テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
結婚式から数週間後。
白縫家のリビングでは、いつもと変わらない朝が始まろうとしていた。
穏やかな朝の光がカーテンの隙間から差し込み、静かな家の中に信愛の慌ただしい声が響く。
「あーもう、お母さん!なんでもっと
早く起こしてくれなかったの!
このままじゃ遅刻しちゃうじゃん!」
制服姿のまま慌てて階段を駆け下りてくる信愛に、銚子は呆れたようにため息をつく。
「私は起こしました。信愛が
気づかず寝てるからでしょ?」
信愛は頬を膨らませ、不満そうに言い返す。
「だったら私が気づくまで起こしてよ!」
その一言に、銚子はしっかりと言い放つ。
「ワガママ言わないの。アンタも来年には
3年になるんだからね?もっとしっかりしなさいよ」
反論しようとした信愛だったが、母の真っ直ぐな視線に観念したように肩を落とす。
「あーもう、わかったよ」
時計を見ると、もう家を出なければ間に合わない時間だった。
「やばっ、遅れちゃう!」
玄関へ向かおうとする娘を、銚子が呼び止める。
「朝ごはんは?」
「時間ないからいらない!」
即答する信愛に、銚子は首を横に振った。
「何も食べないと昼までもたないわよ?
パン一枚でもいいから。ほら」
焼き立てのトーストを手渡され、信愛は一瞬だけ困ったような表情を浮かべる。
「あ、ありがとう」
銚子は優しく微笑みながら頷いた。
「食べながらでもいいから行きなさい」
「なら行って来まーす!」
信愛はパンを口にくわえたまま玄関を飛び出していく。
勢いよく閉まる玄関の音を聞きながら、鈴子は苦笑した。
「相変わらず忙しないわね。まったく困ったもんよ」
そう呟きながら何気なく玄関の戸棚へ目を向ける。
そこには、数週間前に開かれた結婚式の写真が大切そうに飾られていた。
純白のドレスに身を包んだ銚子と多摩雄が寄り添う写真。
そして、怪異探求倶楽部の仲間たちと肩を並べて笑い合う一枚。
銚子は自然と口元を緩める。
「まぁ、いっか♬」
あの日の幸せな時間が、今も家族の日常を静かに照らしているようだった。
◇ ◇ ◇
怪異探求倶楽部は、数々の人、霊と向き合い、多くの出会いと別れを経験してきた。
その歩みの中で、彼らは一つの答えへと辿り着く。
人と霊は、決して切り離された存在ではない。
人がいるからこそ霊は生まれる。
霊とは、人の想い、記憶、願い、後悔、そうした心の延長線上に存在するものなのだ。
だからこそ、霊を人間とは無関係な異質の存在として切り捨てるのではなく、人間と決して切り離せない存在として向き合うべきなのかもしれない。
憎しみや怨念だけを見て恐れるのではない。
その奥にある悲しみや、誰にも救われなかった想いへ目を向ける。
そうすれば、生前に救われることのなかった魂でさえ、いつか救うことができるかもしれない。
人を救うことと、霊を救うこと。
一見すれば別々の行為のようでいて、その本質は同じなのだ。
人もまた、たった一人でも心から信じてくれる味方がいるだけで、人生をやり直す力を得ることがある。
ならば、霊も同じではないだろうか。
味方が一人もいないのなら、その最初の一人に自分たちがなればいい。
それが怪異探求倶楽部の辿り着いた答えだった。
理想論だと鼻で笑う者もいるだろう。
すべての霊を救うことは、きっと不可能かもしれない。
それでも、誰にも救われなかった誰かの隣に立つことはできる。
その小さな一歩が、いつか誰かの心を、そして一つの魂を救うことに繋がると信じて。
それこそが、怪異探求倶楽部が数々の活動を通して見出した、揺るぎない真理だった。
◇ ◇ ◇
教室の扉を開けると、まだ朝のざわめきが教室を包んでいた。
信愛は口にトーストをくわえたまま席へ向かう。
その姿を見つけた茜が、思わず吹き出した。
「信愛! おは・・・って、なにそのパン!」
信愛は照れくさそうに肩をすくめる。
「寝坊しちゃってさ。時間が
なかったから、食べながら来たの」
その返答に、茜は腹を抱えて笑い出した。
「きゃははっ♬何それ♬」
すぐ隣では、さくらも呆れたように笑みを浮かべる。
「どこのラブコメよ(笑)」
茜は悪ノリしたように身を乗り出した。
「運命の人にはぶつからなかった?」
「もう、二人とも笑いすぎだって」
信愛が苦笑すると、さくらは表情を少しだけ引き締める。
「──ていうか、聞いた?また出たらしいよ?」
その言葉に、教室の空気がわずかに変わる。
信愛もすぐに察した。
「ああ『アカギライ』のこと?」
茜が頷く。
「そうそれそれ!赤い服を着てる人に
災いを与えるって噂の怪異」
そこへ焔垂も話に加わる。
「それなら俺も聞いたよ。かなり
被害が出てるらしいぞ」
「そんなに!?」
信愛が眉をひそめた、その時だった。
後ろから控えめな声が聞こえる。
朝陽だった。
「僕のクラスでも『アカギライ見た』
って騒いでる女子がいます」
複数の証言。
ただの噂で片づけるには、あまりにも一致しすぎていた。
茜はにやりと笑う。
「こりゃ調べるしかないね」
信愛も迷いなく頷く。
「うん♬だね♬」
焔垂は腕を組むと、部長らしく力強く宣言した。
「よし!なら放課後に集合な!」
「おぉー!」
茜の元気な返事が教室に響く。
誰も躊躇しなかった。
誰かが困っているなら、怪異探求倶楽部は動く。
それが彼らにとって、ごく当たり前のことだった。
◇ ◇ ◇
怪異探求倶楽部は、これからも笑い合い、ときに励まし合いながら歩み続ける。
そして、誰にも救われなかった誰かの声に耳を傾け、届かなかったその想いへ、何度でも手を伸ばし続けるだろう。
人も、霊も。
その心に寄り添うことを決して諦めずに。
怪異探求倶楽部──END。
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
コメント
1件
×××さん、お疲れさまです。「怪異探求倶楽部」、とうとう最終話まで読了しました。結婚式後の穏やかな朝の風景から、信愛の寝坊や銚子との微笑ましいやり取りにほっこり。そして「人と霊は切り離せない」という、これまでの活動が凝縮されたような哲学的な結論が本当に沁みました。最後にまた新しい怪異「アカギライ」の噂で、彼らがいつもの日常に戻っていく感じが、終わりであり続きでもあるエンドレスな味わいで素敵でした。長編を紡いでくださり、ありがとうございます!