翌朝、瑠璃子の体調はいつも通りに戻っていた。
睡眠も充分過ぎるほど取ったのでこの日は早く目が覚めてしまう。
昨夜は大輔と色々な話をした。もちろん共通の趣味である読書の話でも盛り上がる。
大輔は小説を書いているだけあり様々な分野の本に詳しかった。
大輔がおすすめの本を瑠璃子がまだ読んでいないのを知ると貸してくれると言ったので瑠璃子は楽しみにしていた。
昨夜の大輔とのひとときは瑠璃子にとって新鮮な時間だった。
病院の食堂で話している時とは違い、リラックスした普段の大輔を見る事が出来た。
瑠璃子は朝食を済ませると弁当を作り始める。毎日二人分作る事にはもうすっかり慣れていた。
食べてくれる人がいるのは作り甲斐がある。瑠璃子は作った料理を見た目の彩りを考えながら綺麗に盛り付けていった。
そして出掛ける準備を始める。
鏡の前に座って顔を覗き込むと、たっぷり睡眠を取ったお陰で肌の調子がいい。
その時瑠璃子の脳裏には以前大輔に言われた言葉が蘇える。
『君は薄化粧の方が似合うかもしれないね』
その時瑠璃子は突然立ち上がる。そしてすぐに洗面所へ行った。
洗面所の引き出しからヘアカット用のハサミと櫛を取り出すと前髪をいくつかのパーツに分ける。
普段瑠璃子は長い前髪を横に流すような形にしていた。中沢が大人っぽいスタイルを好んだのでいつもこうしていた。
しかし瑠璃子はその前髪を突然切りたくなった。急に昔のようなヘアスタイルに戻したくなったのだ。
前髪を切る事には慣れていたので瑠璃子は美容師がやるように髪をいくつかのパーツに分けるとハサミを入れていく。
全体のバランスを考えながらちょうどいい長さに切り揃えると前髪を額に下ろした。するとナチュラルなとてもいい雰囲気に仕上がっている。
そこには中沢と知り合う前の瑠璃子がいた。
髪型に満足した瑠璃子は今度は部屋に戻ってメイクを始める。いつものしっかりメイクではなくナチュラルメイクを心掛ける。
そしてメイクを終えて鏡を覗くと、そこにはいつものしっかり者瑠璃子ではなく優しい雰囲気の瑠璃子がいた。
それは久しぶりに見る本来の瑠璃子の姿でもあった。
満足した瑠璃子は鏡の前を離れると出掛ける準備を始めた。
時間になると外で大輔の車を待つ。すると大輔は時間通りに来た。
「先生おはようございます。お陰様でもうすっかり復活しました。色々とありがとうございました」
瑠璃子は元気に挨拶をすると車へ乗り込む。しかし瑠璃子を見た瞬間大輔は驚いて何も言えずにいた。
なぜなら目の前にいる瑠璃子が今までとは全く違うイメージだったからだ。
大輔が何も言わないので不思議に思った瑠璃子は声をかける。
「先生?」
「あ、ああ……なんか雰囲気がいつもと違うね」
「あれ? 似合いませんか? 先生が薄化粧の方が似合うって仰ったから変えてみたんですけど」
「いや、そんな事ないよ。今の方が断然素敵だね」
しかし変わったのはメイクだけではない気がしたので大輔は首を捻る。そこで気付いた。
「もしかして髪型も変えた?」
大輔が気付いてくれたので瑠璃子は笑顔になる。
「はい。前髪を下ろしてみました」
「ああそれで雰囲気が違ったんだ。髪もこの方が似合うね」
「ありがとうございます。それにしても先生、前髪を切っただけで気づいてくれるなんて……先生はきっと素敵な旦那様になれますよー」
瑠璃子がからかうと、
「ハハハ、参ったな」
大輔はいつものセリフを言って笑った。そして車は漸くスタートした。
その日瑠璃子が出勤すると同僚達が言った。
「瑠璃ちゃん心配したよー、もう大丈夫なの?」
「今日は無理しなくていいからね」
「これからもっと寒くなるんだから気をつけなさいよー」
皆瑠璃子の事を心配していたようだ。
その時看護師の中の一人が瑠璃子に言う。
「瑠璃ちゃん、なんか今日雰囲気が違う!」
「本当だわ。なんか優しい雰囲気になった?」
「メイク変えた? いや、違うな、髪型かな?」
同僚達もすぐに気付いたようだ。
そこで瑠璃子が答える。
「病気でダウンしたのを機にイメチェンしましたー。これからはこのイメージで頑張りまーす」
瑠璃子が元気よくガッツポーズをすると同僚達が声を出して笑う。
「やだー、なんかウルトラマンみたいー」
「パワーアップ瑠璃ちゃんだぁ」
「でも瑠璃ちゃんは薄化粧の方が似合うかも」
「うん、断然こっちの方がいいね」
同僚達との楽しい談笑はしばらくの間続いた。
その日の昼休み、瑠璃子は食堂へ向かった。
壁際のいつもの席に座るとすぐに大輔がやって来る。そして座るとすぐに瑠璃子に聞いた。
「体調大丈夫だった?」
「はい、完全復活しました」
「それは良かった」
「あ、あとこのメイクにしてみんなから褒められました。先生のお陰です」
「ハハッ、僕は思った事を正直に言っただけだよ」
そして二人は弁当を食べ始める。
そこで瑠璃子は以前から言おう言おうと思っていた事を大輔に話してみる事にした。
「実は玉木さんがですねぇ……先生の事を弟のように可愛く思ってるんですって」
そこで大輔が激しくむせた。
「えっ? どういう意味?」
「玉木さんが先生にちょっかいを出すのは、亡くなった弟さんに似ているからなんです」
そこで瑠璃子は玉木から聞いた話を大輔にそのまま伝えた。
話を聞いていた大輔は途中から神妙な面持ちになる。
「そういう事だったんだ」
「はい。だから悪気があってとかいう訳じゃないんです」
「……うん、わかってるよ。それに玉木さんとは君のお陰で良い方向に進んでいるんだ。君が発熱した時も僕を呼びに来てくれたしね。だからこれからはもっと仲良くなれるように頑張ってみるよ」
その言葉に安心した瑠璃子は笑顔でうんと頷いた。
そこから二人は昨夜の話の続きを始める。
その時遠くの席にいた早見陽子が楽しそうに会話を続ける二人の様子を冷ややかな瞳でじっと見つめていた。
コメント
31件
ハハハ、参りましたー🤗 大輔先生、 ささ、早いとこれプロポーズしときなはれ。💍 あ、未だ付き合ってなかったっけ?(*´艸`*)︎💕 ハハハ、参ったなー(笑)ꉂ🤣𐤔
早見さん、貴女は大輔先生と別れているんでしょ? 今まではテスラと言われて誰も寄り付かなかったから官尊して来たんだろうけれど、研修から戻ってみたら瑠璃子ちゃんが大輔先生と仲良くしていたから、心穏やかじゃないんだろうな。
見るな早見、聞くな早見、現れるな早見。早見、ダメ、ゼッタイ。