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——これは、焔がオウガノミコトの手によって異世界初めて放り出された日から数ヶ月程先の、ちょっと特別な日のお話だ。
赤と白。そんな色をした、ちょっとお洒落なデザインをした衣装をリアンが着込んでいる。ソフィアの洋書な体の上部にも三角帽子がすっぽりと被さっていて、拠点の室内にはド派手な装飾も施され、何やらテンポのいい曲も流れていた。
朝起きて、『さて、まずは朝のお茶でも頂くか』と、欠伸を噛み殺しながら階段を降りて来た焔が訝しげな顔で「……何なんだ?一体」と呟く。この二人に一体何が起きたというのか、さっぱり見当が付かない。
ログハウスと一体化している木には雪に見立てた綿や球体の飾り、緑や赤いモール、星や月の形をしたキラキラと内部が輝く魔法のかかった物まで飾ってある。根本付近の床には大小様々なラッピング済みの箱なんかもあって、お祝い感が半端ない。それらの色や装飾から判断するに、コレは——
「クリスマスイベントの始まりですよ、主人」
「マジか」
そんなものがちゃんとあるのかと、本当にゲームの世界なんだなと改めて焔が思う。此処に飛ばされてもう何十日目なのかもわからなくなってきていたが、もうそんな季節になっていたのか。長寿故になのだろう、元々曜日や日にち感覚が大雑把なせいで彼は余計にわかっていなかった。
『マジです、主人。特別仕様の衣装もリアン様が事前に用意して下さった“宅配ボックス”に届いていて、それらはケーキですとか、シャンパンなどもセットになっていました』
サンタ帽子を自慢気に見せ付けながら、ソフィアが宙でくるくると回る。
本来ならペットや召喚魔用の帽子なのだろうが、どうやらサイズ的に、ソフィアが本であろうがピッタリだったようだ。リアンの着ているお洒落な衣装も特別仕様の“サンタコスチューム”という物なのだろう。
「主人向けの物もありますよ」
目隠しをした顔でも、焔からじっと見られていたせいかリアンはちょっと照れくさい気持ちに。好意的に思っている相手からの視線の、何と破壊力の高いことか。
「ほぉ」
「ですが、ソレは後にしましょう。主人向けの物はちょっと動きにくいものなので」
お前のと同じじゃないのか?と思うも、「わかった」と焔が答える。別にサンタコスチュームに興味があるでもなし、今すぐに着させろとなるものでも無かった。
『まずはお茶でも淹れましょうか』
ソフィアのありがたい提案に対し、「頼む」と短く返事をして、焔が椅子に腰掛ける。 すると既にお湯は用意してあったのか、すぐさま朝一番の緑茶をソフィアが彼に出してくれた。
でも今日はそれだけではない。お茶受けとして、生クリームと苺が上にのったケーキとパウンドケーキ、ビュッシュ・ド・ノエルも同時に出された。バタークリームのお花やサンタとトナカイを模したマジパンも飾ってあり、ちょっと可愛い。
「今日は朝から豪華なんだな」
『食べないと腐ってしまいますしね。お二人で是非どうぞ』
「これらを食べ終わったら、限定クエストに三人で行こうかなんてソフィアさんと話していたのですが、主人的にはどうですか?興味が壊滅的に持てないというのであれば、今年の参加は諦めますが」
「……そういう言い方をされて『嫌だ』とは、流石に俺に天邪鬼要素があったとしても、言いづらいな」
「では、お付き合いして頂けるのですね!ありがとうございます」
パッと明るい笑みをこぼし、リアンが両手を軽く叩いた。
「んで?クリスマス限定イベントとかいうものは、何をするのかリアンは知っているんだよな?」
「もちろんです。何しろ私はこの世界では古参組ですからね、毎年参加しています。この世界では最も派手なイベントでもありますし」
「ほぉ。そのイベントには何かメリットはあるのか?ゲームだと、クリア特典とか、そんな物がもらえたりするんだよな?確か。もしかして、そこまでは模して創られてはいないのか?」
「メリットです、か……受け手側の認識にもよるのでしょうが、メリットの有無を問われると何とも。一応毎年特別仕様の衣装やら家具などを、稼いだ得点に応じて交換する事が出来はしましたが、個人的にはイベントそのものを楽しんでいたので、それ以外の事などは特に気にしていませんでした」
「そんなに魅力的なイベントなのか?報酬度外しでも参加したいなんて、よっぽどだろう」
「んー……みんなで馬鹿騒ぎ出来て楽しかったというだけ、ですかね。私にはそれで十分だったので」
「そうか。何だかまだよくわからんが、お前が楽しかったのならそれで何よりだ」
満足そうにそう言って、焔はまずは茶を飲み、切り分けてもらったケーキにフォークを突き刺して口へと運ぶ。誰が作って、どうやって届いたのかも不明な物だったが、味はちゃんと美味しかった。
『では、主人も参加。という事でよろしいですか?』
「あぁ、召喚魔の希望を聞くのも主人の務めだろうしな。お前達の要望通り、これらを食べ終わったら行くか」
「ありがとうございます。戦闘があるイベントなので動きやすい格好で……と思いましたけど、主人は召喚士なのですから普段のローブで問題無いですね」
「もとより着物姿でいることが普通だったからな、ローブ姿だろうが似たようなものだ、問題無い。しかし、戦闘か……これは久々に腕が鳴るな」
くっくっくと焔が口角を上げて薄っすらと笑う。 この様子では、戦闘開始となると暴走しそうでちょっと怖い。でも今回の標的はリアンにとっての仲間でもある魔物達ではないので、話を持ちかけた彼も同意見だった。
「思う存分暴れてください。怒り状態で暴れ続けられては自然災害級の敵なので、もしかしたら主人でも多少は苦戦を強いられるかもしれませんよ」
「召喚士は基本、命令するだけの職業なのだろう?じゃあ苦戦をするのはお前だ」
『そう言って、主人だって最前線で殴る気満々でしょうに』
「……まぁそうだな。殺し合いを、他人任せになどしていられようか」
(この性格で、どうして召喚士の適性があったのだろうか)
リアンはちょっと不思議に思ったが、同時に感謝もした。いずれは恋仲になる事が前提で召喚される『魔王と召喚士』の組み合わせには『精液の提供』という要素が必ず付いてまわる。そんな行為はもう絶対に焔からしかしてもらいたくない。もし、ずっと先の未来に他の召喚士から呼び出される事があろうとも、その時は相手を殺してでも運命に抗ってやると決意する程に。
「それにしても美味いな。和菓子もいいが、これからは洋菓子ももっと色々試してみたいくらいだ」
唇についた生クリームを舌で舐めながら焔がそう言うと、「了解です、では今後はそうしましょうか」とリアンが返事をしてケーキにフォークを入れた。緑茶と洋菓子なんて組み合わせながらも、二人は味の感想なども話しながら和気藹々とクリスマスプレゼントのケーキを堪能したのだった。