、昼から取れるものがあるなら。
そんな考えが、夜の人間には危うすぎることを、ナミオはわかっている。
でも、一度知ってしまったものは、知らなかった頃の場所へ戻らない。
光は危険だ。
それは変わらない。
でも、光は電気を出す。
そして長さを持ち、
音へも変わる。
その両方を知ってしまった夜のあとで、
昼をただ同じままの敵として見ることは、もう少しだけ難しかった。
遠くで灯りが一つ消える。
また一つ消える。
最後の灯りが残るあいだ、
ナミオは目を閉じた。
耳の奥では、
さっきの低い音と高い音がまだかすかに続いている。
光の長さ。
板の反応。
出てきた電気。
昔のラジオで聞いた断片が、今夜やっと現実へ手を触れた。
その触れ方はまだ細い。
すぐ折れてしまいそうでもある。
それでも、
確かにあった。
ナミオはラジカセの角を指でなぞる。
昼のものは、全部奪うだけじゃない。
その考えが、
今夜いちばん静かで、
いちばん大きい音だった。
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うわあ、第12話、素晴らしかったです……。「光で電気をつくる」という昔話の断片が、地下で見つけた薄い板と、ハジメたちの地道な検証によって少しずつ現実になっていく流れに引き込まれました。特に、針がほんのわずかに動いた瞬間の緊張感と、その揺れをラジカセで音に変換する場面が美しくて。光の長さが音の高低に変わる——その「骨」が見えた夜だったんだなあ。ナミオの耳の奥に残るあの音、ずっと響いてそうです。