テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2.5次元舞台『漆黒のヴァルキリー』の殺伐とした稽古も終盤に差し掛かったある日。
通し稽古の合間の休憩時間、私は稽古場の給湯室で冷たいお茶をペットボトルに注いでいた。
「——あなたの演じる『シオン』、すごく魅力的ね」
背後から掛けられた、静かで、透き通るような声。
振り向くと、そこには長めのボブヘアを揺らし、知的な瞳で私を見つめる少女が立っていた。
——**黒川あかね**だ。
劇団ララライの若手エースであり、卓越したプロファイリング能力と狂気的な演技力を持つ実力派女優。
(あかねちゃん……! 『今からガチタツ』や『東京ブレイド』で圧巻の演技を見せた本物の演技派……!)
前世のオタクとしての興奮が脳裏をよぎるが、今の私は『漆黒のヴァルキリー』で彼女と共演する一人の役者だ。私は背筋を伸ばし、深々とお辞儀をした。
「黒川さん……ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
あかねはゆっくりと歩み寄り、私の顔をまじまじと見つめた。
その瞳は、まるで人間の表層だけでなく、その奥にある「生い立ち」や「記憶」まで解剖しようとするかのように鋭い。
「『C小町』の榊美裕。……最初はアイドルが話題性で買われて入ってきたのかと思って観察していたの。でも、あなたの演技は違う。キャラクターのプロフィールをなぞっているだけじゃない。まるで……『全く別の人生を一度生きて、それを踏まえた上でシオンを生きている』ような、歪で深い臨場感がある」
——鋭い。鋭すぎる。
プロファイリング能力に定評のある黒川あかねならではの視点だ。前世の記憶があること、男からトランスジェンダーとして生きてきた過去……その背景が生む独特の「影」を、彼女は一目で見抜いていた。
「……私の内面なんて、ただの複雑な泥ですよ」
私は苦笑交じりに言った。
「その『泥』が、シオンという性別不詳の魔導師に圧倒的なリアリティを与えているのよ。……正直、主演の鳴海くんや鳳さんも焦ってるわ。あなたの演技が浮いているんじゃなくて、あなたの熱量が舞台全体の基準(アベレージ)を強引に引き上げているから」
あかねはそう言うと、ふっと柔らかく微笑んだ。
「私、あなたのこと……役者としてすごく興味があるの。もしよかったら、次の休みに少し話さない? あなたがどんな本を読んで、どんな景色を見て……どんな『記憶』を持ってそこに行き着いたのか、もっと知りたい」
「……! ぜひ、よろしくお願いします!」
あかねのような本物の演技派に認められ、声をかけられたことが純粋に嬉しかった。
「よし、じゃあ決まりね。連絡先、交換しましょ」
スマホを取り出し、連絡先を交換するあかね。
その横顔を見つめながら、私は前世で読んだ『推しの子』の中の彼女の葛藤や、アクアとの複雑な関係性を思い出していた。
(あかねちゃん……この世界で生きるあなたたちも、傷つきながら前に進んでるんだよね。私も、あなたたちと同じ時代を生きる『役者』として、絶対に背中は見せないから)
「じゃあ美裕ちゃん、後半の通し稽古もよろしくね。……私の演技も、手加減しないから」
あかねは妖しくも美しい笑みを残し、稽古場へと戻っていった。
原作の天才女優・黒川あかねとの出会い。
彼女の鋭い眼光は脅威でありながら、私をさらなる高みへと引っ張り上げてくれる最高の刺激だった。
舞台の幕が上がるまで、あと少し。
私は決意を新たに、狂気の稽古場へと足を踏み入れた。
美裕が2.5次元舞台の稽古場で黒川あかねからその凄絶な「存在感」を解剖されていた、ちょうど同じ時刻。
都内の大手テレビ局、地下1階の大型リハーサルスタジオ。
自主練を終えた向井沙也加と宵闇灯の二人は、特番のダンスコラボ企画の合同リハーサルを目前に控えていた。
「ハァ……ハァ……っ! 灯ちゃん、今のサビのフォーメーションチェンジ、私コンマ2秒遅れてた……! もう一回合わせてもらってもいい!?」
額から汗を流し、息を弾ませながら沙也加が叫ぶ。
その瞳には、美裕に置いていかれまいとする執念のような光が宿っていた。
「いいよ。沙也加が納得いくまで付き合う」
灯は自販機で買ったスポーツドリンクを沙也加に放り投げると、アンニュイな表情の裏にある本気の眼差しで鏡を見据えた。読者モデルとして常に「見られる側」のトップを走ってきたプライド。美裕の引き立て役に甘んじる気など、毛頭なかった。
二人が再びステップを踏み出そうとした、その時——
「あー! やっぱりここにいた! MEMちょ、ほら言ったでしょ! レッスン室から音が聞こえるって!」
ドアが勢いよく開き、飛び込んできたのは**星野ルビー**だった。
その後ろから、スマホの自録り棒を手にした**MEMちょ**が苦笑しながら続いて入ってくる。
「ちょっとルビー、ノックもしないで入ったら迷惑でしょ〜! ……って、うわっ! C小町のふたりじゃん!」
「ルビー様……!! MEMちょ様……!?」
沙也加の動きがピタッと止まり、オタクとしての本能が一瞬で目を覚ましそうになる。しかし、沙也加は必死で拳を握りしめ、溢れ出そうになる「オタクの叫び」を喉の奥で押し殺した。
(ダメ……! 今の私は、ただのファンじゃない。C小町の向井沙也加としてここに立ってるんだから……!)
