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「……やっぱり、物資不足なんだ……」
消沈する波瑠へ、将軍が事情を説明する。
「……はい、残念ながら。王宮からの支援があればと期待はしていたのですが……」
現場の声を届けようとして崔将軍は、宮殿に乗り込んだようなのだが、宰相に閣議だなんだとうやむやにされてしまった。
炊き出しに使ったとして米は皆が持ち寄ったもので量も当然しれている。
「……そうだったんだね。私が、もっと粘ればよかった。米を持ってこれればよかったんだ……」
悔しげな波瑠に、柔らかな視線が投げかけられてきた。
「いえいえ、王妃様がここに来てくださったこと、それが私達には救いです。有り難いことです」
取りまとめの女が、薄っすら涙を浮かべている。
「お、おばちゃん!泣かないで!ごめんなさい!私、何もお役に立てなくて!でも、でも、米をなんとかするよっ!!」
「お、おばちゃん?!」
王妃の口から出た言葉とは思えないものに、女は仰天している。
「ははは、おかみさん、王妃様は、気負わない方なのだよ。おばちゃんで、いいだろう?」
すかさず、崔将軍が笑いながら言った。
集まって来ている皆も、つられて大笑いする。
雨は激しく降り続けるが、どこか、温かな空気が流れた。
「そうだ!私王妃なのよ!おじいちゃん!米をなんとか集めるよっ!」
突然いきり立つ王妃の姿に、将軍も、集まる皆も、またまたぽかんとして、開いた口がふさがらない状態になった。
「王妃様……米を集めると言っても……これ以上は、私達の食べるものが……流石にそれはお許しください!」
困惑の表情を皆は見せた。手元には確かに米が残っているがそれは、自分達の食料だ。それまで手を出すと、たちまち明日からの食べ物が無くなってしまう。
しかし、前にいる王妃は、米を集めると言っている。炊き出しの意義は理解しているが、明日の暮らしも、皆は守りたい。
「あっ!大丈夫!みんなは心配しないで!米は、蓄えてる所からぶんどればいいんだよ!王妃命令!」
「王妃命令?ですか?」
突然のことに、崔将軍も、波瑠をしげしげと見た。
「そう、米を持ってる者は、たくさんいるはず!のほほんとしてる貴族がいるでしょ?!」
そう、ここよりも、民よりも、高台に住まう貴族達は水害の被害に遭っていない。そして、何も手を差し伸べてないのだ。
「おじいちゃん!力を貸して!私が貴族の屋敷に行けば、米は手に入る!王妃命令だと逆らえないでしょ?!貴族の屋敷を今から回る!」
波瑠の突拍子もない発言に、これまた皆は驚く。
「いや、しかし、王妃様。貴族の屋敷を回るというのは……」
この雨の中だ。限界だろうと誰しもが思った時、それを止める怒鳴り声がした。
「馬鹿者!王妃よ!お前は身重なのだぞ!いつまでも雨の中で動き回っていて良いと思うなっ!」
王、清順が兵を連れて現れた。
乗る馬から血相を変えて降りると、王はぬかるみを気にすることなく、まっすぐに王妃の所へやって来た。
「さあ!宮殿に帰るぞ!」
言って、王は王妃の手首を掴んだ。
「……!こんなに体が冷えている。しかも、衣も濡れているではないか!」
途端に、兵が近づいて来て何かを差し出してくる。
「まさかと思い、着替えを持ってきた。あの天幕で着替えるのだ。誰ぞ手伝いを頼む……」
突然の王の登場に、場は静まり返っている。予想打にしなかった事に皆、驚きから平伏すらも忘れ固まりきっていた。
「着替え?!王様!あたしは、米を頼んだでしょ?!」
呑気に着替えなどできないと、何故、物資を運んでこなかったのかと波瑠は躍起になった。
「まだ分からんのかっ!王妃よ!そなたは身重ぞっ!何かあったら、どうする?!」
「何かも何も!!河が決壊しちゃって大変じゃない!!お付きの兵を動かして!河を何とかしないと!」
「王妃!」
気がつけば波瑠は清順に腕の中にいた。いや、正確には、動きをとめるかのように、抱きしめられている──。
「離して!」
ここまで来て何もせず、王に連れ戻されるのはごめんだ。波瑠は必死に抗った。
「いや、離しはしない。これ以上騒ぎは起こすな!皆に任せておけばよいのだ」
「任せるもなにも!もう、米は底をついている。炊き出しがてきなかなったら、動いてる他の皆は、どう力をつけるの?!」
せめて、温かなものをお腹いっぱい食べて力をつけてもらいたい。それが、前方で洪水と戦っている者たちへ何かしらの支援になるというのに……。
波瑠は、王の腕からすり抜けようと体を動かした。
貴族から、米を集めればきっとどうにかなる。雨足も少し和らいで来たように感じる。とにかく、やれることをやらねば、自分がここにいる意味がない。分からず屋の王の相手をしている暇はないのだ。
波瑠は必死になった。