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『剣叶糸』の人生は、生まれる前からもう『不幸』になる事が確定していた。 平民の血筋の腹に宿ってしまったからだ。
エコー写真で、『獣人』であると確認出来た時点でもう貴族に売られる事が決まり、より高値で売れる先を両親は嬉々として探したそうだ。様々な貴族を相手にゴネにゴネ、最終的には男爵の爵位を持つ『剣』家へ養子に出すと決まった。
何処の家に売ろうかと考えるばかりで、彼の名前は、その辺にたまたまあった本を開いた時に偶然目に入った言葉をそのまま子供につけたらしい。そうでもなければまともな名前にすらならなかったかもしれないから、そのテキトウっぷりには逆に感謝したくなった。
そう言えば別件で、産院と結託して平民の元に産まれた『獣人』を死産と偽り、即座に貴族に引き渡していた事件があった。貴族として名付けもされたおかげで、誘拐された子供のその後の人生はとても順風満帆だったそうだ。——その報告を読むと、あれは貴族なりの優しさだったかの様に思える程、『平民』出身の『獣人』は肩身の狭い人生が確定している事が悲しくてならない。
他の貴族を抑えて、男爵家が叶糸の|産みの《クズ》親達に最高額を提示出来たのは、ひとえに当時の当主であった『剣エイガ』の才覚のおかげであった。歴代最高の収益をあげる程に会社の業績は好調で、今の剣家はあの時の資産を食い潰して成り立っていると言っても過言では無い。
『犬』の『獣人』であった義祖父・エイガは『人間』しか産まれなかった実子や孫達に一握りの期待すら持てず、私財の九割をも投げ打って叶糸を『孫』として迎え入れたらしい。その分期待は相当大きく、経営学を筆頭に、経済学、歴史に数学などありとあらゆる分野の学問を、叶糸が言葉を理解し始めたと同時に叩き込み、詰め込むように教育し続けた。だが、スポンジみたいに全てを見事に習得していく叶糸の様子(幼少期から睡眠時間は四時間程度しか与えないという鬼畜っぷりだったそうな)を見て、『安い買い物だった』と満足していたそうだ。
だがそんなの、実子達にとっては面白くもなんともない。
エイガの息子達を筆頭に、長男の子として産まれた三人の叶糸の義兄達の不満は察するに余りある。義祖母や長男の嫁である義母からの反感は特に酷かった。『獣人を産めなかった』と長年肩身の狭い思いをしてきた彼女達は事ある毎に叶糸を、『教育』だの『躾』だの言って折檻し続けた。
『挨拶の声が小さい』
『礼儀がなっていない』
『——卑しい血筋のクセに!』
と、実にワンパターンな言いがかりをつけては鞭で叩き、傷付いた体のまま手当もせずに放置した。義父にはタバコを押し付けられ、兄達からは階段から突き落とされたり、走る車の側で背中を押されたりもした。
まともな部屋もなく、休むのは教育部屋と化していた図書室で。食事も最低限しか与えず、いっそ飢えて死ねばいいくらいに思っていたそうだ。——そうと知っていながら、エイガは止めなかった。獣人の丈夫さは己の身で知っていたからというのも多少はあるだろうが、所詮は平民だからどう扱っても良いと心の何処かで思っていたのだろう。
(だが、流石に壊れては困る。折角大金を払って買ったモノだ)
そうとでも考えたのか、男爵家の敷地内の一角に叶糸専用の別宅を造って、そこに彼を押し込んだのは、彼が丁度十歳になった頃だった。
急に完全に自活せねばならなくなったが、元々貴族待遇では無かったので生活の変化はほぼ無かっただろう。むしろ義家族達とはもうあまり顔を合わせずに済むかもと最初は彼も安堵した。
だが……義家族達は彼の別邸にまでやって来ては虐待を続け、侍女達といった人目が無いからか暴行は余計に加速した。
この限度を超えた行動を知り、流石にエイガも、『一人にはしておけぬ』と叶糸に家庭教師達を何人もつけるようになった。だがコレも愛情からではない。自分の血の繋がった家族達の低俗っぷりに呆れての行動だったそうだ。
眠る時間以外は全て勉強と鍛錬に明け暮れる日々が続いたが、祖父が亡くなってからはパタリと全てがなくなり、今度は義兄達の課題の代行を強要され始めた。叶糸が“使える”とわかると実父も彼をこき使い始めたが、ハイレベルな結果を出し続けたおかげか十九歳になった頃にはそれ以外では殆ど干渉されなくなっていったのは、本宅の方で暮らしていた義祖母や義母がいつの間にか病気で他界していたからというのもあるかもしれない。
