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トヴェッテ冒険者ギルドのギルドマスターであるネレディが、フルーユ湖へと向かう予定の俺とテオに同行する形で、綺麗に話がまとまったと誰もが思った瞬間。
元気よく「いっしょにいくー!!」とニコニコ笑顔で手を上げたのは、ネレディの娘・ナディ。
その予想外の言動に、黙って脇に控えていたジェラルド含め、その場にいた全員が思わず固まってしまった。
すぐに我に返ったネレディ達が止めに入る。
「やだやだー、いっしょにいくのー!」
一切譲る様子を見せないナディに対し、3人が頭を抱える中。
俺は1人違うことを考えていた。
ゲームにおいて、共に仲間に加えられるキャラのネレディとナディ。
元々は有名冒険者で、凄腕の槍使いとしても名を馳せていたネレディは、パーティ加入時から即戦力となる強いキャラだ。
とはいえ物語後半ともなると、ネレディ程度の強さのキャラは他にも多数仲間にできるため、やや埋もれがちとなってしまう。
実は彼女、とある『称号』とその称号で解放される『ユニークスキル』を取得可能。
これはゲームでは彼女含め世界にまだ2人しか持ち主が発見されていない、かなりレアな称号&スキルとなっている。
ゲームでのパーティ加入当初のナディは、戦闘中は母の後ろに隠れて守られてばかりな普通の子供なのだが、条件をクリアすると隠された才能に目覚めることになる。
そのスキルを活用する戦闘スタイルが独特かつ強力なことや、彼女自身の可愛らしさも相まって、プレイヤー達が攻略サイトで集計している『ブレリバ仲間キャラ 人気ランキング』にて、ナディは常にTOP10入りするほどの人気キャラなのだ。
ただしゲーム上でネレディとナディを仲間にするには、まずフルーユ湖を浄化し、2人との初会話イベントをこなす必要がある。
その後しばらくトヴェッテに滞在し、色んなフラグを立てて回収することで、ナディ誘拐イベントが発生。
プレイヤーが誘拐犯のアジトへ潜入し、捕らわれたナディを助け出すと、ようやくネレディ&ナディの好感度が規定値へと達し、2人同時に仲間にするという選択肢が選べるようになるのだ。
ゲームならともかく現実で『わざと女の子を誘拐させる』フラグを立てていくのはちょっと……と気が引けた俺は、この親子を仲間にするルートは諦めきっていた。
……だが、目の前のこの状況はどうだ。
一時的にとはいえネレディのパーティ加入が決まり、そしてナディも同行したがっている。
ゲームでの条件を考えれば、フルーユ湖を浄化するまでの短い期間で、ナディの才能を開花させるのは難しいだろう。
とはいえ1度でも同行しておけば、ネックだった『誘拐イベント』を発生させることなく、ナディを再び仲間に加えられる可能性が出てくるかもしれないのだ。
俺の隣では相変わらず、フルーユ湖へ同行したがるナディと、何とか諦めさせようとするネレディ・ジェラルド・テオとの、激しい攻防が繰り広げられている。
どうすればナディの希望通り、彼女をフルーユ湖へ連れていけるだろうか……
ネレディ達の説得方法を考えていた俺は、やがて1つの解決策を思いついた。
俺が唐突に大きな声を出すと、騒いでいた面々の動きがピタッと止まった。
しっかり注目を集めたところで言葉を続ける。
「ナディちゃんも、一緒に連れて行きましょう!!」
何言ってんだコイツ、と言わんばかりに顔を引きつらせる大人3人。
ぱあっと明るい顔になったナディは、椅子から飛び降りて喜ぶ。
口々に反対するネレディ達。
俺はネレディに質問をぶつける。
「ネレディさん、ナディちゃんに戦闘経験は?」
「あるはずないわ! だってナディは、この王都から出たことないのよ!」
「今まで1度も危険な目にあったことが無いんですか?」
「当然よ!」
「そうです! 私どもがしっかりお守りしておりますから!」
「でも今日、ナディちゃんは1人で家を飛び出したんですよね?」
「そ、それは……」
「申し訳ありません……」
痛いところを突かれたらしく、ネレディとジェラルドは口ごもってしまった。
見かねたテオが助けに入る。
「タクト、確かにナディが1人で外に出ちゃったのは事実だけど、ちゃんと無事なんだから責めなくてもいいじゃん!」
