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私の趣味ですか?ありますよ。別に大した趣味ではないんですが。趣味の話をするためにも、とりあえずは私の自己紹介をしましょう。工藤京子49歳、職業は舞台作家です。夫は音楽関係の仕事についており、名前は忠信(ただのぶ)といいます。子供はいません。
職業舞台作家って言ってもね、どんなことをしているのか思い浮かばないかもしれませんが、舞台劇の脚本を書いて劇団をプロデュースするような仕事だと思ってくだされば結構です。ありがたいことに私の描く舞台は好評でしてね。今では私のプロデュースしている劇団が劇をすればかなりの注目を浴びるようになりました。まぁ、自己紹介はこれぐらいにして、私の趣味の話でしたよね。私の趣味は「夢日記」です。
夢日記ってどんなものかご存知です?まあ、言葉の通りですが、見た夢をできるだけ鮮明に記録するんです。できれば毎日、日記として。心理学の研究で用いられていると聞いたことがありますが、私は別に研究者とかではないから本格的ではないですけどね。私感受性が高いタイプでね。現実で起こったことや見たものが夢にも影響したりするんですよ。だからなのか様々な物が鮮明に、かつ混ざり合った夢を見たりする。でもまぁ所詮、夢って現実ではないじゃないですか。フィクションなんだから。私自身が作る物語なんですよ。だから私は見た夢が、劇を作ることに活かせるのではないかと思ったわけです。そのためには見た夢を記録する必要があるでしょう?あなたもこんな経験があるのでは?朝起きて、とても良い夢を見た気がするのに数分経てばどんな夢を見たのか忘れてしまう。私にはそれが勿体なく感じるのですよ。そうですね。せっかく夢日記の話をしたのだから、私が一番記憶に残っている夢の話をしましょう。
春先、桜がもう少ししたら咲き出すぐらいです。私はインタビューを受けている。どんなインタビューを受けていたのかは思い出せませんが、とにかくその日は暑かった。インタビューを受けていると外はもう暗くなってきてね、その日のインタビューは終わりにすることになって、私はインタビューアーの彼にお礼と共にこう言いました。
「それにしても、今日は何だか暑いですね。蝉が鳴いていてもおかしくないぐらい。まだ、春先だというのに。」
そうしたらインタビューアーはこう返したのです。
「今日の夜には鳴き出しますよ。今日は満月でしょう?」
変なこと言うなと思いましたね。いくら暑いとはいえ、まだ春先ですし、満月なことと蝉が鳴くことは関係ないと思うでしょう?疑問に思いながら、私は田んぼがあたり一面に広がる砂利道を歩いて帰路についていました。
その夜は確かにインタビュアーが言っていたように満月の日ではあったのですが、雲が多く月は隠れていましたので、月明かりの無い道は暗く感じました。その道には街灯もないものだからとても不気味に感じてね、早く帰宅しようと私は走り出しました。でもね、あなたにもこんな経験があるかもしれませんが、夢の中って速く走れないのですよ。というより、なかなか前に進まないというか。例えるならば、ランニングマシンの上に乗っているような感覚。悪夢でよく陥る感覚ですね。あぁ、もうお気づきかもしれませんが、この夢は悪夢ですからね。
前に進まないながらも私が必死になって走っていると、”ゲコゲコ”とカエルの声が聞こえてきました。そして鳴き声は次第に増えていき、気づけば私の周りでカエルの大合唱が始まっていたのです。まるで今の私を嘲笑うかのように。私はさらに恐ろしくなってしまい、こう大声で叫んでいました。
「静かにして!私は早く家で寝たいのよ!」
するとどこからかこんな声が聞こえてきたのです。
“いたみをかんじたくないのであれば、めをつむりあるきなさい”
まるで小学生の女の子のような声で、何故か、不思議とその声に聞き覚えのある気がしていました。そしてカエルの鳴き声でうるさいはずなのに、その声はとても鮮明だった。まるで私の脳に直接話しかけられているような感覚でした。私は恐怖を感じながらも、その声の主に対してこう聞いていました。
「目をつむりながら歩くのは怖いわ!田んぼに落っこちてしまうかもしれないもの!」
すると声の主はこう返しました。
“ならばもうすぐ、ひだりあしがいたみだすでしょう”
その言葉が終わる前に、必死に動かしていた私の左足に激痛が走ったのです。私は声にならない悲鳴をあげながら、その場に座り込んでしまいました。相変わらずカエルの大合唱は続いており、私は耳を両手で押さえながらうずくまってしまいました。ですがその状態でも例の声は鮮明に聞こえてきたのです。
“はやくかえりたいのであれば、めをつむりあるきなさい”
