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「それは……1人じゃやることもないし、せっかくなら楓くんと過ごした方が楽しいかと思って、な」
仁さんの言葉の一つ一つが、俺の心に優しく溶けていく。
「…ふふっ、仁さんも俺と一緒にいると楽しいって思ってくれてるんですね」
俺の声は、自分でもわかるほど弾んでいた。
恥ずかしさを誤魔化すように、ついはにかんで笑うと、仁さんはなぜか驚いたような顔をした。
「まあ…楓くんだから」
照れたような、それでいてどこか肯定的な響きに、俺の心臓はさらに大きく跳ねた。
なんだか、今まで自分が抱いてきた感情が
ほんの少しだけ彼に届いたような気がして、顔から火が出そうになる。
仁さんってこんな顔もするんだ、なんて思って
その意外そうな表情に、俺は少し胸がきゅんとした気がした。
俺は、彼の言葉を反芻するように、ゆっくりと噛み締めた。
急な誘いだったのに、俺が快く応じたこと。
朔久さんからの誘いを断ってまで、仁さんとの時間を優先したこと。
その一つ一つの行動
俺自身が1番驚いていた。
俺たちはリビングのソファに並んで座っていたけれど
この瞬間、物理的な距離以上に、心の距離がぐっと縮まったような気すらして
窓の外では、街の明かりが瞬き、まるで俺たちの小さな世界を祝福しているかのようだった。
「仁さんのことやっぱ好きだなぁって思います…」
ほとんど無意識に、俺はそう呟いていた。
我ながら、なんて素直な言葉だろう。
でも、嘘りのない本心だった。
仁さんといると、心が落ち着く。
仁さんの隣は、誰よりも居心地が良い。
それは、いつからだろうか。
明確なきっかけがあったわけじゃない、とは思う。
怖そうに見えるのに、関わってみたら
中々自分の話はしないし、でも笑うと子供っぽくて
Ω思いで、優しくて、思慮深くて、侮れないぐらい強くて
(刺青を見たときは驚いたけど…すごく綺麗だったしな……)
そんなことを考えて、仁さんの言葉を待つ。
しかし、仁さんから一向に返事が返ってこなくて
ふと横を見ると
仁さんはぴくりとも動かず、俺の呟いた言葉の意味を反しているようだった。
その顔は、ほんのり、いや、かなり赤く染まっている。
普段はどんなことにも動じないさんが、こんな風に赤面している姿なんて、見たことがなかった。
俺の心臓は、ドクン、と大きく跳ね上がった。
しまった。
ほとんど無意識に口から出た言葉だったけれど
それはあまりにも、言葉足らずでストレートすぎた。
「あっ、ち、違いますよ?!好きってのは、落ち着くって言うか……友人としてっていう意味、で…」
慌てて、火消しをするように言葉を重ねる。
友人として。
そう、あくまで友人として言った言葉だ
心の中で何度も繰り返すけれど、一度口から出てしまった「好き」という言葉の重みが、ずしりと俺の心にのしかかる。
友人として、って言いながら
仁さんの紅潮が伝染するように顔からどんどん熱が上がっていくのが自分でもわかる。
こんなにも焦って否定するなんて、かえって怪しいだろうか。
必死に言葉を紡ぐ俺の視線は、仁さんの固まった横顔に釘付けになっていた。
彼の耳まで真っ赤になっているのが、はっきりと見て取れる。
俺の必死な弁解を聞いて、仁さんはようやく、ゆっくりと視線を俺に向けた。
その瞳は少し泳いでいるように見えたけれど、やはり真っ赤に染まった頬は健在だ。
「わかってるって」
仁さんが、少しどもりながら、それでも苦笑いしながら呟いた。
その声は、いつもよりずっと低く、どこか掠れているようにも聞こえる。
俺は彼の言葉に、少しだけ安堵しつつも、胸の奥がなぜか熱くて
俺たちは、互いに目を合わせることができず気まずい沈黙が流れた。
この状況をどうにかしなければと、俺は焦った。
「ははは…すみません、言葉足らずで」
空気を変えようと、ぎこちない笑い声を上げると
仁さんもそれに合わせるように
「いや、こっちこそ」と力なく笑い出した。
二人して、やけに大きな笑い声がリビングに響き渡る。
その笑い声は、どこか空っぽで、互いの赤面を隠そうとしているのが丸わかりだった。