「俺は別に責めてないよ。ただ、今日はたまたま無事だっただけじゃないかと思うんだ。もしも悪い奴らが、ナディちゃんに目をつけたとしたら? 例えば……身代金目当ての誘拐とか」
返答に詰まるテオ。
俺は間髪入れず、だけど言葉は選びつつ、落ち着いて畳みかけていく。
「トヴェッテには、たくさんの人が暮らしています。でも……皆が皆いい人ってわけじゃなくて……中には自分の利益のために周りをおとしいれる人もいれば、平気で悪事を働くような人だって少なくありません。そのことは……俺以上に、ネレディさん達のほうが、よくご存じなんじゃないですか?」
ハッとしたような表情に変わるネレディ達。
ナディは王国住民達に顔が知られている。
そして現国王の孫であること、彼女の母親のネレディがギルドマスターであることも有名だ。
口にこそ出さなかったけど、国やギルドに怨みがある者が腹いせでナディに危害を加える可能性だってあるだろうな。
「例えフルーユ湖を浄化して魔物が減ったとしても、ナディちゃんが危険と隣り合わせで暮らしてることに変わりはないんです。どんなに周りの大人達が守ろうとがんばっても、絶対に守り切れるとは言い切れません。だから……少しぐらいは自分の身を守れるよう、ナディちゃん自身が、早めに何かしらの力を付けた方がいいと思いませんか?」
ゲームでのナディ誘拐イベントには、分岐ルートが存在する。
プレイヤーが制限時間内にナディを助け出せば、ナディは無事にネレディの元へ戻ってくる。
だがプレイヤーが救出に失敗したり、そもそも助けに行かなかったりした場合……ナディは帰らぬ人となってしまうのだ。
あわよくば俺は、ナディを仲間に加えたいと考えている。
だけどそれ以上に、活発で外に出たがるナディをこのまま放っておけば、遅かれ早かれ何かしらの事件に巻き込まれるんじゃないかと心配する気持ちが強かった。
そうなった時、もし……もしもゲームの誘拐イベントの失敗ルートと同じ結末になってしまったら……。
「それに……ナディちゃんは、家にこもって満足できる子じゃなさそうに見えるんです。外に出て、色々見て回りたがってる感じっていうか。まるで――」
俺の言葉を遮るように、苦笑いして言うネレディ。
「……ほんとにナディは、私の小さい頃そっくりだわ。好奇心が旺盛で、すぐに走り回って……そうよねジェラルド?」
「はい。昨日のことのように、よく覚えております。ネレディ様も大変かわいらしく、大変元気で、毎日のように城の中を走り回っておられました」
「ふふっ……あら、そういえばあの頃のジェラルドも、私の後を追いかけてばっかりだったわね?」
「ええ、懐かしゅうございますね。おかげで足腰が鍛えられまして、老いた今でも元気に働けております」
「それは嫌味と捉えてよいのかしら?」
「滅相もございません。こうやって長年仕えさせていただけていること、素直に感謝しておりますよ」
しばらく笑顔で思い出話に花を咲かせるネレディとジェラルド。
ややあって、ふと気づいたネレディがポツリと言う。
「……そっくりなのは、私も一緒だわ。外に出たがるナディに反対して、閉じ込めようとして……まるでお父様やお母様みたい」
「そうかもしれませんね。国王様と王妃様はあの頃も今も、ネレディ様のことを思っておられるはずですよ」
「そうね……子どもの時は考えもしなかったけど、いざ自分が大人になってみると、あの頃のお父様達の気持ちが分かり過ぎるほどよく分かるわ……」
深いため息をついたネレディは、俺のほうへと向き直った。
「色々気づかせてくれてありがとう。タクトの言う通り、ナディの今後を考えれば、閉じ込めてばっかりが正しいとは限らないのよね。情報を総合すると、今回のフルーユ湖行きは、そこまで危険にはならないだろうし……社会勉強として、初めてナディに魔物との戦闘を見学させるには、ちょうど良い機会だと思うわ」
「じゃあ……ナディちゃんを連れて行っても?」
俺の質問に、ネレディは笑顔で「ええ!」と答えた。
彼女は腰を落とし、話の流れがよく分からずポカンとしているナディに目線を合わせてから言う。
「……ナディ、一緒にフルーユ湖に行こっか?」
「え……ホントに、いいの?」
「いいわよ!」
ナディは嬉しそうに、ネレディへと抱きつくのだった。