「初めまして、B小町のみなさん。C小町の宵闇灯です」
灯が一歩前に出、クールかつ完璧な礼儀正しさで一礼する。沙也加もそれに続き、深々と頭を下げた。
「向井沙也加です……! お会いできて光栄です!」
ルビーは二人に向かってパッと顔を輝かせると、物怖じせずに距離を詰めてきた。
「ねえねえ! さっき外からダンス見てたんだけど、すごかった! 特にサビのキレ! 配信の時より全然ダンスが激しくなってない!?」
「え……見て、おられたんですか……?」沙也加が驚きで目を丸くする。
「うん! MEMちょと一緒に通りかかったんだけどさ、あまりにも熱量がすごくて足が止まっちゃって!」
ルビーはそう言うと、ふっと少し真面目な顔になり、二人をまっすぐに見つめた。
「あのね……実は私、ちょっと嫉妬しちゃった」
「……え?」灯が僅かに眉をひそめる。
「美裕ちゃんが舞台で話題になってるじゃない? 普通、センターがあそこまでソロで目立つと、グループってどこか雰囲気がギクシャクしたり、残されたメンバーが影薄くなったりするでしょ。でも……二人は全然違った」
ルビーの瞳の中に、天性のアイドル特有の鋭く眩しい光が宿る。
「美裕ちゃんの勢いに負けないくらい、二人とも自分の光を磨いてる。C小町って……美裕ちゃんだけのグループじゃないんだなって。すっごくかっこいいよ」
その言葉は、まさに今、沙也加と灯が喉から手が出るほど欲しかった「承認」だった。
「……ふん。当たり前でしょ」
灯はフッと不敵な笑みを浮かべ、髪をかき上げた。
「あいつが外で化けて戻ってきた時に、私たちが追いつけないようなレベルになってなきゃ意味がないから。C小町の看板背負ってるのは、美裕一人じゃない」
「そうです……!」
沙也加は自分の胸に強く手を当て、ルビーに向かってまっすぐに宣言した。
「私は元々、アイドルオタクです。B小町のことも、ルビー様のことも、心から尊敬してます! ……でも、今はC小町のアイドルです。美裕ちゃんにも、B小町にも……絶対に負けたくありません!」
かつて「推す側」にいた少女が放つ、剥き出しの対抗心とプロとしての覚悟。
ルビーはその言葉を聞くと、一瞬目を見開き——そして、最高に楽しそうな笑顔を咲かせた。
「あはは! 言ったね〜! いいよ、最高! 今度の特番のコラボステージ、お互い本気でいこうね!」
「もちろん。食ってかかるから覚悟してて」と灯が言い放ち、MEMちょが「うわ〜若さのバチバチ感眩しすぎる〜!」とカメラを向けながら悶絶している。
同じ時刻。
美裕が稽古場で黒川あかねと「役者としての深遠」で交差していた裏で、沙也加と灯もまた、B小町の象徴である星野ルビーと「アイドルとしての覚悟」をぶつけ合っていた。
離れていても、三人の魂は同じ熱量で共鳴している。
覚醒を遂げつつあるC小町が再び一つになる瞬間(とき)、その爆発力は誰にも止められないものになろうとしていた。
71
#【推しの子】
#SAKAMOTODAYS
おとうふ 紹介文読んで🙇
141
りな
65
コメント
1件
うわあ…あかねちゃんの鋭さ、やばいですね。美裕ちゃんの“泥”を見抜くセリフ、めっちゃ刺さりました。そして沙也加ちゃんと灯ちゃんのルビーちゃんとの邂逅も熱い…!「推す側から推される側へ」の覚悟、すごく響きました。三人がそれぞれの場所で本気で輝いてて、読んでて胸が熱くなりました🔥