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月咲やまな
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#恋愛
十色
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——初めて時間が戻ったその瞬間。 叶糸は、『自分は人生をやり直している』とすぐに気が付いたようだった。
居場所が急に変化したおかげもあろうが、『一度目』の記憶がそのまままるっと残っていたからだ。大学二年の頃にまで時間が戻った理由までは流石にわからず、困惑はしたようだが、『未来』を知っているというのは大きな強みとなるように思えた。……だが、家族との軋轢の『結末』が『集団暴行』の末の『死』であった事が彼の心に深い傷を残していて、残念な事に、叶糸から家族に対して抵抗する気力をすっかり奪ってしまっていた。
それほどまでに、身近な人から向けられる『殺意』は恐ろしいものなのだろう。
それでも一年程は彼らなりに平穏に過ごせていたのだが、剣家の前当主であるエイガが叶糸を後継者にするべく残した権利や遺産の書かれた遺言書の件を悟られる前にと、現当主である惺流は、彼の結婚相手を本腰を入れて探し始めた。
貴族の家で育った『獣人』だとはいえ、その名からして明らかに『平民』の血筋であるため、そう簡単には見つからないかと思えた。だが意外にも侯爵家として名高い『西條家』から通達があった。
『我が娘、ソロアとの婚姻はどうか』と。
男爵家が高位貴族である侯爵家との縁を結べるのは願ってもない話だ。だが西條ソロア侯爵令嬢は極度の平民嫌いである。その噂は当然惺流も知っている。もう今じゃ誰も口にしない程に有名だからだ。だがこれはむしろ好都合だと惺流は考えた。
(新しい家族から嫌われたのなら、居場所を求めて実家に出戻って来るだろう。そこで今まで通りに優しく接してやれば、叶糸はまた、家族のためにと喜んで我々に尽くすに違いない)
——と。
惺流は、自分達が叶糸を蔑ろにしてきたなどとは欠片も思っていなかった。多少は厳しく育てたが、衣食住を与え、大学にまで通わせたのだから十分に家族として扱ってきたつもりだったのだ。
一度たりとも優しくなんぞした事もないのに、よくもまぁそんな発想に至るものだ。
西條家からは『支度金』と『縁』を手にし、叶糸からは前当主から彼が引き継いだ全ての権利を奪い取れる。惺流にとって、この結婚は完璧なものに思えた。
叶糸との婚姻話を持ち掛けてきた西條家はもう、十人姉弟の長女である『ソロア』を完全に持て余していた。だけど彼女が生まれたばかりの頃は、母親と同じ『狐の獣人』であった事で手塩にかけて育てられた。『獣人』からであっても、その子供も獣人である可能性はかなり低い。なのに第一子として獣人が生まれ、幸先の良さから一族そろってソロアを甘やかした。どんな我儘をも全て許し、高貴な蝶よ花よと祭り上げ、他国ではあるが王家出身の母親が『その身に流れる王族の血を誇れ』と教育した結果——
ソロアは恐ろしいまでに傲慢で自己中心的な女性になってしまった。
同じ貴族ですらも蔑み、平民であれば同じ空間に居る事すらも嫌うので、屋敷で働く者達は困窮気味な子爵や男爵家の者達ばかりだ。平民を雇えない以上、人件費はどうしても高くなる。だが我儘な性格のせいで人は定着せず、待遇改善を繰り返した結果、西條家の負担は増える一方だった。
その上、『教師やクラスメイトに平民が居るかもだから』と学校にも行かず、家庭教師だけで身に付けた知識は偏り、まともな人間関係を築く機会も無かったせいで家族とも不仲になっていった。
十五歳で実母が他界してからはもう、同じくキツネの獣人として生まれた末弟の言う事しか聞かなくなり、他の弟妹達すらも『獣人じゃないくせに』と蔑み貶すように。当主である実父はただの『人間』で、実弟妹達とは違って王族の血すら入っていないからと、次第に父を『財布』としてしか見なくなった。
性格の悪さがたたって婚約者もいないまま結婚適齢期になったが、『最低でも皇家の血族か、王族の血筋でなければ嫌だ』と言うせいで婚姻話は一つもまとまらず、だらだらと二十五歳になった。
長年、父は必死に条件に合う様な者達に打診し続けはしたらしいが、ソロアの悪名高さが災いして全て立ち消えてしまったそうだ。真っ先に婚約の打診をした皇家からは、『彼女は国母になれるような器じゃない』と一蹴された時は、半年間もソロアが不機嫌で手に負えなかったらしい。今の皇家は、国民を均等に愛せ、かつ温和な女性を求める傾向があるから納得だ。
『もう誰でもいいから、ソロアを養ってさえくれればいい』
西條家の資産を溶かし続け、今じゃもう、彼女の評判の悪さが『西條家』そのもののイメージすらも失墜させていっている。ソロアは西條家にとって不良債権となってしまった。可愛い可愛いと育てた我が子のはずなのに、そう思う気持ちもどこへやら。『娘の希望通りじゃなくてもいい、大金を払ってもいいから、早々に西條家の本邸から消えて欲しい』と願うまでに至っている。『結婚』という形が一番対面を保てる為、剣家が末っ子の結婚相手を探しているという噂を聞き、ソロアの実父はその話に飛び付いたという訳だ。
『剣は男爵家だが、叶糸という青年は評判も良いらしい。多少有能ならば、アレ一人養うくらいは出来るだろう』
こうして、『支度金』という名目でかなりの額を西條家が剣家に払い、叶糸とソロアの婚約が本人不在のまま決まった。西條側としては即結婚して欲しい所だったのだが、叶糸はまだ大学生で就職が決まったばかりの頃合だ。お次は卒業論文だなんだとバタバタしているからと卒業までは婚約期間となった(義兄達の論文も書かないとだったから、三馬鹿共から猛反対されたんだよね)。それらの話すらも、当人達が聞いたのは全ての話がまとまった後だった事は、言わずもがなといった所だ。
コメント
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ああ、なるほど……。叶糸くんの“一度目”の記憶がそのまま残ってるってところ、すごく切なかったです。家族からの殺意を経験した上で、また同じ場所に戻されるって、どれだけ辛いだろうって思いました。それに、惺流の「優しく接してやれば」って台詞、悪意のない自己正当化が一番怖いなと感じました。ソロアの背景も丁寧に描かれていて、二人の婚約がただの政略じゃなくて、それぞれの事情が絡み合ってるのがリアルでした。続きが気になります。