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12月27日
冷たい冬の空気が肌を刺す
待ちに待った箱根旅行の朝がやってきた。
澄み切った空気の中、俺は集合場所で将暉さんが運転する車に乗り込んだ。
心なしか、その車体が朝日に照らされて輝いているように見えるのは、きっと俺の期待のせいだろう。
助手席には瑞希くんがすでに座っていて、将暉さんはもう朝から気合十分とばかりに
がっしりとした手でハンドルを握っていた。
その横顔には、これから始まる旅への高揚感がにじみ出ている。
俺が後部座席のドアを開けると、そこには仁さんがいつもの穏やかな笑みを浮かべて座っていた。
俺は彼のお隣に滑り込み、シートベルトを締めながら、いつものように挨拶を交わす。
「楓くん、おはよ。あ……そのマフラー付けて来たんだ」
仁さんが俺の首元を指差しながら、優しい声で言った。
俺は嬉しくなって、少しだけ胸を張る。
「はい!寒いしちょうどよくてこれ」
そんな他愛のない会話をしていると、助手席の瑞希くんが首だけでくるりと振り返った。
口にはパンを咥えている。
彼はそのまま
「ん」と、俺たちにコンビニのビニール袋を渡してきた。
「コンビニで適当に朝食買ってきたから、それ二人
の分ね」
瑞希くんの代わりに、将暉さんが運転席から優しく伝えてくれた。
俺は「ありがとうございます!」と元気よくお礼を言ってそれを受け取り、袋の口を広げて中身を覗き込む。
温かいパンの香りがふわりと漂ってきた。
「なにある?」
仁さんが興味津々といった様子で、俺の覗き込む顔を覗き込んだ。
俺は袋の中から一つずつ取り出しながら、まるで宝探しのように中身を伝えていく。
「あ、ランチパックあります。あとカフェオレと…あ、青汁?」
俺が手のひらサイズの青汁のパックを手に取り
あまりの意外さに思わず目を丸くしていると
「あ、それ俺の。予めマサに頼んどいたんだわ」
仁さんがそのまま袋の中に手を突っ込み、ひょいとそれを手に取った。
仁さんは苦笑いをしながら、俺に青汁のパックを見せてきた。
その顔には、隠しきれない年齢の壁のようなものが感じられる。
「楓くんはまだ27だろうけど、こちとら40手前だかんね、最近は体調管理が第一なんだよ」
その言葉に、俺は思わず「な、なんかすごく差を感じる…」と呟いてしまった。
自分もいつか青汁を常備するようになるのだろうか、そんなことをぼんやり考えた。
仁さんは慣れた手つきで青汁のストローをさし込んだ。
そんな軽妙な会話を楽しみながら
俺はランチパックの苺ジャム&マーガリン味を手に取り、パックのリプトンを飲み始めた。
苺ジャムの甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がる。
隣では仁さんがストローで青汁を飲みつつ
ツナマヨネーズ味とたまご味のランチパックを膝に広げて、美味しそうに食べている。
助手席の瑞希くんはすでにパンを食べ終えたのか
スマホをいじりながら窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。
車内には朝の柔らかい日差しがサンルーフから差し込み、穏やかな温かい空気が流れている。
年末の慌ただしさや街の喧騒とは無縁の
まるで時間が止まったかのような、穏やかな旅の始まりだった。
すると、前を向いていた将暉さんの声が、朗らかに響いた。
「じゃ、出発するよ~」
その言葉と共に、将暉さんがアクセルを踏み込むと、車はするすると音もなく動き出した。
窓から見える景色がゆっくりと流れ始め、だんだんとスピードを上げていく。
俺たちの乗った車は、年末の休日の高速道路を滑らかに進み
目的地の箱根へと向かって走り出した。
こっちに上京してきて、どこかに旅行に行くという機会もなかった俺は
心躍る箱根への期待に胸を膨らませていた。
約1時間半のドライブを終え
将暉さんの運転する車は、目的地である
