テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「離して!着替えなんかしなくていいの!米を集めに行かなきゃいけないんだからっ!」
なかば、暴れる波瑠の状態に、王も堪えられなくなったのか、そっと波瑠の体を離した。
「……王妃よ。そなたが我が国の民を思ってくれるのは有り難い。だが、我が身のことも考えるべきではないのか?せっかく授かった子だぞ!何かあってからでは遅い!」
「だって!だって!これくらい動いても平気だって桶屋のおばちゃんが昔言ってた!だから大丈夫なんだよ!」
「……桶屋……?なあ、王妃、聞くが、時々分からぬことを言うのは何なのだ?」
「だからっ!桶屋のおばちゃんは八人の子持ちだったから、お産は慣れているんだよ!おばちゃんの言う事聞いていれば何とかなるって、皆言ってたんだから」
アハハハと、皆の笑い声が響き渡る。
王まで登場し、場は緊張しきっていたが、王妃の庶民的な言葉に皆、笑いを耐えきれなくなったようだ。
「……確かに、八人の子持ちなら言うことを聞いたほうが良いでしょうなぁ」
崔将軍も、肩を揺らして波瑠の言葉に同意した。
この一時の和やかな雰囲気に、清順の眉が吊り上がる。
旬座に、ピリピリとした空気が流れ、皆は、小さくなった。
「王様!炊き出しの物資、米がないのよ。持ってきてって言ったのに!だから、私が、集めに行く!」
波瑠は負けていなかった。
ここまで来て、お荷物になりたくないという思いもあった。そして、何か役に立ちたいという気持ちが前に出たのだ。
「……米……」
波瑠の気迫に押されたかのように清順は呟く。
「そう!今は米が必要なのよ!皆、自分達の米を持ち出して、炊き出しを行っている!なのに、私達は、王宮は、何も行ってない!」
半ば絶叫に近い訴えに、清順の顔は強張る。なぜ、王妃はここまで動くのか、そして、自分は何をすべきなのか、戸惑いを隠せない素振りをみせつつ、清順の双眼は鋭さを増していく。
「……それで、王妃自らが米を集めに回るということなのか?」
王は、王妃である波瑠へ静かに問いかけた。
「そうよ!貴族の屋敷には米があるでしょ?!」
「………王妃自らが貴族に頭を下げるというのか?」
何かいい含み、清順は、静かに波瑠を見る。
真意を探るような王の視線に、波瑠は一瞬目を逸らしそうになったが、ぐっとこらえた。ここで負けてはならない。そんな心の声が波瑠を動かしていた。
「……米を……勅命だ!」
貴族の屋敷から米を集めるようにと、清順が言い切った。
とたんに、わっと、歓声が起こり皆は手を取り合って喜んでいる。
波瑠は何が起こったのか分からず呆けていた。
「王妃様!ありがとうございます!!」
「王妃様!!」
波瑠への感謝を述べながら皆が駆け寄ってくる。
「王妃様、お手柄ですな。これで、炊き出しも順調に運ぶ。作業の士気も上がるでしょう」
崔将軍が微笑みながら波瑠へ頭を下げた。
「……将軍、ここからは指揮を頼む」
かしこまりましたと、返事をする将軍に続き、皆は、早速忙しく動き出した。
「……あっ、王様……もしかして。米を」
「仕方あるまい。米は貴族の屋敷から集める。それでよかろう?もう、これで宮殿に帰るな?気は済んだであろう?」
さあ、と、清順が波瑠へ手を差し伸べる。
「それは、それは、できないよ!」
波瑠はとっさに差し出されている手を跳ね除けていた。
「米が集まったら、炊き出しの手伝いが待ってる!王様も手伝って!頭数は多いほうがいいからっ!」
「わ、私が?!」
「そうだよ!せっかくここまで来たのに、何もしないで帰るつもりなの?!」
「いや、私は米を集めることを命じたが?!何もしてないことはなかろうに!」
波瑠と王の堂々巡りの会話に、皆も、気を揉み始める。
確かに米が集まるのは、助かるが、やはり、その先を王妃に手伝わせるわけもいかない。更に、王妃は、王も手伝えといっている。これは、さすがに困るというより、萎縮してしまう。そもそも、目の前に、雲の上の住人である王がいるということ自体が、異例中の異例。そして、炊き出しを巡って、王と王妃が、言い争いを始めてしまった。
皆、ビクつきながら、様子を伺うのみだった。
そして、ここでも崔将軍のひと言が場の雰囲気を持ち直すことになる。
「王は、天幕の内で、我々に指示を。王妃様も、補佐として……じっとしているのは……無理でしょうなぁ。とりあえず、濡れた衣を着替えられ、それからお考えを。王が、せっかく気遣ってくださったのですから。ちがいますか?」
駄々っ子をあやすように目を細め、将軍に諭されては、波瑠も従うしかなかった。どうあれ、物事はよい方向に進みそうなのだから、ここでごねるわけにもいかないだろう。