その後、俺たちはテーブルの上を片付け始めた。
さっきまでの熱っぽい空気は、この共同作業によって一変した。
まるでスイッチが切り替わったかのように、俺たちは無言で、テキパキと残骸を処理していく。
先ほどまでの照れや動揺は、お互いの中に確かに残っているだろうがそれを表に出すことはない。
そこにあるのは、いつもの、適度な距離感を保った、無駄のない動きだった。
「これでグラス全部ですね」
俺が使い終わったグラスを重ねて仁さんに渡すと
仁さんは無言でそれを受け取り、キッチンへ運んでいく。
彼の背中は、いつも通りの頼りがいのある広さで、その動きにも何の淀みもない。
俺は、空になったケーキやピザの入っていた箱は汚れをしっかり洗い流し
散らばったナプキンなども集め、一つのゴミ袋にまとめ始めた。
クリスマスの装飾が施されたテーブルは、あっという間に元の状態に戻っていく。
煌びやかなクリスマス仕様の皿やコップも、今は単なる片付けの対象でしかない。
「ん、これでいいか」
仁さんが、シンクで皿を洗い終え、軽く手を拭きながら言った。
その声は、先ほどの戸惑いを微塵も感じさせず、いつも通りの落ち着いた低い声に戻っていた。
俺も、ゴミ袋の口をしっかり結びながら頷いた。
「こっちも終わりました!」
そう言うと、仁さんは「おつかれ」と短く言った。
もう一度、彼の顔をそっと窺うが、もう赤面はしておらず
普段通りの、少し不愛想にも見えるけれど、どこか優しい表情がそこにあった。
彼の瞳の奥には、恋わらない、落ち着いた光が宿っている。
「仁さん、あの…!今日は本当にありがとうございました!こういうの久しぶりでめっちゃ楽しかったです」
改めて、きちんとお礼を言った。
先ほどの言葉足らずのおかしな告白(?)のせいで、少し気まずい瞬間もあったけれど
今日のパーティーは本当に楽しかった。
仁さんと二人きりで、こんな風にクリスマスを過ごせるなんて、想像していなかったから。
マフラーのプレゼントも、予想外だったけど本当に嬉しかった。
仁さんは、俺の言葉に目を細め、小さく「おう」と返事をした。
その優しい眼差しは
言葉にしなくても、彼の「こっちこそ」という気持ちを伝えてくれているようだった。
「それじゃあ、そろそろ部屋戻りますね」
そう言って、俺は立ち上がった。
名残惜しい気持ちがないわけではないが、夜も更けてきたし
これ以上長居するのも何となく違う気がした。
仁さんの部屋の玄関へと向かう。
後ろから、仁さんが見送ってくれているのがわか
る。
振り返らずにドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いて外に出た。
「おやすみ、楓くん」
背後から、仁さんの少し掠れた声が聞こえた。
その声は、今日の楽しかった時間を思い出させるように、心地よく響いた。
「おやすみなさい、仁さん」
俺は振り返って、小さく手を振った。
仁さんは玄関まで送ってくれて、ただ俺の姿を見つめていた。
その瞳には、夜なせいか穏やかな光が宿っていた。
パタンと扉が閉められると、俺はすぐに自分の部屋の鍵をズボンのポケットから取り出して
鍵穴にはめて扉を開けると、一歩足を踏み入れた。
隣の部屋なのに、まるで遠い場所から帰ってきたような、不思議な感覚に包まれた。
ドアをそっと閉めると、明かりをつけて荷物をダイニングテーブルに置いて真っ先に手を洗った。
物音も途絶え、静寂が訪れる。
俺は部屋着に着替えると
ソファに深く身を沈め、天井を見上げた。
仁さんの顔が、何度も瞼の裏に浮かぶ。
特に、あの赤くなった顔と、困ったように笑っていた表情が、何度も何度も。
そして、いつも通りの仁さんの、少し不愛想だけれど優しい顔も。
「なんか、もうちょっと一緒にいたかったな……」
再び、無意識に口から漏れた。
今度は、もう否定する言葉は出てこなかった。
この感情が、一体何なのか、まだはっきりとはわからない。
友だちとして、という言葉で誤魔化したけれど
その奥に、もっと別の何かがあるのは確かだ。
仁さんと過ごす時間が、俺にとって特別で
何よりも大切だということだけは、確かな事実だった。