コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
フルーユ湖へと向かう予定の俺とテオに、トヴェッテ冒険者ギルドのギルドマスターであるネレディだけでなく、その娘のナディも同行することとなった。
ネレディの仕事の都合・準備に必要な期間などをふまえて話し合った結果、出発は5日後、そしてネレディの従者達も護衛として一緒に行くことが決まる。
可愛くブンブン手を振るナディ達に見送られ、俺とテオはレストランを後にした。
その足で向かったのは、王都で最も大きな商業区。
様々な店が並ぶ中、本日は武器や防具を扱う店をメインにまわるつもりだ。
手始めに防具屋が集まるエリアを訪れ、端から順に店内をのぞいてみる。
気後れしそうなぐらい豪華な店構えの、オーダーメイド専門店。
貴族の子女をターゲットにしているであろう、子供用高級防具専門店。
【防護加工――布製の服に防御機能を持たせる加工――】を施したタキシードやパーティードレスなどの、夜会服専門店。
そういった富裕層向けの高級ブランドショップが大半を占めるのは、トヴェッテならではだろう。
この辺りでは平気で『数万~数十万R(リドカ)――日本円にして数百万~数千万円――』の高級アイテムが展示してあり、どの店にも強そうな警備員達が配置されていた。
さすがに今の俺達の手持ちじゃ厳しかったので、高級店は後学のためにサラッとのぞくだけにし、もう少し気軽な価格帯の店にて購入候補アイテムを見繕っていく。
そんな中、気になる防具店を見つけた。
手狭な店内に整然と並べられた盾や鎧などが値段の割に良質で、デザインとしても俺好みのものが多かったのだ。
テオと相談してから、寡黙な年配男性店員に予算や希望を伝え、オススメの防具はないかたずねてみる。
店員は俺の現在の装備を鋭い目つきでサッと観察してから、無言でうなずく。
そして腰に付けたマジカルバッグから鎧を1つ取り出し、こちらに見せるようにしながらゆっくり説明し始めた。
「……ミスリルメイルだ……軽量タイプが希望ということだが……お前さんが今つけている革鎧と重さは同じぐらいで、防御力は段違いに上がるはず……魔術への耐性も多少あるしな……」
説明が終わったところで、店員が鎧を渡してきた。
連結部の革ひも以外は全て金属製ではあるが、金属部分は元々素材自体が軽量なミスリルで出来ているため、手に取った際の重量はかなり軽めに感じた。
装飾があまり無い、実用性重視のシンプルな造りも気に入った俺が「これ、おいくらですか?」と聞いてみると、店員はボソッと答える。
先程スライム関連素材を売却したお金で十分に買える手頃なお値段。
ひとまずは、試着をさせてもらうことにした。
店員に着方を教えてもらいながら、まず金属の輪で組み上げたシャツのような形のチェインメイルを着込み、その上から胸部・肩・腰・前腕を覆う形のプレートを連結するように装着していく。
プレート部分が覆う範囲は元々つけていた『革の軽装鎧』と大差ないけど、チェインメイル部分が腹部や上腕部も覆っているため安心感が段違いで、かつ全く動きの邪魔にならない。
また革の軽装鎧の能力補正は『物理防御力+7』だけだったのに対し、このミスリルメイルは『物理&魔術防御力+20』と、倍以上にアップする。
隣で見ていたテオからも「悪くない!」との意見が出たことで、俺は購入を決意。
代金を支払い、ミスリルメイルはそのまま着た状態で店を後にした。
武器には、様々な種類が存在する。
中でも剣はメジャーな部類の武器であるため、取扱店が多い。
防具と同様、時間をかけてじっくり色んな店を見て回りたいと思う俺達は、まずは最初に目についた剣の専門店へと入ることにした。
剣のイラストが大きく描かれた入口扉を開けた途端、少し派手めな女性店員が笑顔で話しかけてきた。
「え、えっとですね……」
いきなり過ぎてビクッとした俺だが、気を取り直して自分の希望を伝える。
店員は「少々お待ちくださいまっせぇ♪」と礼儀正しくお辞儀してから、店の奥へと入っていった。
待つ間、店内を軽く見回す。
広い店内には、ガラスケースがいくつか置かれている。
見えるところだけで店員が7人。
客もそれなりに入っていて、なかなかの繁盛店であるようだ。
いつの間にかガラスケースをのぞきに行っていたテオが、俺の元へと戻ってきては小声で言う。
「飾ってあった剣の値段も、思ったより高くなかったし……案外、1軒目から当たりかもなっ」
「そうなのか?」
「うん! あっちのケースのぞいてきなよー」
俺も早速ガラスケースを見学に行く。
ケースの中には、大きさも形も様々な、色とりどりの剣が美しく飾られていた。
そして値段も500R(リドカ)程度からと、俺の手持ちでも十分買えそうな品も少なくないようだ。
ホッとしながらケース内の剣を眺めていると、先程の女性店員が数本の剣を大事そうに抱え、店奥のほうから姿を見せる。
「お待たせいたしましたぁ♪ いくつか候補をお持ちしましたのでぇ、あちらのお席へど~ぞぉ~♪」
笑顔の店員に誘導されるまま、俺達は店の奥の商談スペースへと向かった。
衝立で個別に区切られたスペースには、他に数組の客がいるらしく、何やら話し込んでいるような声が聞こえる。
俺とテオが案内された席に座ると、女性店員は抱えていた3本の剣と、それぞれの値札を丁寧に目の前のテーブルへ並べてから、俺達の対面に座った。
