テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#戦乙女
234
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【前回までのあらすじ】
サクラ、鳴く岩として展示される。
そこへ姉ブーツ・リツが現れ、キャベツを身代わりにして脱出開始。
つまり、サクラの人生はいま葉物野菜に背負われている。
◇◇◇
──キャベツが私の人生を背負っている。
冷静に考えると意味が分からない。
でも、今この瞬間、展示室の台座で毛布をかぶっているキャベツだけが、ワロス様の目をごまかしてくれている。
なぜかバレなかった。なんでだ。
……なんでなのぉおおおおお!?
(まぁいい。頼む、キャベツ……! お前は今日だけ岩だ……!)
私はリツを履いたまま、暗い階段を駆け下りていた。
足元は静かだ。
リツの静音歩行のおかげで、足音はほとんど響かない。
その代わり、私の足の指が限界まで丸まっている。
(このままだと足の指が静かに死にそう!!)
『……サクちゃん……足、痛い……?』
「痛いわよ!! 姉の愛がサイズ違いで刺さってるのよ!!」
『……ごめん……愛って……時々、外反母趾になるよね……』
「ならないよ!!」
『……そっか……仕方ないな……』
「え?」
足元で、リツの革がぐにゃりと柔らかくなった。
きつく丸まっていた私の指先に、ふっと空間が生まれる。
ぎゅうぎゅうだった圧迫感が消え、ブーツの内側が私の足に合わせて広がっていった。
『……24.5センチに……拡張した……』
「……で、できるならさ……最初からやってぇえええ!?」
『……ごめん……生前のサイズにこだわってた……』
「靴としてのプライドを妹の足指にぶつけるな!!」
『……足の形に合わせるの……怖かった……私が私じゃなくなるみたいで……』
「急に重い!! でもありがとう!!」
『……でも、これで走れる……かも……』
「もっと早く走れたわ!!」
階段はどこまでも続いているようだった。
壁は濡れた石でできていて、表面には緑色のコケがびっしり生えている。
天井からは水滴が落ち、ぽたり、ぽたりと嫌な音を立てていた。
空気が重い。
喉の奥に、カビの味が貼りつく。
ワロス城、魔神王の居城。
名前からして最悪なのに、中身もちゃんと最悪だった。
私は壁に手をつきながら、濡れた階段を慎重に降りる。
少しでも滑ったら、リツごと転がり落ちそうだ。
『……滑るね……』
「うん」
『……もうダメだよ……階段ごと自爆しよう……?』
「階段は悪くない!!」
『……でも段差って……人生の敵だから……』
「急に哲学を階段にぶつけるな!!」
そんなことを言い合いながら、私たちはひたすら進んだ。
追手の気配はまだない。
つまり、まだバレていない。
キャベツが頑張っている今のうちに、逃げるしかない。
私はまだ少し痺れる足先を気にしながら、さらに階段を降りた。
……やがて、階段が終わった。
目の前には、まっすぐ伸びる石の通路。
そして、その先には分厚い石壁が立ちはだかる。
「……行き止まりじゃん」
私は思わず立ち止まった。
通路の先は完全に塞がっていた。
扉もない、窓もない、抜け道もない。
湿った石壁が、偉そうにそこに立っているだけだった。
『……終わったね……さあ、自爆しよう……?』
「早い!! 諦めるのが早い!!」
『……でも壁だよ……壁は強いよ……壁って、だいたい意思が硬いから……』
「だから哲学するなブーツ!!」
私は石壁に近づいて、ぺたぺたと手で触った。
冷たくて分厚い──嫌になるくらい頑丈そうだ。
(うわぁ……完全に詰みっぽい……)
そう考えた瞬間──私の脳内に、いつもの声が蘇った。
──グレート・ムダ様。
人生の無駄に筋肉という名前を与えた、偉大なるお方。
『出口とは、鍵で開けるものではない。
筋肉で作るものだ。拳を握れ。
筋肉は、まだ開いていない出口を知っている!!』
「……なるほど」
私は壁を見た。
そして、自分の拳を見た。
もう一度、壁を見た。
「……出口、あるじゃん」
『……え、どこに……?』
「ムダ様がね、昔言ってたのよ。出口は筋肉だって」
『……筋肉が出口……?』
「うん」
『……サクちゃん、また正気失った……?』
「私は正常」
『……ムダ様って……誰……?』
「筋肉の神」
『……』
リツが沈黙した。
足元から、ものすごく困惑した気配が伝わってくる。
『……宗教……始まってる……』
「宗教じゃない。真理よ」
『……真理が拳を握ってる……怖い……』
「道に迷ったら、扉を探すな。筋肉を見ろ」
『……人生相談としても危ない……』
私はゆっくりと拳を握った。
指の骨が、こき、と小さく鳴る。
「……よし」
『……サクちゃん……何するの……?』
「出口を作る」
『……は……?』
「大丈夫。筋肉は裏切らない」
【スキル:《怪力 × 鉱物化》──終電間際の改札前で抱き合うカップルを見た時モード】発動!!
右手からぎゅうん、と音がした。
血肉の感覚が消え、拳が石の重さを持つ。
皮膚がざらざらと硬くなり、腕全体にずしりとした負荷がかかった。
右拳に熱が流れ込んでくる。
終電間際の改札。
蛍光灯。
死んだ目の会社員。
改札機の電子音。
足早に流れていく人の群れ。
その横で、抱き合うカップル。
通行の妨げにはなっていない。
物理的には何も悪くない。
でも、違う。
そういうことじゃない。
「終電間際まで経済回して来た者の横で、愛のPDCA回してんじゃねぇえええええ!!」
(私もカレピッピ欲し……いや、そういうのじゃない!!)
