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誰に『残念なヤツ』だと笑われても、飲み込むしかなかった。
だから、乾さんの言葉に救われた。
俺を『極上イケメン』と言ってくれるのに、王子様扱いしない。
心の底から、嬉しかった。
それで満足するべきだ。
なのに、どうしてこんなに気が重いのだろう。
ストーカーされるより、恋愛対象外だと言われた方がいいのに。
なのに、ショックを受けている。
「だが、勘違いされるよりいいだろ」
考えていたとはいえ、誉に言われると腹が立つ。
「いい子だとは思うが、な? 相棒がちょうどいいタイプだ、な?」
なにが『な?』だ。
わかっている。
外見を言っているのだろう。
誉が付き合う女は、俺が嫌悪するタイプだから、美人でもスタイルがいいわけでもない乾さんは、誉にとってはまさに恋愛対象外だ。
「そうかしら。私は、乾さんはお嫁さんにしたいタイプだと思うけど」と、黎琳が冷めた目で誉を見た。
「顔やスタイルばかり見てるから、利用されるのよ」
「誰が利用されてるんだよ?」
「さあ? 食事の度にホテルディナーせがまれて、誕生日でもクリスマスでもないのにブランドバッグねだられる誰かさんじゃない? そう言うと、なんだか滑稽ね。ホテルディナーとブランドバッグの対価がセックスなんて」
「なんだと!」
まさにガキの喧嘩だ。
俺は大きくため息をつくと、立ち上がった。
「帰るわ」
そこでようやく気が付いた。
俺が買って来た大量のスイーツがテーブルに広げられたまま。
置いて行っても秘書たちに配られるだろうが、何となく袋に入れて持って出た。
エレベーターで下の階に下りる。
人事部は五階だ。
他の課はフロアをパーテーションで区切っているのだが、経理と人事だけは独立した部屋が与えられている。そのせいか、フロアは不気味なほど静かだ。
ここまで来たはいいが、業務時間中にスイーツを渡すのは、いかがなものだろう。
そう思ってドアをノックするのを躊躇っていたら、内側からドアが開いた。
「もう帰った方がいいですって!」
よそ見をして出て来た彼は、俺に気が付いて急ブレーキをかけた。
「すいません!」
昨夜の寺田くんだ。
「あ! 昨日の」
彼も俺に気が付く。
「やあ」と、俺は簡単に挨拶をした。
「昨日はありがとうございました」
「うん。どういたしまして」
「二課にご用ですか?」
「うん、ちょっと乾さんに――」
「――乾さん! 大丈夫?」
焦った女性の声に、思わず中を覗き込む。
壁際のコピー機の前で、乾さんが蹲っていて、女性が彼女の様子を窺っている。
「今日の処理はもう終わったから、帰んなさい」
「いえ、でも――」
「――顔色悪いわよ?」
専務室では、普通に元気そうだった。
お寿司もしっかり食べていたし。
だが、ゆっくりと立ち上がる彼女は、腰を押さえて左足を庇っているようだ。
今朝、階段から落ちそうになった時に、どこか打ったのかもしれない。
「乾さん、午後から調子悪そうで。今朝、階段から落ちかけたって言ってたし、帰った方がいいって言ってるんですけど」と、寺田くんが説明してくれた。
「俺が送って行くよ」
「え?」
「あの様子じゃ、一人で帰るのも辛そうだ。乾さんに帰り支度して来るように伝えてもらえるかな」
「わかりました!」
中に戻って行った寺田くんから話を聞き、俺の顔を見た彼女はとても驚いた顔をした。
そして、寺田くんと同僚の女性に言われて、渋々ではあるが荷物を持って出て来た。
「帰ろう。送って行くよ」
「いえ、そんなご迷惑は――」
「――心配だから、ね?」
「ですが――」
「――俺たち、相棒だろ?」
俺の言葉に、乾さんの表情から緊張が消える。
力なくふにゃっと笑うと、「格好いい響きですね」と言った。
「残念だけど極上イケメンの相棒が送ってあげるから、帰ろう」
自分で言って恥ずかしくなったが、それで乾さんが大人しく送られてくれたらと思った。
期待通り、彼女は笑って「ありがとうございます」と言ってくれた。
地下鉄で帰ろうとする乾さんから自宅の住所を聞き、俺は有無を言わさずタクシーを停めた。
大丈夫だと言い張っていた彼女だが、タクシーが走り出して十分もすると、辛そうにドアに身体をもたれて目を閉じた。
腰と左足に関しては、今朝の階段でのことが原因だろうが、熱まで出るだろうか。
タクシーに乗るまで彼女を支えていた時、服越しでも熱かった。
最寄り駅付近までやって来て、乾さんが眠っているのを確認し、スーパーに寄った。
スポーツドリンクやフルーツゼリーなんかを買う。解熱効果のある痛み止めも。
駅からタクシーで十分ほど走った比較的古い住宅が並ぶ地域に、彼女の住むアパートがあった。
玄関から左右に一部屋ずつの三階建てで、エレベーターもオートロックもない。駐車場を挟んで同じ建物が一棟ある。
共有玄関にはポストが設置されていて、三〇二号室のポストにはしっかり『乾』の札。
二〇二号室のポストに、入居者募集の貼り紙があった。
築二十二年の1LDK、家賃月四万三千円。管理費月二千円。駐車場代は別途月八千円。入居費用家賃二か月分。
高いのか安いのか、わからない。
ただ、奥山商事の給料ならば、もう少し家賃に費やせると思う。
俺は彼女の肩を抱いて階段を上がった。
地下からの階段でなく、アパートの階段で落ちていたらと思うと、ゾッとした。
疲れて帰ってこの階段は、楽ではないのではないか。
乾さんは、会社からここまでで、もう三十回は「すみません」と言った。それから、「重いですよね」も十回以上。
そこまで恐縮されるほど重いとは思わないが、触れる肩や腕は柔らかい。
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