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では時雨の仕業ではないとすると、何故この白い彼は突然分断されたのか。
「――っ!?」
考える間も無く刹那、誰もが異常を察知した。
“何だこれはっ――!?”
サーモに反応は無い。だが背筋に走る戦慄――のし掛かる重圧。
「ぐっ!」
「何……こ、怖い!」
誰もが感じたそれは、絶対的恐怖による――悪寒。
“何か……来る!”
とてつもなくおぞましい“何か”が。
やがて――
“カツン カツン カツン”
駐車場のコンクリートを踵から踏むように響く足音。それは確実に大きくなっていき、近付いてくる。
立体の闇から場違いなまでに映えるよう、それは姿を現した。
“――新手か!?”
先程の者と同じ、白いフードに身を纏った者。感じた悪寒はこれだったのだ。
「…………」
ゴクリと固唾を呑む音が聞こえる。恐らく全員から。
それもその筈。眼前の人物が『ネオ・ジェネシス』の者で在ろう事は間違いない。だがその事実以上に、眼前の者から感じられる何か得体の知れぬ圧力に、誰もが怯懦していたからに他ならない。
「やあ……久しぶりだね時雨――」
沈黙を保っていたが、不意にその者から懐かしむように呟かれた声。
“この声!”
時雨は気付いた。そして幸人も。
彼等の瞳に映るは驚愕。
「そして――幸人」
言いながらその者はフードを外し、その素顔を露にしていた。
「ゆっ――雪夜……さん」
予想外の顔だったのか、時雨はその者を呟いたまま固まっている。
「雪夜……テメェ」
戸惑う時雨とは対照的に、幸人の口調はその人物に対しての怒気をはらんでいた。
共通していたのは二人共顔見知りであり、眼前の人物に対して『立ち竦んでいる』という事。
「――っえ?」
それ以上に目を丸くさせていたのは悠莉だ。
“幸人お兄ちゃん? でも違う……誰?”
悠莉が見紛ったのも無理はない。だがそれは一瞬だけで、すぐに別人である事に気付く。
特異点特有の毛髪に呼応した異彩色魔眼が、雫のそれと同一だったに過ぎない。
「アイツは幸人じゃねえよお嬢。力の根源こそ一緒だけどな……」
「ジュウベエ、誰なのあの人?」
何時の間にか幸人の左肩から飛び降りていたジュウベエが、悠莉の下へ。
「アイツこそが『ネオ・ジェネシス』って奴だよ。そして――狂座の創始者ともされた……」
ジュウベエは語る。そのかつての事情を。
「狂座には仲介部門、管理部門、執行部門と三部門で形成されており、各々にその統括たる長が居る。分かるかいお嬢?」
「うん。ルヅキやハルおじさんの事でしょ?」
此処まで言って悠莉は気付いた。
“なら執行部門の統括は?”
琉月は当然として、他二部門の事は悠莉もよく知っているが、自分が所属するその執行部門に関しては、トップが誰かは彼女は全く知らなかった。この事に関しては、頑なに『隠されていた』と云っていい。
「じゃあ、あの人が!」
それはかつての『事件』に関与しているのか。
「そう……アイツこそが、かつての執行部門統括兼、狂座の全権者。唯一無二とされたSSS(トリプルS)級エリミネーター、コードネーム『雪夜(ユキヤ)』。そしてオレ達を十年前、救ってくれた命の恩人でもあり……幸人にとっては『師』みたいなもんだよ」
「あの人が……」
悠莉は思う。かつて狂座の長ともされた人物が、今は最大の敵として邂逅している。果たしてどんな気持ちでいるのだろうと。特に幸人にとっては――だ。
それにしても――改めて悠莉は雪夜とされる人物を見る。
雫と同様、美しいまでに輝く銀色の髪と瞳。なら特異能は恐らく、ジュウベエも言ったように同一系統のもの。
雪のような白い肌と同調しているかのような、白いロングコートを纏った全身白一色の出で立ちは、何処か高貴な皇族の存在感を醸し出していた。
背は幸人と同じ位だろう。知らなければ双子と見紛ってもおかしくないが、それにしても分からなかったのが彼の年齢の程だ。
見方によっては何処か少年の面影が残りつつ、幸人や時雨より遥かに年輪を重ねているように見える不思議。
悠莉には全く読めなかった。雪夜という人物そのものが。
ただ一つだけ分かったのは、彼が敵として現れた以上、闘いは避けられないという事。
女性にも見える程に中性的で穏やかそうな表情の彼が、そんな事をしそうにも思えなかったのだが。
元狂座なら穏便な解決方法も――
“幸人お兄ちゃん……時雨お兄ちゃん?”