『……!!』
リツがピクリと反応した。
《天の声:
終電間際まで経済を回してきた者の横で、
二人だけの愛のPDCAを高速回転された時の怒りを筋肉に変換するモード。
かつて社畜だった魂の古傷が拳に集まる。
筋力、当社比10,000%。
つまり嫉妬だ。》
「違うし。嫉妬じゃないし。労災だし」
『……サクちゃん……今、少しだけ本音が出た……』
「出てないし。これは食物連鎖の話」
『……カレピッピって言った……』
「言ってない。生態系って言った」
『……サクちゃん、辛かったんだね……一緒に自爆しよう?』
「辛くないし」
私は腰を落とした。
その瞬間、足元の石床が、ミシ、と鳴った。
「労災認定待ちだし」
もう一段、腰を落とす。
ミシミシミシッ。
リツの靴底が濡れた床に食い込み、そこから蜘蛛の巣みたいな亀裂が広がっていく。
苔の生えた石が割れ、溜まっていた水が細い線になって震えた。
『……サクちゃん……床が……』
「大丈夫。床も出口になる」
『……狂ってる……』
鉱物化した右拳が、さらに重くなる。
指の関節が、石同士を擦り合わせたみたいに低く鳴った。
ごきり。
肩から肘、そして手首から拳へ──。
終電間際の改札で見た愛のPDCAへの怒りが、一直線に流れ込んでいく。
胸の奥が熱い。腹の底が熱い。
右腕だけが、別の生き物みたいに重い。
天井から落ちていた水滴が、ぽたり、と落ちる途中で震えた。
壁の表面の苔が、風もないのにざわりと揺れる。
石壁が、まだ殴られてもいないのに、かすかに軋んだ。
『……壁が先に怖がってる……』
私は拳を引いた。
空気が、ぎゅっと縮む。
通路の湿った匂いが、拳の周りだけ焦げたみたいに変わった。
「通れるべき場所を塞ぐものは、全部壁よ」
私は息を吸った。
目の前にあるのは壁じゃない。
まだ殴られていない出口だ。
「出口ォーーーッ!! どっこいしょー!!」
『……サクちゃん……その掛け声アウト……女子力が自爆してる……』
リツの言葉を無視して拳を叩き込んだ。
ゴッ。
一瞬、音が消えた。
拳の先で、石壁が沈む。
ひびが一本、走る。
そこから蜘蛛の巣みたいに亀裂が広がり、壁全体が低く唸った。
次の瞬間!!
バァァァン!!
分厚い石壁が、内側から爆ぜるように吹き飛んだ。
破片が宙を舞う。
湿った空気が一気に流れ込み、冷たい風が私の髪を後ろへ引っ張った。
壁の向こうには、さらに暗い通路が続いている。
私は拳を突き出したまま、固まった。
「道……だよね?」
『……できたね』
「……筋肉出口説、実在した!! ムダ様ァ!!」
自分で殴っておいて、私は全力で感動した。
『……宗教……実証された……』
「見たかリツ。これがムダ様の教えよ」
『……物理が泣いてる……』
「泣いてるんじゃない。筋肉に道を譲ったのよ」
私は壁に空いた穴を見つめた。
さっきまで行き止まりだった場所に、無理やり通路ができている。
ムダ様は、やっぱり正しかった。
世界の方が、ようやく筋肉に追いついたのだ。
その直後──
ゴォォォン……ォォン……ォン……。
破壊音が、城の奥へ奥へと響いていった。
「……あ」
『……やったね……』
「いや、やっちゃったよね!?」
遠くから、足音が増えた。
ひとつじゃない。二つでもない。
鎧の擦れる音。
従者たちの声。
そして、誰かが低く命令する声。
『……サクちゃん……』
「なに?」
『……今の音で……絶対バレたね……』
「言わないで!!」
その足音の中に、ひとつだけ異様に整った音が混じっていた。
コツ、コツ、コツ。
逃げ道の向こうから、誰かがこちらへ歩いてくる。
(キャベツ……ごめん。お前のせいじゃないわ)
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:出口の法則】──
『出口? 目の前にあるだろ?
人はそれを壁と呼ぶ。
昔、俺は家の鍵を失くした。
しかも、その時の俺は腹が痛かった。
玄関は閉ざされている。
トイレは家の中にある。
時間は、ない。
このままでは、肉体より先に社会的に死ぬ。
鍵代はローンにすればダメージを分散できる。
だが、腹はリボ払いを許してくれない。
あの時、俺は理解した。
出口とは、鍵で開けるものではない。
筋肉で作るものだ。
拳を握れ。
筋肉は、まだ開いていない出口を知っている!!』
解説:
ムダ様がこの言葉を得たのは、家の鍵を失くした日に腹を壊したからである。
玄関は閉ざされている。
トイレは家の中。
時間はない。
このままでは、肉体より先に社会的に死ぬ。
人生には、避けられない試練がある。
それは受験かもしれない。
仕事かもしれない。
恋かもしれない。
あるいは、鍵を失くした状態で腹が限界を迎えることかもしれない。
鍵代はローンにすれば未来へ分散できる。
修理費も、たぶん分割できる。
だが、腹は分割払いを許してくれない。
尊厳の支払いは、いつだって一括だ。
その時、ムダ様は悟った。
人生の出口とは、探すものではない。
試練の壁を前にした時、自分の中にある筋肉で作るものだ。
扉がないなら、作ればいい。
鍵がないなら、拳を握ればいい。
迷った時こそ、筋肉に聞け。
そして、壁は開いた。
修理費は発生した。
間に合わなかった。