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今朝も、思った。
階段で、落ちそうになった彼女を抱きとめた時、柔らかくてあったかいなと。
改めて思い出すと、なんだか恥ずかしくなった。
が、そんなことを言っている場合じゃない。
乾さんの身体がどんどん熱くなっている。
家に入るのを見届けたら帰ろうと思っていた。が、今の状態では、無事にベッドに入れるか心配だ。
けど、さすがに昨日会ったばかりの女性の家に上がるのはな……。
昔から、女性関係には神経質な俺は、いい大人になってからもそれは変わらず。いや、手酷く騙されてからは女性不信状態。
この状況が乾さんの策略だとは、さすがに思わないけれど、善意とはいえ家に上がることで勘違いされるのは、今後の仕事がやりにくくなる。
経験に倣って、ここは玄関で帰るべきだろう。
そんなこんなを考えているうちに、なんとか彼女の家の前に到着した。
「じゃあ、俺は――」
「――わざわざありがとうございました」
玄関ドアを背に、乾さんが深々と頭を下げた。
あっさり解放されて拍子抜けのような気もするが、そのつもりだったんだから問題はない。
俺は腕に通していた買い物袋を差し出した。
「スポドリと薬が入ってるから、飲んでぐっすり寝てね」
「あ、すみません。ありがとうございます。お金を――」
「――いいから、いいから」
赤い顔をしてバッグから財布を出そうとする彼女の手に、袋を持たせる。
やはり、熱い。ものすごく、熱い。
「明日にでも、ちゃんとお支払いさせてください」
立っているのがやっとの様子で頭を下げられ、そのまま倒れてしまうのでは心配になる。
「ホント、いいから。中に入って、ゆっくり休んで?」
「ありがとうございます……」
火照った頬、潤んだ瞳で力なく微笑まれ、不覚にもドキッとした。
そんな俺の心情など知らず、乾さんは鍵を開け、ドアを開ける。
「明日までには治しますので。本当にありがとうございました」
「うん。お大事に」
出会って二日で、もう何度目かわからないお辞儀をされて、俺は一歩後退った。
ふらついてはいるが、乾さんは一人で家の中に入って行った。
ドアが閉まっても、すぐには足が動かない。
心配だが、これ以上は踏み込むべきではない。
けど、相棒だぞ?
今までも、優しくした女性に勘違いされて言い寄られたことが何度もあった。
けど、乾さんだぞ?
熱があるとはいってもいい大人なんだ。
けど、かなり熱かったぞ?
心の中で自分と押し問答をしていて、ふと気づく。
鍵……かけたか?
乾さんが中に入った後、カチャッとか鍵をかけたらしい音がしなかった。それどころか、何の物音もしない。
中で倒れてる……とか……。
急に不安に襲われ、俺はドアノブに手をかけた。ほんの、一秒にも満たない一瞬だけ迷ったが、それだけだった。
だって、ドアは開いた。
ゆっくりと引く。
「乾さん!」
玄関を上がってすぐ、彼女が横たわっていた。
靴を脱ぎ棄てて乾さんの横に座り込む。
「大丈夫!?」
上半身を抱き起す。
「乾さん」
呼びかけに、彼女の瞼が薄っすら開く。
「すみませ――」
「――ベッドに行こう。立てる?」
彼女の肩を掴んで起こし、引きずるように正面のドアを開けた。
一人がけの座椅子にローテーブル、奥のドアは開いていて、ベッドが見える。右手にキッチン。
何とも簡素な1LDK。
「ごめんね。寝室に入るよ」
俺は一言断ってから、奥に進んだ。
寝室は六畳ほどで、ベッドと幅の狭い四段のチェストがあるだけ。
俺は乾さんをベッドに寝かせた。
「ん……」と彼女が小さく呻く。
今朝、階段から落ちそうになって汚れた格好のまま寝かせるわけにはいかない。
だが、俺が着替えさせるなんてナイ。
「乾さん、着替えて?」
「は……い」
もう一度抱き起す。
すると、彼女はブラウスのボタンに手をかけた。
これはマズい。
俺は顔を背けて立ち上がり、寝室を出てドアを閉めた。
ベッドまで運んだし、帰っても大丈夫か?
あ、薬を飲んでから寝た方が……。
ドサッと音がした。
「乾さん? 着替え終わった? 開けるよ?」
恐る恐るドアを開けて中を覗く。
ベッドの下に散乱した衣服を見て、着替えが終わったとわかった。
ベッドの上の乾さんは、ダボッとしたTシャツを着ている。膝くらいまで丈があるが、その下は何も履いていないように見える。
俺は足元に畳まれたタオルケットと毛布を広げて、彼女の身体にかけた。
脱ぎ散らかった衣服をまとめてあげようかと手を伸ばして、止めた。
ピンクのブラジャーが目に入ったからだ。
『いい子だとは思うが、な? 相棒がちょうどいいタイプだ、な?』
誉の言葉を思い出す。
ナイ……ことはナイ……ような……?
その証拠に、彼女の身体を覆っているのがTシャツ一枚だという事実に、俺は動揺していた。