「お客様のご希望に近そうな物を選んでまいりましたぁ~♪ 当店では新しい物からヴィンテージな逸品まで多数の剣を取り揃えてましてぇ、色違いや素材違いなどぉ、ご要望に応じて他の剣もお持ちできますのでぇ、遠慮なくぅ、気軽ぅ~にリクエストしてくっださいねぇ~♪」
「OK!」
笑顔で答えるテオ。
「は、はい……」
やや戸惑いつつ返事をする俺。
目の前の女性店員は明るくて顔立ちも整った美人系ではあるのだが、ちょっと距離が近すぎるというか、どうにも押しが強すぎるというか……
だけどテーブルの上に置かれた剣は素人目にも出来がよさそうなものばかり。
そして値段も手が届く範囲。
うち1本は手持ちじゃ少し足りないが、出直してスライムを狩りまくれば数時間で差額を稼げる範囲なので、出直せば問題なく買えるはず。
というかこのリバースという世界にはそもそも、日本のスーパーマーケットみたいにセルフサービス方式を採用した販売店は見当たらず、どの店も基本は対面販売なのだ。
ここで生きていく以上、こういう接客にも慣れていかないと……富裕層向けな店ばかりのトヴェッテじゃ、この店を逃せば自分に合う剣は見つからないかもしれないし……そう思った俺は、自分に言い聞かせるように深く呼吸をした。
「それじゃ説明いたしまっすねぇ~♪ 1本目のこちら! なんと今日入ったばっかりでぇ……」
女性店員は詳しく説明しながら、剣を鞘からゆっくり抜いたり、セールスポイントを強調するように見せてきたり。
俺とテオは時々質問を挟みつつ、説明を聞いていく。
物理攻撃力+19、魔術攻撃力+9、値段は970R。
薄くしても丈夫で折れにくく軽いというミスリルの特性を生かし、扱いやすく仕上げた1品なのだという。
優雅な装飾が施されたテオの武器『シュミルのミスリルソード』と違い、実用性のみに特化した形状にすることで加工の手間が省かれており、また素材のミスリルの質もテオの物よりかなり劣るため、ミスリル製の割には手頃な値段らしい。
「……見たところお客様の剣はぁ、刀身が薄くて切れ味が良さそうな感じだったのでぇ、まずは似たようなのにしましたぁ♪」
物理攻撃力+22、魔術攻撃力+15、値段は1150R。
ブロンズ製の剣のやや肉厚な刃部分に、魔術と相性が良い『スライム鋼(スチール)』をコートした剣。
素材として使われている『スライムの欠片』はミスリルほど高級品ではないのだが、とにかくスライム鋼(スチール)へ加工するのが難しく熟練の技術が必要なため、技術料が高い。
だが割安なブロンズ製の剣をベース部分に使うことで、全てをスライム鋼(スチール)で作るよりも制作難易度を下げ、かつ原材料の費用もおさえられるため、この価格を実現している模様。
「……斬るよりもぉ、殴るほうが得意な鈍器っぽ~い剣ですよぉ♪ スライム鋼(スチール)系のアイテムはトヴェッテの名産なのでぇ、他の街で同じ物を買うよりだいぶ安いと思いまぁす♪」
物理攻撃力+43、値段は3680R。
東方の海を航海しながら暮らす少数民族『八雲(ヤクモ)の民』によって造られた剣。
独特な形状と切れ味の良さが特徴で、質流れの中古品として入ってきたらしい。
「……この攻撃力でこの切れ味でこのお値段ってぇ、ものすっご~く破格だと思うんですよぉ♪ でもちょっと見た目が変わってるんでなんか売れ残っちゃっててぇ、うちとしても早めに処分しちゃいたいんですよねぇ♪」
ある意味どれもワケあり品ばかりとはいえ、こちらとしては全く気にならない理由だらけだったというのも大きい。
剣を見る目は相当あるっぽいな、と俺は女性店員のことを見直したのだった。
ミスリルブレイドは、性能だけで言えば、今使っている片手剣の完全上位互換に思える。
正直なところ少し不格好なのだが……現在の手持ちを考えれば、見た目より実用性と値段を重視すべきだろう。
スライムスチールコートエッジを買った場合、今とは立ち回りを変える必要がありそうだが、この値段で魔術攻撃力がこんなに上がる武器は他になさそうに思える。
そして、どう見ても完全に日本刀である東雲剣。
こんな序盤にこんな激安価格で手に入るなんて、これを逃せば二度とないかも?!
ただ魔術攻撃力の補正が入らないのは気になるんだよな……。
揺れ動く俺だが、ようやく心を決めた。
「すみません、東雲剣を見せてもらってもいいですか?」
「は、はぁ……」
さらにテンションが上がる女性店員。
忘れようと努力していた苦手意識が瞬間的に強くなってしまった俺だったが、グッとこらえる。
「じゃあお客様ぁ、こちらじ~~っくりご覧くっださぁい♪」
「あ、はい……」
女性店員は東雲剣を両手で持って立ち上がり、差し出してくる。
同じく立ち上がって両手で受け取ろうとする俺だったが……。
急に左腕を襲った痛みに、俺は思わず小さく叫ぶ。
そしてテオと女性店員は、驚きのあまり声を失っていた。
俺の腰に刺さる『手作りの片手剣』が鞘から勢いよく飛び出し、そのグリップ部分が俺の左腕を払いのけるという、にわかに信じがたい光景を見てしまったんだろう。
俺が思わず痛む左腕を押さえた瞬間。
――剣と俺との目が合った。
剣は「てへっ」という表情を見せたかと思うと、鞘へと戻り動かなくなった。
数秒間、空気が固まる。
沈黙を破ったのは、東雲剣を持ったまま、すっかり怯えて立ち尽くしている女性店員。
俺とテオは無言で顔を見合わせ、大きく1度うなずく。
そして。
2人そろって、目一杯急いで店を後にしたのだった。