その日の夜、瑠璃子はまだ微熱があったが気分はだいぶ良くなっていた。
食欲も少し戻ってきたので冷蔵庫の中にある大輔が買って来てくれた食べ物を見てみる。そこには親子丼や鍋焼きうどん等の温めるだけで食べられる物とヨーグルトやプリン等も入っている。
瑠璃子は大輔に対し感謝の気持ちでいっぱいになる。
その中から瑠璃子は親子丼を選びレンジで温めてから食べた。そして食後には大輔が処方してくれた薬を飲む。
テレビでは明日からの大寒波で北海道は大雪になると騒いでいた。
(12月中旬で大雪?)
瑠璃子は驚くと同時に自分の身体はまだ北海道の寒さに慣れていないので風邪を引いたのかもしれないと思った。
職場の同僚に迷惑をかけない為にもきちんと自己管理をしないととも思った。
そしてその日瑠璃子は用心して早めに就寝した。
翌朝目を覚ますと、発熱後の軽い頭痛は残っていたが熱は平熱に戻っていた。大輔の処方した薬が効いたようだ。
怠さや不快感はすっかり消え身体が軽やかに感じる。
この調子なら今日は仕事に行けるのでは? そう思った瑠璃子は勢いよく起き上がったが急に立ち眩みがしてふらついてしまう。自分が思っているほどまだ本調子ではなさそうだ。
瑠璃子は仕事に行くのを諦め大事を取って今日一日休みをもらう事にした。
その頃大輔は外科のナースステーションにいた。
朝の回診を終え電子カルテに書き込みをしていると看護師達の会話が耳に入る。
「瑠璃ちゃん熱出ちゃったんだってー。大丈夫かなぁ?」
「39度以上も出ていたんですって。しんどいだろうねー、可哀想…」
「こっちに親戚とかいないんでしょう? 一人で大丈夫かなぁ?」
「瑠璃子先輩がいないと私困りますぅ。早く治ってもらわないとー」
瑠璃子はまだ外科に来て間もないのにこれほどまでに同僚達に心配されているのかと大輔は驚いていた。
それは瑠璃子が皆に好かれ仕事上でも頼りにされている事の証しだった。
昼休み、大輔は食堂へ行く気分ではなかったので売店で弁当を買い医局で食べる事にした。
大輔が久しぶりに売店へ行くとレジにいた正子が声をかける。
「岸本先生が弁当を買いに来るなんて久しぶりだねぇ。もう買わないのかと思ったわよ」
正子はガハガハと笑う。
「申し訳ない…でも今日は久しぶりに買いに来たよ」
大輔は弁当を一つ選んで正子に渡す。
「噂で聞いたよー、彼女が弁当を作ってくれるんだって? まあそういう事なら仕方ないわ、許してあげる」
正子の言葉を大輔は否定しなかった。
「ハハッ、すみません。でも時々は来るから」
「うん。今度は彼女と一緒においで」
正子はとびっきりの笑顔で言った。
医局に戻った大輔は自分の席でおとなしく弁当を食べ始めた。
「岸本先生は今日は元気がないですねぇー」
長谷川が茶化すように言ったが大輔は反論せずにボソッと言った。
「売店の弁当ってこんなに味気ない物だったんですね……」
大輔は瑠璃子お手製の手作り弁当の味に慣れていたので売店の弁当が味気なく思える。
そこで長谷川がしみじみと言った。
「やっぱり心のこもった手作り弁当っていうのは、どんな高級弁当よりも勝るって事なんだろうね」
大輔は大きく頷く。
そんな大輔を長谷川は穏やかな目で見つめていた。
その日の夕方、瑠璃子はベッドで体温を測ると36度2分だった。身体は軽くすっかり本調子で気分も良い。
熱も下がったので風呂に入り丁寧に身体を洗ってから熱めの湯にゆっくりと浸かった。
風呂から上がると湯冷めしないように髪をしっかりと乾かし厚手のパジャマを着込む。
これなら明日は出勤出来ると思い弁当の下ごしらえをしておいた。
この日の夕食は大輔が買って来てくれた鍋焼きうどんを食べる事にする。うどんを取り出す際、冷蔵庫の奥に2個入りのショートケーキが入っているのに気付く。これも大輔がコンビニで買って来てくれたのだろう。瑠璃子はちょうど甘い物が食べたいと思っていたので嬉しくなる。
瑠璃子が食事を終えてテレビを観ていると携帯が鳴った。大輔からのメッセージだ。
【その後具合はどう?】
【お疲れ様です。お陰様で平熱に戻りました。明日は出勤出来そうです】
【それは良かった。じゃあ明日いつもの時間に迎えに行くから】
【よろしくお願いします】
そこでやり取りを終える。
そして瑠璃子がケーキを食べようとキッチンへ向かった時インターフォンが鳴った。
(え? 誰だろう?)