だがその考えが脆くも打ち砕かれるであろう事を、悠莉は分かっている――分かってしまった。彼と対峙する幸人と時雨から、背中越しに痛い程伝わってきたから。
二人は明らかに彼に怯えている。肩が震えていたのだ。
「どうしたのかな? 久々の再会だというのに、そんな辛気臭い顔で」
まるで心外だとでも言わんばかりに、その者は固まったままの二人へと問い掛けた。その穏やかな口調に敵意は感じられない。
だがこの者こそが紛れもなく、狂座最大の敵であり、今回の元凶――『ネオ・ジェネシス』の中核であろう事は疑いようがない。
「へっ……何を今更馴れ馴れしく。こ、この裏切り者が!」
それに時雨が痛烈に批判。だがやはり口調は怯えを伴い震えていた。
“裏切り者”
それもそうだろう。“元”狂座の長なら、会社組織でいえば取締役ともされた人物が別会社を立ち上げているのだ。それも投げ出して元を存続したまま。
時雨が毒吐いたのも無理はなかったが――
「裏切ったとは心外だな……。狂座は元より私の物。見限ったと言って貰いたいね。それに本来なら君達が追従するのが筋ではないかな?」
「ざっ――けんな! 何勝手な事を」
彼はその正当性を主張。当然納得出来るものではないが。
「落ち着け時雨。コイツには何を言っても無駄だ」
「おまっ!」
いきり立つ時雨を押し退けるように、幸人が前に立った。
「――で、狂座を見限ってお前のやりたい事はクーデターか? そんなくだらない目的の為、かつての部下達を――熾震を殺したというのか? 答えろ!」
いつになく幸人が感傷的に。
許せないのだ。どんな理由があろうとも、かつての者の現状の行動に。
慕っていたのなら尚更だろう。
「何を熱くなってるのかな、君らしくもない。それにクーデターではなく“浄化”だよ。いずれ君達にも理解出来る時がきっとくる……」
「理解したいとも思わねぇな」
幸人は彼の言葉に耳は貸さない。
「まあそう無下にせず。ああ熾震の事は残念だったね……。私としても遺憾だったよ。彼には生きて貰いたかったのだが」
「ふざけんなよテメッ――」
“てかお前が落ち着けよ!”
いきり立つ幸人の前に、逆の形で時雨が割り込んだ。御互い冷静になれそうもないが。
「――で、アンタが来たからには、俺らを始末しに来たって事でいいんだよな?」
これ以上の平行線は無意味と、時雨は本来の主旨を促していた。
「始末? ふふ……何をそんな“勿体無い”。貴重な先天性を無駄に排除するなんて、私には到底出来そうもないよ。迎えに来たのだよ君達を……ね」
彼はやはりというか、この二人を引き抜く為に出向いた事を笑顔で伝えた。
「ぐっ――ふ、ふざけ……」
朗らかながらも、それは余りにもぞっとするような冷笑。思わず気圧されそうになる。
「ちゃんと君達には格別の地位を用意してあるから安心して。時雨……そう、君にはコード『デス』を。そして幸人、君にはコード『ジャッジメント』のアルカナを考えているよ」
彼が伝えるそれは『ネオ・ジェネシス』側への、有無を言わせぬ強制とも云えた。向こうの意思等、彼にとっては関係無いのだ。