「バレてないよな…」
デパートの衣料品売り場で、僕は辺りを見渡した。
店員はいない。他の客の姿も見えない。
今なら、大丈夫だ。
僕はすかさず、近くの財布を手に取って…自分のカバンに入れた。
「はぁ…はぁ…」
僕は急いで店を出て、いつもの通学路を走り抜けた。
「やった…やった…!」
僕は道の陰に隠れて、カバンから財布を出した。
「ずっと欲しかったハレンチヤガナの財布…」
友達はみんな1つくらいブランドアイテムを持ってるのに、僕はバイトしてないから買えないんだ。
みんなと遊ぶときとか、僕だけダサくて恥ずかしいし…
この財布のデザインは凄くお洒落で好きなんだ。
こんなこと、本当はダメだけど…
1回くらいいいよね…?
「よぉ」
──!!
不意に背後から、誰かに話しかけられる。
「優斗、こんなところで何してんだ?」
「す、杉島君…」
話しかけてきたのは、同じクラスの杉島健太君だった。
ちょっと不良っぽい子で、避けていたんだけど…
「ちょ、ちょっと買い物してたんだ…」
「へー、お前みたいな真面目ちゃんでも寄り道なんてするんだな」
なんだかにやにやしながら見てくる…
ちょっと嫌な感じがする…!
「で、何を買ったんだよ」
「い、いや、結局何も買わなかったんだ…」
「へえ、まあそうだよな。買わずに盗んだんだもんな」
「え…!?」
背筋に冷たいものが走る。
ど、どういうことだ…?
「な、何を言ってるんだよ、僕は…」
「全部見てたぜ?」
見てた…?
ど、どういうことだ…?
辺りはきちんと確認したのに…
「あそこの財布コーナーはな、近くの棚の小さな隙間から見えるんだよ」
そ、そんな…
「あそこで万引きするなら、ちゃんとそこもチェックしないとな」
杉島君はなんでそんなことを知ってるんだよ…
「でもまあ、真面目なお前が万引きなんてな」
杉島君がにやついた表情で僕を見る。
「お、お願い!誰にも言わないで…」
「どうしようかなぁ…」
やばい人にバレてしまった…!!
この流れだと…
「お前が俺の言うことを聞いてくれれば、バラさないでいてやるよ」
やっぱり…
弱みを握られたら脅迫されるに決まってる…!
「な、何をすればいいの…?」
「別に、大したことじゃねえよ」
嘘だ…。
大したことないわけない。
だって、こんなに大きな弱みを握ったんだから…!
「ただ、お前がしたことと同じことをしてくれればいいんだよ」
「え…?」
そ、それって…
「俺、ちょっと酒が飲みたいんだよねー」
「え、でも…未成年だし…」
「だから、レジを通さなければいいんだろ?」
やっぱり…
杉島君は…
僕に万引きをさせる気なんだ…!!
「ほら、行って来いよ」
「い、今…!?」
「当たり前だろうがよ!!」
「ひっ!」
杉島君の怒鳴り声に、僕は思わず身を震わせる。
そうだ…
もともと、僕が逆らえるわけがなかったんだ…!
「わ、わかったよ…」
僕はうなずき…
もう一度、デパートに入った。
***
「これでいいの…?」
僕は杉島君に、ビールを手渡した。
「おお、いいぜいいぜ」
そう言って、杉島君はにこにこしながらスマホを見せてくる。
そこには…
「え…?」
僕がビールを盗んでいるところの写真が表示されていた。
「これで証拠もばっちりだな」
「ど、どういうこと…?」
と、聞いてはみたものの…
何が言いたいかはわかってる。
さっきの話だけだと、僕が万引きしたという確たる証拠はなかった。
でも、あえてもう一度やらせることで、今度はしっかり証拠を残したのだ…。
「これでもう、お前は俺に逆らえないな」
にやりと笑う杉島君を見て…
僕は、自分のこれからの人生がガラガラと崩れていくのを感じた。
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