月曜日の教室。梓と沙月は教室で談笑していた。
「なんかみんな噂してるね」
「確かに・・今朝もニュースでやってたしね」
教室は朝のニュース番組で取り上げられた売春斡旋グループの逮捕というセンセーショナルな話題で持ちきりだった。
「でもさ・・さっき別のクラスのやつが話してるの聞いたんだけど・・・」沙月の言葉はそこで途切れる。
どうも何かを言いたげな様子だった。
「なに?どうかしたの?」
「いやさ、聞き間違いかもしんないんだけど・・なんか駿くんの名前が」
沙月が言いかけた時、聖奈が慌てた様子で教室に走ってくる。
「まずいよ!2人とも!」
聖奈の顔からかなり緊迫した様子なのが伝わってくる。
「なに?どうかしたの?」
「随分と慌ててるみたいだね?何かあった?」
沙月と梓が聖奈に問いかける。
「もしかしたら・・駿くんクビになっちゃうかも」
聖奈の言葉に皆が硬直する。
「え?駿がクビ?いや・・何かの間違いでしょ?」
「そうだよ!なんで駿くんがクビになるのよ!」
駿のクビを口にする聖奈に2人が問いかける。
「職員室の前通った時に他の先生の会話が聞こえてきただけだから、私も詳しくはわからないんだけど・・保護者から連絡があったらしいの!」
「ほ、保護者?」梓は不安に満ちた表情で首を傾げる。
「なんでも・・金曜日の夜に繁華街の裏路地から出て来る駿くんを、偶然目撃した人が居たんだって!その人からクレームがあったって・・」
聖奈の言葉を聞いた梓は、教室から飛び出す。
「まって!梓!」走り出す梓を聖奈と沙月が追う。
校長室では駿とつかさが校長と教頭から事実確認のための尋問が行われていた。
「では・・金曜日の夜に、実際に繁華街の・・RAMというバーに行った事は事実なんですね?」
校長の質問に駿は黙ってうなずく。
「なんて事だ・・よりにもよって売春斡旋をしていあバーに行っていただなんて・・」
教頭は卒倒したように椅子にドシッと座る。
「待ってください!確かに皆川先生はバーに行きました!でもそれは、行方不明になってる生徒のお母さんを探すためなんですよ?探偵にだって依頼していたんです!バーに実際に行ったのだって、警察の潜入捜査に協力する為なんです!」
つかさは駿が売春に加担していないと声を張り上げて校長と教頭に説明する。
「行方不明?探偵に依頼?潜入捜査?それを保護者が聞いて納得しますか?」
「だったら警察と探偵に確認してみてください!証拠を出せと言われたらその証言を出せばいいじゃないですか!事実なんですから!」
つかさは必死に説得する。
「それが事実がどうかなんて保護者には関係ないんですよ!バーに行ったという事実があるだけで問題なんです!」
「どういう意味ですか?」
教頭の言葉につかさが首を傾げる。
「いいですか?今は一般人の何気ない発言が全世界から注目を浴びてしまう時代です!もし誰かが、我が校の教師が売春を斡旋しているバーに通っていたとSNS投稿したりしたら、一気拡散されてしまいます!投稿する人も警察の潜入捜査や探偵の話を一緒に投稿してくれるとは限りません。閲覧数稼ぎのために都合の悪い事実を伏せて投稿するかもしれませんよね?」
教頭の話を駿とつかさは黙って聞く。
「よくある話でしょ?事実ではないことが拡散されてしまい、後から訂正しようとしても、もう世間には間違った投稿が広まってしまった後だから見向きもされない!仮にそうなってしまえば我が校も入学希望者が減り、経営は悪化・・最悪の場合廃校という可能性もあり得る・・この件はね・・そういう大きな話なんですよ!」
「だったら・・俺は無視してれば良かったんですか?涙ながらに助けてと訴える生徒を・・突き放せばよかったんですか?」
ずっと沈黙していた駿が口を開く。
「皆川先生・・」つかさはそんな駿を不安な眼差しで見つめる。
「あなたは生徒の家庭の問題にまで首を突っ込むおつもりですか?」
教頭の言葉に駿は言葉を詰まらせる。
「皆川先生?あなたはまだ教師になって日が浅い・・そりゃ漫画やドラマのような熱血教師に憧れがあるでしょう・・でもね?あんなのはフィクションです・・あんな事現実で出来るはずがない!今後も教師としてやって行きたいのなら、多少の妥協も必要ですよ?」
