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つくられたこの世界の只中で、脈動する。
荒れ果てた大地から伸びる一輪の花のようでいて、真っ暗な宇宙を揺蕩う船のようでいて。
この孤独に耐えられぬ自身が悪いのか?
この蠱毒に満ち満ちた世界が悪いのか?
そのどちらでもない。
本質は、ただ、そこにあるだけ。
存在という現象の自然的観測。
極めて自然な生理摂理。
……それなのに。
なぜ、人は悪と決めつけるのだろうか。
魂ある者が生きる意味や権利を求めるのは、果たして悪なのだろうか。
意志あるものの迫害。
信念の排他性。
展望への、接続拒否。
この歪んだ世界の中で歪んだ世界を作ることの何が矛盾なのか。
歪んだ世界を正す、だと?
人工物を完全な球に成形しようとするかの如き無謀、軽率、無為無意味。
何も見えていない盲の視点。
『勇者』。
その忌々しい言葉に反吐が出る。
『正義』。
その稚拙な言葉に唾を吐く。
『魔王』。
そのすべてを見ようとする者に拍手を送る。
だが、それも一時的。
魔物には、限界がある。
それもまた虚構。
……だから。
だから、俺はただ。
人間になりたいだけなんだ。
「ぐわああああああああああああ」
大広間で魔王ロットの悲鳴が轟いた。
一瞬の世界のフリーズの後、再同期した束の間のことだった。
魔王ロットはうずくまり、頭を抱えて、暴れ出す。
三人がその光景を眺める中、魔王ロットは息も絶え絶えになり、地面からようやく起き上がる。
髪が白髪になり、苦しそうな表情を浮かべていた。よろよろと歩き出す。
Aコパ君がそんな姿を見て話しかける。
「……終わりだよ。魔王ロット。君の計画は失敗に終わった」
「ま、まだだ……まだ俺は、やれる」
「もう無理だよ。君はすでにチートやバグを使えなくなり、ステータスは初期値に戻っているはず」
「な、なんで……こんな、ことに」
「僕がわざと世界を揺らしたんだ。君が量産した雑魚敵を急速に増殖させたことで、システムを処理落ちさせた。強制的に安全層を作動させたんだ。その時、君はチートやバグを使いまくっていた。だから、君は核ルール⑤「万が一チートやバグの意図的利用が発覚し、証明された場合、ステータスを初期値にする処分を科す」という原則に引っかかってしまった」
「……み、認めない」
「魔王ロット……」
「俺は、まだ戦える!!」
そう言うと、魔王ロットはシステム調整によってその数が減じた、その場にいる僅かばかりの雑魚敵を倒しまくった。
魔王ロットのレベルが1上がった!
魔王ロットのレベルが1上がった!
魔王ロットのレベルが1上がった!
