それから二人は毎日メール交換をした。仁はどんなに忙しい日でも必ず『エンジェル』にメールを送るようにした。
メールの内容はそれこそどうでもいいような内容だ。
今日食べた物の話や話題のニュースについて、外出先の街の様子や新しく見つけた本の話等、とにかく思いついたら何でも送る。メールのやり取りをこまめに続けていると互いに親近感が湧いてくるから不思議だ。
そしてそんな他愛もないやり取りが二人の間では当たり前になっていった。
綾子はメール交換を重ねるうちに『God』に対して少しずつ信頼感を抱くようになる。
これまでメールを交換した男性達は何度かメールのやり取りをすると必ず「会いましょう」と言ってくる。しかし『God』は全くそんな素振りは見せない。
互いの住まいが遠いから言わないのだと思うだろうが過去にメールをやり取りした男性達も皆遠くに住んでいた。それでも会いましょうと言ってくる。中には軽井沢まで会いに行きますよという人もいた。
しかし『God』は決して「会いましょう」とは言わずただ楽しいメールのやり取りを続けてくれる。そんな『God』に対し日に日に信頼感が増していった。
そして水曜日になった。この日仕事が休みの綾子は図書館へ行ってみる事にする。図書館に行った後はまたあの道の駅へ寄り美味しい蕎麦を食べる予定だ。
その日は朝一番で『God』からメールが来ていた。
【今日はいよいよ図書館に行く日だね。本ちゃんとあるかなー?】
【本楽しみです! 図書館の帰りに美味しいお蕎麦を食べてから帰ります】
【美味い蕎麦いいなー。運転気をつけて、行ってらっしゃい】
『God』からの返事を見て綾子は微笑む。出掛ける際に誰かに「行ってらっしゃい」と言われたのは久しぶりだったのでなんだかくすぐったい。
それから綾子は車で図書館へ向かった。
途中紅葉がとても美しかった。窓の外には赤や黄色に染まった葉がハラハラと落ちていく。なんとも風流だ。
いよいよここ軽井沢にも本格的な秋がやってくる。
綾子は秋が大好きだった。
理人がまだ生きていた頃、よく世田谷の砧公園へお弁当を持って二人でピクニックに行った。
理人は沢山積もった落葉の上を歩くのが好きだった。乾いた落ち葉を踏みしめた時のカサカサという音が大のお気に入りだった。綾子と手を繋いで落葉の上を歩きながらピョンピョンと飛び跳ねる。繋いだ手に感じる理人の重みを思い出し綾子は優しく微笑んだ。
最近理人の事を思い出しても涙が出なくなった。以前は理人の顔を思い出すだけで泣けてしょうがなかった。しかし今は違う。
綾子はその理由を考えてみた。それはおそらく光江や『God』に心の内を打ち明けたので少し気持ちが軽くなったからかもしれない……そう思っていた。
更に最近はよく眠れるようになった。以前は眠っても夜中に何度も目が覚めてしまい翌朝だるい日が多かったが最近は目覚ましが鳴るまで起きない。綾子はここ最近の睡眠の質の変化にも驚いていた。
質の高い睡眠のお陰で食欲も随分戻ってきた。食べたいという意欲が高まると自然と料理をするのも楽しくなり最近では凝ったメニューも時折作るようになった。だから今日も道の駅で新鮮な野菜をいっぱい買う予定だ。
青白くやせ細った綾子の身体は少しずつ元の綾子に戻っていた。いや、夏のガーデニングの日焼けのせいでもしかしたら以前よりも健康的に見えるかもしれない。綾子は徐々に本来の自分を取り戻しつつあった。
やがて車は町立図書館へ着いた。ゲートをくぐり駐車場に車を停めると綾子は図書館へ向かう。館内へ入るとすぐにカウンターへ向かった。
カウンターにスタッフは一人しかいなかった。先客がいたので綾子は後ろに並ぶ。数分後綾子の番がきたのでスタッフへ尋ねた。
「あの、神楽坂仁さんの『フロストフラワー』という本が入荷していると聞いたのですが」
綾子は本のタイトルと作家名を書いたメモをスタッフに渡す。スタッフはそれをじっと見つめると急に思い出したように言った。
「あっ、あれね!」
50代くらいの女性スタッフはニッコリと微笑む。
「あなたがリクエストしたのね?」
「え、あ、はい、でもリクエストしたのはかなり昔で絶版だから無理でしょうって言われたのですが」
「そうそう、この本絶版だったのよね。でもね、一週間前くらいかしら? 著者の神楽坂さんご本人から本が寄贈されてきたの。なんでもこの町に『フロストフラワー』を読みたがっている人がいるからって。きっとあなたの事よね?」
「え?____」
綾子はかなり驚いていた。著者本人から送られてきたと知り狐につままれたような顏をしている。
しかしそんな綾子の様子には気付かずにスタッフは続けた。
「この本以外にも20冊くらい寄贈して下さったのよ。だからあそこに『神楽坂仁コーナー』を作ろうと思って今ちょうど準備していたところなの」
スタッフが指差した方を見ると棚の角にテーブルが置かれ周りには『神楽坂仁』に関する紹介文や本の内容が記載されたPOPが貼られている。あとは本を並べれば完成のようだ。
「あ、じゃあ今日借りるのは無理ですか?」
「ううん大丈夫よ、あなたが一番乗りね」
スタッフは笑顔のまま後ろの棚から一冊の本を取ってきた。
「今日はこの本だけでいいのかしら?」
「あ、はい」
綾子は慌てて図書館カードを出して手続きをする。
その数分後、綾子は本を大切に抱えながら車へ戻った。
(どういう事? 神楽坂氏本人が直接寄贈って___)
運転席に座った綾子は借りた本を袋から出してみる。
綾子の手のひらにはまだ誰も読んだ事のない真新しい『フロストフラワー』が乗っていた。
コメント
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うぉ〜❣️本📕は神楽坂仁から寄贈と判明しちゃった😳✨この後どんな展開になるのかなぁ💓🤭
↓↓私も エンジェル(綾子)さんは Godさん=神楽坂氏と 気付く、に一票です‼️👼 でも 控えめな綾子さんは 気付いていても 有名人の神楽坂氏を気遣い、 知らぬフリをするのでは⁉️と思います。 神楽坂氏も、ちゃんと種明かしをするのかどうなのかなぁ....🤔 まだ 暫くこのままでいくのか⁉️😔 メールのやり取りから 信頼感や愛情や友情が芽生え、 いつか この二人が 実際に逢える日が来ると良いですね~🥺🙏💖
さらちゃん❗️私もそう思った‼️ きっと綾子さんは気付くはず。でもそれをGodに聞いていいのか悩むんじゃないかと…。 God仁さんから言い出す…うーん。暫くはこのまま… 今の楽しい時間を壊したくはないという気持ちが2人にあるかな… もう色んな方向の妄想が( ˘ω˘ )💭*。◌