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海の紅月くらげさん
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その夜、お母さんに気づかれないようにそっと家から出た。とはいっても行き場はなく、辿り着いたのは近所の公園。
街灯の側のベンチに座り、砂利を蹴飛ばす。
電話をかけてみる。5回以上コールが鳴ったあと相手が出た。
「もしもし」
久しぶりに声を聞いた気がする。
「……お父さん」
「何かあったか?」
「一人暮らしのこと、だけど私」
「ああ、しっかりやれよ」
お父さんが私の言葉を遮った。
心配していないような言い方で、低く響くお父さんの声。
「ちょうどいい機会だ。お母さんも色々辛いんだよ。わかってあげてくれ。どう頑張っても合わない人もいるからな」
だからって私が出て行くの? お父さんは私の心配してくれないの?
「お前は大丈夫だろう」
「私は……」
大丈夫なんかじゃないよ。
「しっかりしているからな」
頑張ってそう見せていただけだよ。
「じゃあ、まだ仕事があるから」
「まっ……!」
待って。と言おうとしたけれど、私の返答も聞かずに電話は切れた。
虚しく鳴り響く通話終了音。
「お父さんの……馬鹿っ」
そう呟いた時だった。スマホが振動し始めた。
もしかしたらお父さんがかけ直してきてくれたのかもしれない。そんな期待をして、相手を確認せずに電話に出た。
「……もしもし」
聞こえてきた声は、お父さんではなく少し緊張したような強張った彼の声だった。
「今、平気?」
男の子にしては少し高めの明るくて元気な声は、私の心に小さな光を灯してくれる。一呼吸置いて、微かに笑みを浮かべながら私は答えた。
「平気だよ、歩くん」
何も悟られないように、平然としていないと。変に思われてしまう。
「……なにかあったか?」
「え?」
「あ、いや……別に何もないならいいけど。あのさ、今日って……」
歩くんの話を遮るように私の背後から車のエンジン音が聞こえてきた。
「ごめん、歩くん! よく聞こえなかったからもう一度言ってもらっていい?」
「今、どこにいるんだよ」
少し低くなった歩くんの声にびくりとする。
「ましろ、今一人?」
「う、うん……」
「なんでこんな時間に外にいんの」
「こんな時間って言ってもまだそんなに遅くないよ」
自分の家の事情は話せない。
気分のいい話ではないし、こんな話されても困らせちゃうだけだ。
「バカ、あぶねーだろ。夜に一人で出歩くなよ」
「け、けど」
「いますぐ家に帰れって」
怒っている歩くんに圧され気味になりつつも、私だって今は帰りたくない理由がある。
今お母さんに会ったら……きっと私、涙を我慢できない。
そのくらい切羽詰まっている。
お父さんとのあの電話がトドメとなった。今こうして話していられるのもきっと電話だからだ。
「……今は、帰らない」
「ましろ」
「もう少ししたら帰るから心配しないで」
「心配するに決まってんだろ」
……でも、私の家族は誰も心配してくれない。私が帰ってこなくたって、気づきもしないかもしれない。
「今いる場所、教えて」
「……」
「ましろ」
電話越しの歩くんは凄く真剣だった。
「……赤羽公園、ってところ」
「わかった、そこ動くなよ」
「え……」
「迎えにいく」
その言葉が耳の奥に浸透した瞬間、電話が途切れた。
期待してしまいそうになる。けど、その期待が崩れるのがすごく怖い。
お母さんからもお父さんからも、もうイラナイよって言われたような気がして真っ暗になった私の心に、歩くんの優しい光が差し込む。
でも、怖いんだ。
私の話を聞いて困らせてしまったら……って考えると凄く怖い。
家でも、学校でも誰かに嫌われているとわかるとどんどん臆病になっていく。
卑屈になって心が収縮していって、まるで泥濘に足をとられて飲み込まれていくような恐怖。そんなことがぐるぐると頭の中で回り続ける。