テラーノベル
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松山から忠告を受けた半月後、由恵は早番の仕事を終え、娘の樹里を迎えに行こうと従業員通用口の扉を開けた。
十月に入り、夕方の冷たい風が由恵の身体を吹き抜けると、長袖シャツの襟元を掴みながら背中を僅かに丸める。
「由恵っ……!」
一歩踏み出した瞬間、焦燥感を帯びた低い声音が彼女の背中に投げられると、由恵の背筋が凍り付き、瞠目させる。
「……っ」
おずおずと振り返ると、従業員通用口から少し離れた所に、ダークネイビーのスーツに身を包んでいる夏樹が佇んでいた。
「なっ…………夏樹……さん……」
唖然としている由恵に目を据え、男は真剣な面持ちを映しながら、ゆっくりと彼女に近付き、向かい合う。
この日の日中、夏樹は店に姿を現していない。
スーツを着ているという事は仕事だったのだろう、と由恵は考えた。
けれど、夕方にスーツを着て現れた夏樹に、彼女は不信感と強い警戒を抱いてしまい、おぼつかない様子で、唇を微かに震わせる。
仕事を早退したのだろうか? それとも休日なのに敢えてスーツを着てきたのだろうか?
それに、まさか従業員通用口のそばで待ち伏せしていたなんて……。
どうでもいい事に考えを費やしている自分が滑稽だな、と思いつつ、由恵は口火を切る。
「あの……夏樹さん。今日、仕事じゃ──」
「君と……話がしたい」
「…………」
由恵は夏樹に問い掛けると、遮るように男が言葉を被せてきた。
(私を抱いている時は『お前』呼ばわりなのに、こういう真面目な話をする時は『君』って呼ぶの…………ズルい)
バツの悪そうな夏樹の面差しを向けられた由恵は、自分本位の性格の夏樹に、半ば呆れたように小さくため息を落とす。
「頼む! 少しでいい。君と話す時間を…………俺にくれないだろうか?」
今さらそんな事言われても……と、由恵は怪訝な表情を覗かせるけど、夏樹は食い下がり、彼女が頷くまで待つ、と言いたげに見える。
「…………分かりました。すみませんが……ちょっとお待ち下さい」
由恵は夏樹から少し離れ、背を向けると、バッグからスマートフォンを取り出し、保育園に電話を掛ける。
残業になってしまい、お迎えが遅くなる旨を伝えるけど、こんな事で嘘をつきたくない、と思いつつ、苦し紛れに連絡を終えた。
「では……移動しましょう。ですが、お話できるのは、長くても十八時四十五分までです。いいですか?」
「ああ。構わない」
由恵は夏樹を先導するように、モノレールの線路下の遊歩道へ足を向けた。
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藍 羅 . 🎧🌿
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コメント
1件
わー、夏樹がスーツで待ち伏せとか、急に真面目モードになるとか、由恵からしたら「話がしたい」って言われても戸惑うよなあ……。しかも「お前」と「君」を使い分けるところ、由恵の「ズルい」ってツッコミ、めっちゃ分かるわ。由恵が保育園に連絡して時間作るあたり、リアルな葛藤がじわじわくる。次、どうなるんだろ……気になる!!