「箱根湯本温泉 ホテルおかだ」の駐車場に滑るように滑り込んだ。
タイヤが砂利を噛む軽やかな音が響き、エンジンが静まると
目の前にはすでに何台もの車が整然と並んでいるのが見えた。
年末の賑わいが感じられ、さすが年末だな〜と心の中で呟いた。
冬の冷たい空気が車外に降り立った瞬間
頬を刺すように吹き抜け、思わず身を縮めた。
瑞希くんが勢いよく車から飛び出し
「よっしゃー!ついたー」と大きく背伸びをする。
その声は駐車場に響き渡り、どこか子供のような無邪気さが漂う。
対照的に、俺は「うう…寒っ…!」と肩をすりながら呟き、冷えた指先を擦り合わせた。
すると、将暉さんがいつもの軽やかな笑顔で
「寒いし、さっさと中入っちゃおっか」
と声をかけてくれた。
その言葉に促され、俺たち4人は足並みを揃えてホテルのフロントへと向かった。
フロントの温かな照明と、スタッフの丁寧な対応に迎えられ
フロントでチェックインを済ませ、案内された部屋の扉を開けた瞬間
俺は思わず息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、想像以上に広々とした和室の空間だった。
障子越しに差し込む柔らかな光が、畳の上に敷かれた真新しい白い布団を照らしている。
その上には落ち着いた色のブランケットがかけられていて、清潔感と温かみが感じられた。
部屋の奥には大きな窓があり、その向こうには息をのむような絶景が広がっていた。
雄大な山々が連なり、まだ少し雪を残した芦ノ湖が青く輝いて見える。
その景色はまるで一枚の絵画のようで、都会の喧騒を忘れさせてくれるような穏やかな雰囲気に包まれていた。
部屋の壁には和モダンなデザインの装飾が施され
間接照明が温かい光を灯している。
中央には低い座卓と座椅子が置かれており、まさに日本の旅館ならではの趣を感じさせた。
ここにこれから数日滞在するのかと思うと、胸が踊った。
「うわ、すご…!」
思わず、俺は感嘆の声を漏らした。
仁さんも瑞希くんも、それぞれ「おお」「へえ」と声を上げ、部屋の広さや設備に驚いている。
荷物をそれぞれの場所に置き終え
ほっと一息ついたところで、将暉さんが軽い口調で提案してきた。
「荷物も置いたことだし、ランチも兼ねて箱根園行かない?」
「……箱根って?」
名前は耳にしたことがあるものの、正直どんな場所かイメージが湧かず、首を傾げた。
すると、横から瑞希くんの力強い声が飛び込んできた。
「あんたそんなことも知らないの?!」
その勢いに、俺はつい「ご、ごめん」と反射的に謝ってしまい、気まずく笑った。
将暉さんが「まあまあ」と笑いながら瑞希をなだめ
いつもの優しい口調で説明してくれた。
「箱根園ってのは、簡単に言うとレジャーやグルメ、ショッピングができる複合リゾート施設だよ」
なるほど、そういう場所か。
頭の中でぼんやりとイメージが浮かび
「はえ~…だから箱根園って言うんですかね」
と呟くと、仁さんがそっと近づいてきて小声で教えてくれた。
「そうそう、麦わら屋ってとこに楓くん好きそうな『ピリ辛ネギラーメン』もあるけど」
その言葉に、俺の目が一気に輝いた。
「え!めちゃくちゃ食べたいです!」
ピリ辛ネギラーメン──
その名前だけで、舌がピリッと刺激されるような期待感が湧き上がってくる。
「ふふ、じゃあ早速行こっか」
将暉さんの言葉に、俺たち4人は意気揚々と再び車に乗り込み、箱根園へと向かった。
箱根園に到着したのは、ちょうど午後1時を少し過ぎた頃だった。
冬の日差しが柔らかく降り注ぐ中、湖畔の風景が清々しく広がる。
まずは「カレー&ラーメンハウス 麦わら屋」へと足を運んだ。
店内に入ると、香ばしいカレーのスパイスと、ラーメンのスープの深い香りが漂い
腹の虫が一気に騒ぎ出す。
観光客で賑わう店内だったが、運良く空いていたテーブル席に滑り込み、4人で腰を下ろした。
木の温もりが感じられる内装に、ほっと心が落ち着く。
「楓くんは、ピリ辛ネギラーメンにするか?」
仁さんが確認するように聞いてくる。