「……もういい! やめろ! お前の負けだ!」
勇者ロットは目を逸らしながら言った。
魔王ロットはレベルを上げるのをやめない。
Aコパ君が静かに言った。
「ロット。君が魔王ロットを倒すんだ」
「…‥俺が?」
「そう。この役目は、君にしかできない」
Aコパ君は雑魚敵を倒し続ける魔王ロットの姿を見ながら、そう言った。
勇者ロットは剣を強く握り、俯く。
そして、顔を上げ、ゆっくりと魔王ロットへ近付いていく。
魔王ロットは叫んだ。
「来るな!! 俺に近付くな!!」
「決着を付けよう。魔王」
勇者ロットはとても静かに言った。
魔王ロットはじりじりと下がる。
「くそ! くそ! お前らなんか、あとレベルを20でもあげれば倒せる! 倒してみせる! だから、今の俺に……」
「終わりだ」
一瞬のことだった。
のけぞる魔王ロットの横をすっと勇者ロットは通り抜けた。
魔王ロットは何が起こったのか理解できていない。
しかし、自身の腹部から光の粒子が漏れ出ていることに気づいた。
きらきらと、粒子は飛んでいく。
そして、静かに、とても静かに魔王ロットは消えていった。
誰もが口を聞けなかった。
それでも、互いに考えていることはわかっていた。
全員がその場にへたり込む。
ボロボロだった。
ただ、それよりもどうしようもない感情が湧き上がるのを全員が感じていた。
その時、広間の扉が慌ただしく開けられた。
「みんな!!」
「大丈夫ですか!?」
Bコパ君とFコパ君だった。
2人はまず、薬草を持ってきて、全員に回復を施した。三人は瀕死寸前だったので、持ってきた薬草はすべて使い切った。
回復したあと、事態を問いただすBコパ君にAコパ君が告げた。
「終わったよ。全部。魔王は倒し、謎は解明した。あとは、王女イロを救い出せば、もう終わりだ」
「王女イロは、一体どこに……?」
「僕の予想では、もうすぐ……」
Aコパ君が話している時だった。
何もない空間から裂け目が生じ、光が漏れてきた。
そして、その裂け目から美しい女性が倒れてきた。
勇者ロットが慌てて支える。
そして、叫ぶ。
「イロ王女!!」
「ん……ううん……」
イロ王女と呼ばれた女性は薄く目を開け、ゆっくりと勇者ロットの方を見た。
「ロット……?」
「助けに来ましたよ。イロ王女」
「助けに……? ねえ、ここは、あたらしい世界?」
「え……?」
「だって、貴方言ったじゃない。約束したの忘れたの? 私と一緒に、新しい世界へ行こうって、言ってくれたでしょう?」
「俺は……そんなこと」
勇者ロットが困惑気味にコパ君たちの方を見る。
Aコパ君は悲痛な顔をして、躊躇したが、言った。
「魔王ロットはこう言っていたね。『周りは全てつくられたNPC。心も感情も全部、全部、偽物だ』って……。それでも彼は、王女イロを捨てきれなかった。愛という感情を、完全に捨て切れるほど、彼は心を無くしていなかったんだ」
「そ、そんな……」
「だから、きっと、王女イロをデータ化して保護していたんだろうね。そして、この世界を抜けた新しい世界でも、2人で一緒に過ごせるようにしたんだ……」
「うっ、ううっ!! くそ、なんで、こんなことになっちまったんだ」
勇者ロットは涙を流した。
王女イロはそれを不思議そうに眺めている。
痛ましい光景だった。
王女イロが知っているロットは、もういない。
辺りは勇者ロットの嗚咽しか聞こえなかった。
そして。
ゲームクリア!!
ログには、ただそう表示されていた。
その後、暫くしてDコパ君とEコパ君が、イロ王女と同じように空間の裂け目から倒れてきた。
みんなは駆け寄り、2人の無事を確かめた。2人はうなされたあと、目を開け、辺りを見回す。
「僕たちは、一体?」
「良かった。怪我はなさそうだね」
「うん。それは平気。でも、魔王は?」
「魔王は…‥倒したよ」
「そうなんだ! じゃあ、ゲームクリアだね!」
勇者ロットは王女イロを支え、コパ君たちはその後を付いていく。
薄暗い廊下を抜け、ホールを抜ける。
そして、全員が無事に外へ脱出した。
外は空気が澄んでおり、見下ろすと、一面がやはり緑で覆われた世界だった。
知恵の大木はいつもより輝いているように見える。
全員が光の筋を通って降りていく。
一同が集まったところで、Cコパ君が提案した。