十八歳で入学した大学では良い出会いに恵まれ、叶糸は段々と剣家からの独立を考え始めた。
各種魔術の国家資格は全て習得済みだし、これまでに様々な分野の学問を叩き込まれてきたから何処であろうと引く手数多であると本人もとっくに気が付いている。何の思い入れも恩義も無い家に残って永遠に食い潰される人生なんか捨てて、独立しようと動くうち、まずは剣家の内情に関して調べるに至った。
遠くへ黙って逃げようが、剣家とは無関係な会社に就職して独立した気になろうが、奴らの『使える道具』への執着はきっと消えないだろう。真っ当に生きていく為には弱みを握るのが手っ取り早いと起こした行動だったのだが——
その行動が、間違いだった。
とある日。
彼は、義父の書斎で、義祖父の遺書を見付けた。中には、要約すると『剣叶糸に財産の全てを譲る』と書かれていたのだ。
このままでは剣家は衰退の一途を辿るのが目に見えている。当初は息子らの補佐にでもと思って買った子供だったのだろうが、実子達の低脳っぷりはエイガの想定以上だった。ならばもう優秀な者に全てを継いでもらって、血筋を残す事よりも、『剣男爵家の存続』を優先させたのだろう。……だが、何一つとして遺言通りにはなっていない。現当主である義父が全てを握ったままだ。
別に、財産が欲しい訳じゃない。ならば『全ての権利を放棄・譲渡するから、独立させて欲しい』と叶糸は義父達に正面から願い出たのだが、哀れみを向けられたと彼らは激怒し——
怒りのままに、叶糸を殺害してしまった。
少しも褒めるべき点の無い、何一つとして良い思い出なんか無かったクズそのものであっても、一応彼らは『家族』だったのだ。最後までどうにか話し合いで解決出来ないかと悪戦苦闘したせいで、叶糸は彼らにまともな反撃をしきれなかった。相手が束になろうが力量の差は圧倒的だったのに、情が勝ってしまったのだ。
元来持ち合わせていた優しさが仇になって死んでしまうとか、悲劇としか言いようがない。しかも、人生を自力で好転させようとした結果がコレだったからか、無自覚のままに禁制魔法とされている時間魔法を発動させて死に戻った二度目の人生でも、この時に受けた心の傷は相当根深いものとなって引きずり続けたそうだ。
◇
——叶糸の『一度目の人生』を『報告書』として読み返して、胸が苦しくなった。彼自身のぬくもりを体感した今では、『過去』を文章でしか知らぬ身である事が申し訳なく思えてくる。もっと早く彼の存在に私が気が付いていれば、見付けていれば……と思っても、もう取り返しはつかない。『管理者』に与えられているあの異空間に戻れば『時間軸』すらも自在だが、彼が私の『後継者』という『特異点』であるという事実が枷となってそれも適用されないから、私は『この先の人生《《は》》幸せになれる様に協力してやる』と約束してやる事しか出来ないのだ。
彼は死に戻るたび、この『十九歳』という時期に戻っている。
それはきっと、この時期が、叶糸にとってはもっとも『まし』だったからなだけだろう。ある程度は放置してもらえ、押し付けられた作業をやって、学校に通っておけばひとまず虐待はされないから。
そんな叶糸の人生に対し、『“今”は他よりかはましだっただけの時期に過ぎなかったのだろうが、必ず幸せにしてやるからな』と、散々私をもふって疲れ果てた彼の寝顔を見ながら夜空に浮かぶ二つの月に向かって誓いを立てる。……マーモットの姿のままで格好が付かない事には、目を伏せて。
コメント
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第12話、読了しました…。叶糸さんの一度目の人生がこれほどまでに壮絶だったとは、胸が締め付けられました。とくに、義祖父エイガの期待と実子たちの憎悪の板挟みで、睡眠4時間で叩き込まれた学問や、別邸に移っても続く虐待…「情が勝って♡♡♡れた」という一文が重く響きます。それでも死に戻った先でマーモット姿のアルカナが「必ず幸せにする」と誓うラストの慈しみに、救われる思いがしました。丁寧な筆致に感謝です🌷
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