テラーノベル
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鉄雄の壮絶な選択を前に、その場にいた誰もが言葉を失っていた。
しばらくの沈黙の後、鉄雄が静かに口を開く。
「それから私は凶弾に倒れました」
その声には、不思議なほど後悔の色がなかった。
「ですが・・・申し訳なく思っているのです」
龍河は、その言葉に引っかかりを覚えた。
「さっきも言ってましたが、その申し訳ない
ってのは一体誰に対してですか?」
「お客様に対して、そして家族に対してです」
信愛が思わず問いかける。
「なんであなたが申し訳ないと思う必要があるんです?」
「そうですよあなたは自分の命を顧みずに
乗客を守ったんじゃないですか!」
朝陽も言葉を繋ぐ。
鉄雄は静かに二人の言葉を聞いていた。
「確かに私は、お客様をお守り出来たかもしれません」
そこで一度、言葉を切る。
「ですが──」
鉄雄の表情が僅かに曇った。
「人が死ぬ瞬間を、お客様にお見せしてしまった
そして何より、家族を悲しませてしまった
それが申し訳なく思うのです・・・」
「なっ・・・」
龍河は思わず目を見開いた。
そして、声を荒らげる。
「そ、それは違うだろ!」
鉄雄が驚いたように龍河を見る。
「確かにあんたの中では、いまだに葛藤が
渦巻いてるんだろう。けどな?これだけは言える」
龍河は鉄雄を真っ直ぐ見据えた。
「あんたがあの時選んだ選択は
勇気と愛に満ちたもんだった!」
鉄雄は何も答えない。
ただ、黙って龍河の言葉を聞いていた。
「乗客を守るために自分の命を捧げた行為は
真似しようとしても真似できるもんじゃ無い」
龍河の声には、いつしか熱がこもっていた。
「確かに、人が死ぬ瞬間を目の当たりにする
ってのは誰だって辛いはずだ。それは認めるよ」
一瞬だけ言葉を切り、龍河はさらに続ける。
「それに関しては、確かにあんたの言う通り
トラウマになってるヤツも居るだろう」
鉄雄は俯いたまま、何も言わない。
「でも、それはあんたのせいじゃないはずだ!」
龍河の声が、その場に強く響いた。
「あんたは最悪の状況下で最善を尽くした!
ただそれだけの事だろ?」
「そうですよ、西さん・・・」
美月が優しく続ける。
鉄雄は、まだ納得しきれないように呟いた。
「ですが私は・・お客様の気持ちを考えずに
自決する道を選んだんです」
すると龍河は、間髪を入れずに言い返した。
「あんた以上に乗客の事を考えてる運転者が
世界にどんだけ居るってんだよ!」
その言葉に、鉄雄は顔を上げる。
美月が穏やかに微笑んだ。
「『申し訳なかった』
そう感じるあなたの優しさこそ
あなたが乗客を第一に考えていたって言う
何よりの証拠じゃないですか?」
鉄雄は、皆の顔をゆっくりと見渡した。
「みなさん・・・」
張り詰めていたものが、ようやく崩れた。
鉄雄の目から、一筋の涙が溢れ出した。
その姿を見つめながら、信愛はようやく気づいた。
このカルネアデスバスが、なぜ今もなお彷徨い続けているのか。
もし、その理由が鉄雄の抱え続けてきた葛藤と後悔にあるのなら、信愛たちが彼に送るべき言葉は、ただひとつだった。
「西さん・・・」
信愛は、穏やかな声で呼びかける。
「このカルネアデスバスが今も彷徨ってる理由が
今言ったような葛藤や後悔だとするなら
私たちが西さんに送る言葉はひとつです」
鉄雄が涙に濡れた目を信愛へ向ける。
「ひとつ?」
信愛は静かに微笑んだ。
「あなたはもう十分に戦いましたから
ゆっくり休んでください」
信愛のその言葉に鉄雄は大きく目を見開いた。
その言葉は、彼がずっと自分自身に許すことのできなかったものだったのかもしれない。
「みなさん・・・ぐすっ」
堪えようとしても、もう無理だった。
鉄雄の目から、大粒の涙が次々とこぼれ落ちる。
そんな彼に、焔垂が優しく声をかけた。
「きっと乗客の心には、あなたの
死に際なんて残ってません。残ってるとするなら
あなたの勇気に満ちた勇姿だけですよ」
「絶対そうですよ、ぐすっ・・・」
茜も涙を拭いながら、懸命に頷く。
さくらも続いた。
「乗客に恐怖なんて残ってませんよ」
信愛は、最後にもう一度、鉄雄へ微笑みかけた。