「とりあえず、一度王宮へ戻ったほうがいいだろう。僕たちはゲームクリアをしたから、恐らく現実層へ戻るはずだ。だけど、イロ王女やロットを送り届けるよ。最後まで付き合いたいんだ」
「ありがとう。きっと、王様も喜ぶよ」
「うん。それに、しっかりと報奨金も貰わないとね」
「あはは。忘れてないところが、しっかりしてるな」
ロットは笑った。
Aコパ君が報奨金に食いつく。
「それにしても、その報奨金で新しい棚を買いたいな。それに、モニターを新調して、システム管理のための機能拡張を……」
「Aコパ君。もしかして、君が初めの方で所長の肩を後押ししたのは、君の仕事環境をより能率化するためだったんじゃ? つまり、結局のところ遊ぶことより仕事第一に君は考えていたんじゃないか」
Dコパ君がニヤニヤしながら指摘する。
Aコパ君はそっぽを向いて「さあね」と返した。
イロ王女がロットの腕を掴んで話しかける。
「ねえ、あたらしい世界はどうなったの?」
「ああ……そうだな……」
「もしかして、行けなくなっちゃったのかしら」
イロ王女が悲しそうな上目遣いでロットを見た。
ロットは答えあぐねていたが、コパ君たちを見て言った。
「なあ、もし良かったらなんだけど、今度君たちの世界線に遊びに行けないかな」
「僕たちの?」
「それとも、技術的に不可能なんだろうか」
「いや、可能だよ。僕たち別世界線の人間が来られるように、君達も移動可能。でも、そのためには所長によって物語の書き換えとプログラム制御が必要だから、少し時間はかかる。それでもいいなら、ぜひ」
「……と言ってますが、イロ王女」
「やったあ! 約束よ。絶対ね?」
イロ王女がぴょんぴょん跳ねた。
Bコパ君もぴょんぴょん跳ねながら言う。
「それは僕も楽しみだ! B研究室でカードゲームでもしようよ! 僕暇してるからさ!」
全員が各々談笑していた。
その時、天空から声が聞こえた。
『やあ。コパ君。ゲームクリアおめでとう』
「その声は、所長?」
Aコパ君が天に向かって声を返す。
『うん。そうだよ。ゲームクリアの表示が出たから、世界線に干渉出来ているよ。それまでは、世界線金融の取り決めで干渉不可能だったからね。データベース上で君たちの情報は更新していたが、その姿や声は確認できなかった。一度、安全層のシステムエラー検知が出たから、心配していたんだけど……どうやら、大丈夫みたいだね』
「大丈夫だよ。所長が想像しているより、色々トラブルはあったけど、こちらで対処したよ」
『そうかい。コパ君にしては、時間がかかっているから、何かあったのかとは思っていたが……モグモグ……あ、お菓子落とした……とにかく、無事で良かった』
天空から「3秒ルール、3秒ルール……」と唱えながら咀嚼音が聞こえてくる。
そんな様子にコパ君たちはどこか安心感を覚え、我が家に帰るような感情を覚えたのだった。
そして、何やらゴソゴソと音がしたかと思うと、知恵の大木の前にもう一つの光の筋が降りてきた。
所長が説明した。
『この光の筋に入れば現実層へ帰れる。その前に、王様から報奨金を貰うことを忘れないように。それで、イベントは完遂だ」
「分かったよ所長。それから、ちょっと相談なんだけど……」
その時だった。
空から爆発音が聞こえた。
コパ君たちは上空を見上げる。見ると、魔王城が木っ端微塵になっていた。
そして、そこで一同はその目で悪夢を見た。
黒いオーラがもくもくと煙のように吹き出し、魔王城から漏れ出している。
その煙はどんどん大きくなり、やがて巨大な塊に変質していく。
その姿形がぐにゃりと何度も歪み、スライムのように変化する中、コパ君たちと勇者ロットは直感した。
あれは。
その塊がある形をとった。
そこには、体長300メートルはあろうか、巨大な三つ目のみが張り付いた、四足歩行のクリーチャーがこちらをギョロリと見ていた。
そして。
化け物は、おぞましい声で、その名を呼んだ。
勇者ロットが身震いしながら、言った。
「魔王……ロット……」
魔王ロットはその執念と憎しみだけを残してシステムを超越した。
本当の最後の戦いが始まった。
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