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「もう二度と、ここへ戻ってくるなよ」
「はい。お世話になりました」
二〇二五年五月、ゴールデンウィークも終わり、抜けるような青空と新緑が眩しい季節。
岡崎 優子は、見送りに付き添ってきた刑務官に、しおらしく頭を下げた。
鉄壁と思わせる門がギシギシと音を立てて開かれ、約一年半振りにシャバの空気を胸いっぱいに吸い込むと、彼女は戸惑いがちに一歩を踏み出す。
十メートルほど歩いて後ろを振り返ると、刑務官は、すでに職務に戻るためか、ガチャンと門を閉め、無機質な音が優子の耳朶を震わせた。
(やっと…………出所できた……)
顎のラインで切り揃えられた、真っ黒なおかっぱ頭。
くたびれた黒い長袖のTシャツに色が抜け切ったデニム、大きなボストンバッグを持った出立ちは、逮捕前の優子からすれば、考えられない格好。
メイクは必要最低限、ファンデーションとアイブロウ、ベージュ系の口紅だけ。
刑務所を出たからといって、行く当てもない。
罪を犯し、服役中に一度面会に来た両親には勘当されている。
特に母親は、クシャクシャな表情を浮かばせながら泣き喚いていたし、父親は、苦虫を噛み潰したような面差しで、終始無言を貫き通していた。
けれど、面会終了時刻に言った父のひと事に、完全に親子の縁を絶たれた、と優子は悟る事になる。
『お前はもう家族ではない。家にも来るな。一生顔を見せるな。今後、我々は、お前が死んだと思って過ごしていく。…………お前も、そのつもりでいろっ……!』
以来、両親には会っていないし、実家へ行ったとしても、門前払いをくらうだろう。
さて、どこへ行こうか。
(ひとまず…………人が多い場所へ行きたいな……)
優子は、刑務所からの最寄駅、北府中駅へ向かい、武蔵野線に乗車した。
西国分寺駅で乗り換え、中央線の下り電車のホームで、しばしの間、思いに耽る。
ここは逮捕直前に、かつての恋人、本橋 豪と寄りを戻したいと願いながら待ち伏せしていた駅だった。
だけど、彼から向けられた憎悪の眼差しは、一年半以上経った今も忘れられない。
(まぁ……あの時は、豪への想いを繋ぎ止めるのに必死だったわ。彼…………今頃どうしてるのかな……)
緩やかなスピードでホームに侵入してきた電車に、淀んだ思考を断ち切られ、優子はハッとする。
ドアが開き、彼女は高尾行きの電車に乗り込んだ。