瑠璃子が液晶画面を覗くとそこには大輔が映っていた。
(なんでここにいるの?)
瑠璃子はてっきり大輔はまだ病院にいると思っていたのでびっくりする。
そして慌てて玄関へ行くとドアを開けた。
「先生、どうされたのですか?」
「うん、これを患者さんにいただいたから食べるかなと思って」
大輔が差し出した袋には、銀座の老舗フルーツショップの高級ゼリーが入っていた。
それを見た途端瑠璃子が叫ぶ。
「キャッ、八疋屋のゼリー!」
「好きならどうぞ」
「ありがとうございます。うわー嬉しい」
その時外はかなり冷え込み大粒の雪がちらついている事に瑠璃子は気付いた。
「先生、コーヒーでも一杯いかがですか? 今ちょうど淹れようとしていたので」
大輔は一瞬驚いていたがすぐに返事をした。
「じゃあ一杯だけいただこうかな」
瑠璃子は大輔にスリッパを出してから先にリビングへ戻ると厚手のカーディガンを羽織る。
そして大輔に風邪が移らないようにと念の為マスクをつけた。
大輔がソファーに座ると瑠璃子はキッチンでコーヒーを淹れ始める。
瑠璃子が本調子に戻っているのを見て大輔は安心していた。
昨日瑠璃子の部屋に来た時は緊急事態だったので部屋の様子を見る余裕がなかった。
しかし今改めて部屋の中を見回すととてもセンス良くまとめられている。
リビングボードの中には瑠璃子お気に入りの本が並んでいた。そしてリビングボードの上には陶器の猫の置物が飾られている。その猫は愛嬌のある個性的な表情をしていて瑠璃子が好きそうなデザインだなと大輔は思った。
まだ数回しか入った事のない部屋なのに大輔はなぜか寛いでいる自分に気付く。
そこへ瑠璃子がコーヒーを持って来た。コーヒーの横にはショートケーキもある。
「先生、ケーキ召し上がりますか? 先生が買って来て下さったものですが」
「うん、じゃあいただこうかな」
そこで瑠璃子はハッとした。
「そういえば昨日色々と買って来ていただいて…代金はおいくらでしたか?」
瑠璃子は椅子に置いてあったバッグから財布を取り出そうとする。
「ああ、あれはお見舞いだからいいよ」
「え…でも……」
「本当にいいから。気にしないで」
「すみません、何から何まで本当にありがとうございました」
そして二人はショートケーキを食べ始めた。
大輔の前で嬉しそうにイチゴを頬張る瑠璃子は今日もすっぴんだ。
その素肌はこの前見た時と同じように艶々と輝いている。メイクをしない瑠璃子は普段よりも若く見えた。
風呂上がりの瑠璃子の髪からはシャンプーの良い香りが漂ってくる。その香りが余計に大輔をリラックスさせてくれる。
目の前で嬉しそうにケーキを食べる瑠璃子を見て大輔は思った。
(なんて無邪気なんだ)
そこにいる瑠璃子は天使……いやまるで女神のように見えた。純真無垢な笑顔は大輔の視線を引き付けて離さない。
瑠璃子が淹れてくれたコーヒーを飲み一緒にケーキを食べる。
ただそれだけの何でもない時間が、今の大輔にとってかけがえのない癒しとなっているような気がした。
大輔は目の前で夢中になってお喋りをする瑠璃子の姿を、優しい瞳でじっと見つめ続けた。
コメント
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素敵な時間🩷
大輔さん、もう 周囲には隠せないほど 「瑠璃ちゃん大好き」が溢れていて....♡ 周りも つい応援したくなっちゃうよね💕🤭 心配なだけではなく 逢いたくて 堪らなくて、また瑠璃ちゃんの元を訪れる大輔さんに キュンキュンしちゃいます🥰💕💕
大輔先生、瑠璃子ちゃんが平熱に戻ったと知っても会いに来てくれてありがとう😊 優しいね🩷