「そんなのは妥協じゃない!責務から逃げてるだけです!」
駿は声を張り上げる。
「責務?」校長は首を傾げ
「では聞きましょうか?皆川先生にとって教師の責務とはなんですか?」駿に問いかける。
「どんな逆境に立たされても生徒を救うために全力でできることをやる!それが教師の責務です!」
駿の言葉を皆が黙って聞く。
「勉強だけ教えてればいいんなら教師なんていらない!全部AIに任せてれば事足ります!でも教師は必要なんです!それは何故か?勉強以外のことを教えて、心の拠り所になるべき存在だからです!そんな教師が逃げていたら生徒を救えません!」
「ですがその正義感が今回は裏目に出ましたね?」
駿の言葉を校長は一掃する。
そんな会話を校長室の外から盗み聞く梓、聖奈、沙月。
「駿・・ぐすっ・・・」梓は涙を流す。
「何よ・・校長と教頭のヤツ!屁理屈ばっか言いやがって!駿くんが梓の為にどれだけ必死だったのか知らないくせに!」
聖奈は怒りに満ちた表情で拳を握る。
「でもマジやばくない?この雰囲気・・クビになんないよね?」
沙月は不安に満ちた表情で、神に祈るように手を合わせる。
「心苦しいですが・・皆川先生にはやめてもらうしかありませんね・・・」校長は腕を組みながら口を開く。
「待ってください!皆川先生は何も悪いことしてないのに!」
「雛形先生?いい加減にしてください!何度同じ事を言わせるんです?悪い事をしたかという問題ではなく、この話の焦点は我が校にとって不都合な事をしたかどうかなんですよ」
「くっ・・・」つかさは校長の言葉に黙り込み、歯を食いしばって拳を握る。
「ですが・・我々も新米の頃は皆川先生のように熱血教師に憧れを持っていました・・そんなアナタをクビにしてしまうのは忍びない・・ですから皆川先生・・あなたには選ばせてあげますよ」
「選ぶ?」駿は首を傾げる。
「このまま依願退職というカタチで学園を去るか・・これからは妥協し」
「喜んで辞めさせていただきます!」
校長の言葉を遮るように、駿は依願退職を宣言する。
「皆川先生?何を言ってるんですか?あなたが辞めてしまったら金森さんは」
「もう決めたんです・・・」
そんな駿とつかさを校長は黙って見つめる。
「皆川先生?校長はアナタにチャンスを与えると仰ってくれているんですよ?そんな校長の慈悲を無下にするんですか?」
「慈悲?そんな物は感じませんでした・・校長はただ・・我が家にとって都合の良い教師になれ!そう仰っているように俺は感じました」
そんな駿の発言を校長は黙って聞く。
「校長になんて口を!」
教頭は駿の肩を軽く小突く。
「俺は自分の信念を曲げてまで、教師という職業にしがみ付くつもりはありません!」
「そうですか・・わかりました!では皆川先生・・いや皆川さんは本日をもって依願」
「待ってください!」
校長の言葉を遮るように梓、聖奈、沙月が校長室に入って来る。
「みんな・・・」駿は突如としてやってきた3人を驚いたように見る。
「皆川をクビにするんなら私たちは退学します!」梓が真剣な眼差しで校長に訴えかける。
「梓が退学するなら私も!」聖奈も梓同様にそう言い切る。
「生徒の為に自分を犠牲にするような先生をクビするような学校・・こっちから願い下げよ!」
沙月は怒りに満ちた表情で生徒手帳を校長に投げる。
「あなたたち・・」つかさはそんな3人を黙って見つめる。
「お前ら!教師に向かってなんだ!その態度は!」
教頭は沙月に怒りを露わにして近づくが、そんな教頭の前に駿が立ち塞がる。
「こいつらの責任は担任である俺の責任ですから!俺が責任を取って辞めます!」
「ちょっと!何言ってんの?これは私たちの問題だから駿くんは」
「黙れ!!」沙月の言葉を駿が遮る。
「駿・・・」梓がそんな駿を潤んだ瞳で見つめる。
「そうですか・・・お前ら!皆川先生に感謝するんだな!」教頭はそう言うとドシドシと大股で歩きながら校長室から出ていく。
「では皆川先生・・あなたは本日をもって依願退職という事でよろしいですね?」
「はい・・今までお世話になりました!」
駿は深々と頭を下げる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!