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月咲やまな
398
#恋愛
十色
257
当人同士の了承も覚悟も何もかもないまま、剣と西條の両家で婚約が成立してしまった。『獣人』であり、『貴族』として育ってはいても、その血筋は『平民』で、王家や皇家とは一切無関係な叶糸との婚約など、気位の高いソロアは当然受け入れるはずがなかったのにだ。
案の定、西條家の当主でもある父に何を言われようが、末弟に説得されようが聞く耳も持たず、暴れに暴れてソロアは頑なに拒絶した。家の財政状態を懇々と説明されても、『現実を見るように』と諭しても無駄だった。
叶糸もこの婚約を歓迎などしてはいなかったが、『このまま剣の家に居るよりはマシかもしれない』とは考えていた。『実家との縁さえ切れてしまえば、あとはどうとでもなるのでは?』とも。
何をどうしようが婚約相手から好かれないのはわかっている。叶糸もソロアの噂は知っているからだ。お互いに愛情が無いのなら、形だけの契約結婚にでも持ち込めるかもしれない。立場的に自分からは無理でも、向こうから早々に離婚を提案してもらえるという可能性だってありそうだ。——そう割り切り、渋々ながらも叶糸は婚約話を受け入れた。
義父に言われ、彼は月に二、三度、婚約者となったソロアと交流を深める為にと西條家を訪れる様になった。だが玄関にすら辿り着けず、正門前で門前払いを喰らった。
毎度毎度毎度、行くたびに『平民を家に入れるな!』と事前に指示されている西條家の警備員から申し訳なさそうに『通せない』と告げられる。それでも礼儀として半年間はそれを続けたが、流石に不毛だと悟り、学校関連などで多忙にもなってきた事を理由に行くのをやめると、今度は『平民如きに蔑ろにされた!』と余計に激怒し、ソロアは完全にブチギレてしまったそうだ。
——四ヶ月程経ったある日の事。
ソロアは父に『子供が出来た。平民との婚約関係を解消する』と、少しも悪びれる事なく告げてきた。
父は『……剣家の彼との子供じゃないのか?実は、そうなんだろう?』と何度も言い聞かせ、無理矢理そうである事にしようとしたのだが、ソロアは頑なに『違う』と言い、でも子供の父親が誰なのかは絶対に言わなかった。
『あの平民の子なんかじゃない。会った事もない』
徹底してそう言い続け、そしてそれが事実である事は西條家で働く者全員が知っている。
どんなに箝口令を敷こうが、どこから事実が漏れ出るか分からず、結局この婚約は破談となった。
どこの誰の子かも分からぬ子供を孕んでいるとわかっていながら、子供とは無関係な子息と結婚させるなんぞ、世間様に顔向けの出来る話じゃないからだ。
ここまでは、ソロアにとっては願ってもない結果だった。穏便な方法で家を出そこねはしたが、叶糸もソロアとの婚約破棄には素直に従った。彼女の扱いにくさは嫌という程思い知っていた後だったのだ。きっと内心ほっとしていた事だろう。
——が、西條家を襲った悲劇は此処からが本番だった。
剣家側には過失が全く無いので、賠償金が追加で支払われた。おかげで破談自体は穏便に済んだのだが、西條側は大混乱に陥ったままだ。子供の父親をソロアは一向に吐かないからである。未婚の母となる覚悟は無いのに、堕ろす気もさらさら無い。これではもう、結婚して、ソロアが実家を出るという目論見は絶望的だ。財産だけがまた目減りし、彼女は一層西條家の『お荷物』と化した。
しかもソロアが妊娠したであろう時期から、西條家の末っ子であるソリアが家に引き籠もる様になった。
ソロアと同じ『狐の獣人』で、姉とは違って人当たりがよく、利発で賢い。実兄姉達とも仲が良く、まだ十二歳ながらも西條家の後継者候補筆頭として期待されている子だ。兄姉達も素直に『ソリアを次代の当主に』と同意する程立ち回りも上手い子なのだが、ここ最近はずっと学校にも行かず、すぐ上の兄の部屋のソファーで横になっている日々を送っているらしい。何故か自室に戻りたがらないし、食事もほとんど摂らず、説得されて無理に食べても吐いてしまう。他人が近づくと過剰に怯え、避ける。特に女性。その中でも実姉であるソロアを徹底的に拒絶した。
続く不眠と栄養失調状態がたたってとうとう倒れ、今じゃ病院生活を送っている。会話も成立しない程に心身共に衰弱し、精神疾患に陥ってまでいるそうだ。
『……オカシイ』
『二人の間に、何かあったのでは?』
姉を諌める事が出来るのは僕だけだと自負していた子が、突如実姉を拒絶する様子はあまりにも不自然で、当主はメイド達相手に『何でもいい、何か変わった事はなかったか?』と事情聴取を始めると不穏な話がポツポツと集まった。
『明け方に、ソリア様の部屋からそっと出て来たお嬢様の姿を見た』
『……ソリア様の部屋なのに、まるで情事の後としか思えないようなベッドの片付けをした日がある』
『その日以降、ソリア様は自室に立ち寄らなくなった』
極め付きとなった話が『……媚薬を調達するように、お嬢様に命令されてご用意致しました』というものだった。
集めた話から推察した事柄がもし事実だとするならば、最悪極まりない出来事が西條家の中で起きた事になる。平民との結婚を回避する為に、実の弟に媚薬を飲ませて強姦し、それによって孕んだ子を理由に婚約を破談にまで持ち込んだなど……絶対に、あってはならない話だ。
(……流石にコレは、私の勘違いであって欲しい)
当主の必死の願いも虚しく、状況証拠を並べてソロアを問い詰めると、流石にもう隠しきれぬと思ったのか、彼女は『ソリアとの子だ』と認めたそうだ。
強制的に婚約が決まったが、『平民の子なんか絶対に産みたくない』という固い決意の末、『……此処に、王家の血筋が居るじゃないか』と思い至ったそうだ。精通したばかりだという実弟に媚薬を飲ませ、朦朧としながらも必死に拒絶する実弟をねじ伏せて、無理矢理行為に及んだらしい。
近親相姦だなんだといった問題点が山積みになっているのにまるで気にもせず、『でもコレで、高貴な血筋を継承出来るじゃない。生まれる子は確実に獣人よね』と高らかに笑いながら言う娘の姿を見て——
ソロアの父は、完全に娘を見捨てたのだった。
コメント
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読み終えました……。ソロアの執念の果てが、まさか実弟へのそんな仕打ちだったとは。物語の重みに息が詰まりました。叶糸は無関心なまま通り過ぎてしまいましたが、この家の闇は彼女にはどうにもできない深さですね。ソリアの心が壊れていく描写が痛くて、読み返すたびに胸が締め付けられます。本当に、胸が痛むお話でした。