もう私はその声に従うしかないと感じ、痛む足を押さえながら目をつむり、ゆっくりと歩き出しました。しばらくするとカエルの鳴き声は聞こえなくなり、さっきまでの砂利道ではなくて、コンクリートのような硬い道を歩いているのではないかと感じたのです。私が恐る恐る目を開けると、目の前には私の住んでいる家が建っていました。気づけば左足の痛みも無くなっており、私は大喜びして家に入っていったのです。実をいうとね、私のいつもの帰路に田んぼが広がる砂利道などないのですが、まぁ、夢ですからね。
「今日は遅かったな。おかえり。」
私が家に入ると、夫が玄関に立っていました。私は「ただいま」と返すと、夕飯を食べるためにリビングへと向かったのです。私達は夫婦で共働きですから、先に帰った方が夕飯を作るという決まりがありまして。今日の場合、本来ならば夫が夕飯の支度を済ませているはずでした。
リビングに入りテーブルを見ると、私の好物であるエビフライが並んでいました。ですが、私がいつも座っている椅子には女の子が座っていたのです。私は彼女に見覚えがありました。なぜなら彼女は人気絶頂中の子役、南乃ノ華(ミナミノノカ)だったからです。そして夫は私にこう言いました。
「どうしたんだい?早く座りなよ。今日は乃ノ華が作ってくれたんだぞ。」
夫に続いて乃ノ華ちゃんもこう言いました。
「おかえりおかあちゃん!ののかがんばったんだよ!」
二つしかないはずの椅子は三つに増えていました。私は2人に言われるがまま、増えたもう一つの椅子に座り、乃ノ華ちゃんが作ったというエビフライを食べ始めました。
味がしない。食感は確かにエビフライなのですが、味がないのです。あなたも夢で食べ物を食べる時、味を感じないことはありませんか?それですよ。そしてエビフライを食べた私を見て、乃ノ華ちゃんは可愛らしい笑顔を浮かべながらこう聞いてきたのです。
「おかあちゃん。ののかのえびふらいおいしい?」
この時私はあることに気づきました。さっきの帰路で何処からか聞こえていた声。あれは乃ノ華ちゃんの声だったと。不気味に感じながら、正直味は分からないけど私はこう返事をしました。
「ええ、美味しいわ。私が作るエビフライより美味しいよ。」
私の返事を聞いて乃ノ華ちゃんは「やったー!」と喜んでおり、夫もそれを見て「頑張った甲斐があったな、乃ノ華!」と乃ノ華ちゃんと一緒に喜んでいます。何故かいつもテレビで見ている小役が、私達の娘のように振る舞っている。しかし不思議と違和感は感じないのです。まぁ、夢ですからね。夢には願望が表れることがあると聞いたことがありますが、私は心の何処かで、子供が欲しいと願っていたのかもしれませんね。
夕飯を食べ終え、私はテレビをつけました。するとテレビには無音で空を撮っている、ライブカメラのような映像が映し出されたのです。相変わらず空は雲で覆われ、月や星は隠れてしまっていました。しかししばらく見ていると、次第に雲がなくなっていき、チラチラと星が光りだしたのです。私は不意に外の様子が気になり、窓を開けました。そして空を見上げてみると、雲の間から満月が見え出していました。そして”みーんみーん”と、蝉の鳴き声が聞こえ始めたのです。私はインタビューアーの言葉を思い出しました。
「今日の夜にはきっと鳴き出しますよ。今日は満月でしょう?」
そして次第に帰路の時のカエルのように、蝉の鳴き声は増えてきました。まるで家の周りに大量の蝉がいるような感覚です。途端に私は恐ろしくなり窓を閉めました。しかし蝉の鳴き声は聞こえ続けるどころか、更に増えていきます。私が耳を押さえていると、いつのまにか横に来ていた夫が、私にこう言いました。
「いったでしょう?きょうはまんげつだからせみがなくって。」
確かに夫が喋っているのに、声は乃ノ華ちゃんの声でした。私は逃げるように自分の寝室に逃げ込み、布団を被り丸まってしまいました。それでも尚、蝉の鳴き声は聞こえ続けていたのです。私の目が覚めるまで、ずっと。
はい。これで私の見た夢の話は終わりです。オチは無いのかって?ありませんよ。夢ですから。実をいうとね、私がお話ししたこの夢は初めて夢日記に書いた夢、つまり私が夢日記を書くきっかけとなった夢なんですよ。それほど私にとってはインパクトのある夢だったというか。何故か、覚えておきたいと感じた夢だったのです。あとね、私は夢日記に書いた夢に名前をつけることにしてるのです。序盤にお話しした通り、私自身が見た夢はいわば私が作り出した物語ですから。物語には題名が必要でしょう?私は今回お話しした夢に対して、”バグった夜”という名前をつけました。なかなかセンスがあると思いませんか?それにしても、今日は何だか暑いですね。まるで蝉が鳴いていてもおかしくないぐらい。まだ、春先だというのに。
“きょうのよるにはなきだしますよ。きょうはまんげつでしょう?”