「安心して、安らかに眠ってください」
「みなさん・・・ありがとう・・ございます」
鉄雄の声は震えていた。
だが、その表情はもう苦しみに満ちたものではなかった。
長い間、背負い続けてきた重荷から、ようやく解放されたかのようだった。
その様子を見ていた龍河が、力強く言う。
「あんたの事は俺が絶対に
世間に伝える!約束する!絶対だ!」
鉄雄は涙を浮かべたまま、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
鉄雄がそう言って、穏やかに微笑んだ。
その瞬間だった。
突如として、眩い光が車内を包み込んだ。
「うっ!眩しっ・・・」
信愛は思わず目を細め、腕で光を遮る。
「な、なんだ?これ」
龍河も突然の出来事に戸惑い、辺りを見回した。
白い光は瞬く間に強さを増し、鉄雄たちの姿も、バスの車内も、すべてを飲み込んでいった。
◇ ◇ ◇
気がつくと、一同はバスを見かけたあの住宅街に立っていた。
先ほどまで乗っていたはずのカルネアデスバスは、跡形もなく消えている。
信愛は周囲を見回し、現実へ戻ってきたことを確かめるように呟いた。
「も、戻ってきた・・・」
「西さん・・・成仏出来たのかな?」
さくらが心配そうに尋ねる。
「どうなんだろ・・・」
信愛にも確かなことは分からなかった。
「そうだと良いですけどね」
朝陽の言葉に、焔垂がふと何かを思い出したように口を開く。
「あ!てか今何時だ?少なくとも
2時間はバスに乗ってたよな?」
「確かにそうだな・・・」
龍河はポケットからスマホを取り出し、画面に表示された時刻を確認する。
その瞬間、彼の表情が凍りついた。
「は?なんで?」
「どうかしたんですか?」
信愛が覗き込むと、龍河は信じられないものを見るようにスマホを見つめたまま答えた。
「0時3分のままだ・・」
「え?」
一同がカルネアデスバスを目撃した時刻から、現実の時間は一秒たりとも進んでいなかった。
茜が驚いたように目を見開く。
「なら私たちだけ時間が飛んでるって事?」
「亜空間にでも居たってのか?」
焔垂が首を傾げる。
「さぁ・・どうなんだろ・・・
私もこんな経験初めてだから」
信愛にも、その答えは分からない。
カルネアデスバスとは、一体何だったのか。
あの車内で過ごした時間は、本当に現実だったのか。
誰にも答えは出せなかった。
そんな中、美月がふと思い出したように龍河へ顔を向ける。
「というか馬場さん?これからどうされるんですか?」
龍河は少し考えるように黙り込んだあと、静かに答えた。
「記事を書きますよ。カルネアデスバスの記事を」
そして、どこか誇らしげに笑う。
「西さんと約束しましたからね。世間に伝えるって
まあ、楽しみにしててくださいよ」
龍河はいつもの調子を取り戻したように胸を張った。
「立派な記事を書いてみせますから」
その言葉に、信愛は小さく笑みを浮かべる。
「発売待ってますね」
「ああ・・・待っててくれ」
誰もいない深夜の住宅街に、彼らの声だけが静かに響いていた。
カルネアデスバスは消えた。
けれど、あの夜、あのバスの中で出会った西鉄雄の想いまで消えたわけではない。
龍河がその出来事を記事にすることで、西鉄雄という一人の運転手が選んだ最期の決断も、いつか誰かの心へと届くのかもしれない。
コメント
1件
ああ、もうこの回めっちゃ響いたわ…。鉄雄が「人が死ぬ瞬間を見せてしまった」「家族を悲しませた」ってずっと自分を責めてたところ、龍河が「勇気と愛に満ちた選択だ」って真っ向から否定する流れ、胸が熱くなった。美月の「申し訳なく思う優しさこそ証拠」も刺さるし、信愛の「もう十分戦ったから休んで」が鉄雄にとって一番必要だった言葉だよな。成仏できたのかな…時間が止まってたオチも不気味でいい。龍河が記事を書くって締めも、鉄雄の想いを次につなぐ感じがしてじんわりした。
#普通
野々さくら
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ありあ
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