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「櫻子お義姉様《ねえさま》じゃなくて?どうして、こんなところにいらっしゃるの?」
意地悪い笑みを浮かべながら、珠子が、つかつかと歩んで来る。
同時に金原の表情は固くなり、そして、何故か、櫻子の手を握ると隣へ引き寄せた。
「だ、旦那様……」
驚いている櫻子に、珠子が目を細めた。
「ふうーん、もう、お妾修行に入ってるのね。お母様が言っていたわ、金原商店の事だから、きっと、すぐに、どこかの旦那様に引き渡されるでしょうって。ふふふ」
珠子は、女学生らしからぬ、擦れた言葉を櫻子へ浴びせた。
「で?こちらは?」
金原が、空々しく、櫻子を伺ってくる。
「もしかして、櫻子の妹さんかい?」
しかも、これでもかというほどの笑顔を作り、口調も、柔らかなものに変えて。
いわゆる、よそ行きの顔、なのだが、櫻子には、そこまで作っている金原が、恐ろしく感じえた。
珠子に合わせているのはわかる。しかし、その珠子も、また、よそ行きで、おまけに、櫻子への皮肉を目一杯こめた、悪意のある態度で接して来ている。
そんな珠子相手に、金原は笑っているが、それが、どこまで持つのかと、櫻子は、ハラハラした。
早く立ち去った方が良いとは思う。だが、金原には、動く気配が見られなかった。かといって、金原を誘い、この場を去る度胸など、櫻子には、もちろんない。
そこへ……。
「あっ、もしかして!番付の?!」
付いて来ていた虎が、裏返った声を出す。
ちっと、小さく舌打ちする金原に、隣の櫻子は、びくんと肩を揺らした。
やはり、金原は、相当無理をしている。
長いは無用だと、櫻子は感じたが、どう対処するべきか、まごつくばかりだった。
すると、ギュッと、櫻子の手が握られる。
「……心配するな」
小さく答えた金原は、
「えっ?あの!番付の!」
と、虎の声よりも、大きく叫び、驚いて見せた。
「ですよっ!社長!あの番付の!!」
「いやー!驚いた!」
「ですよねー、こんな所で、出会えるって、凄くないっすかっ!社長!」
ああ、そうだなぁ、と、金原は、虎に合わせて頷いている。
「……な、なんなの。そ、そうだけど、番付は、でも、予選ですもの……」
珠子は、どこか、気まずそうに言うと、櫻子を見た。
「で、櫻子お義姉様?そちらの方は、どちらの旦那様なの?早速、気に入られたのね」
言いながら、櫻子の身繕いを、穴が開くほど見つめるが、視線には、嫉妬という、悪意が込められていた。
「ご立派な装いだこと。さぞかし、可愛がられているのでしょうね……。お妾になって、よかったじゃない。そんな、上等な品を与えてもらえたのだから」
先程からの妾発言に、櫻子は、我慢できなかった。
珠子は、櫻子を挑発している。どうせ、言い返せないと、思っているのだろう。
悔しさから、顔をひきつらせる櫻子の手が、再び、ギュッと握られた。
「おかしいなあ、どうも、誤解があるようで。櫻子は、私の妻ですよ?珠子さん?確かに、柳原さんは、私に借金をしていましたけどね、それは、商いの上の話。私達は、柳原さんにも認められている、れっきとした夫婦ですが?」
なあ、と、金原は、櫻子へ微笑みかける。
「なっ!なんですって!じゃあ、あなたはっ!あの!!」
珠子は、恥をかかされたとばかりに、顔を真っ赤にさせて、櫻子を睨み付けた。
「で、でも、御披露目も……、そうよ、夫婦になんか、なっていないわっ!」
「まったく、キャンキャン、うるさいお嬢さんだなぁ。じゃあ、これは、どう説明する?」
言って、金原は、櫻子と繋ぎ合っている手を、珠子へ見せつけた。
「なっ、なに、なんなの!街中でっ、男女が手を!!ハレンチだわっ!!」
珠子は、悔しさと恥ずかしさが入り交じっているのか、顔を歪めきり、さっと、視線をそらした。
「まあ、何とでも。ああ、そうだな、御披露目なら、いくらでもやってやる。だが、金原はもっても、あんたのところ、柳原が、もたんだろう?何せ、鬼キヨに金を借りるぐらいだからなぁー」
ははは、と、声高に笑う金原を、行き交う人々が、ちらりと眺め、過ぎて行く。
「おっと、往来だった。西洋で言う、デートというものを行っていてね、つい、気が大きくなってしまったよ。そうだ!思えば、珠子さん、あなたとは、義理の兄妹《きょうだい》になるんだよなっ!」
「兄妹!!」
だろ?と、金原は、珠子へ、口角を上げて微笑むが、それは、誰が見ても底意地の悪いものだった。
珠子の顔付きは、歯軋りの音が聞こえてきそうなほど、苦々しそうなものに変わっていた。
「……お友達を待たせていいのかい?」
金原は、また、作り笑いを浮かべると、店先で珠子を伺っている友達らしき女学生達に会釈する。
「ほ、ほっといて、ちょうだいっ!!」
怒鳴りつけるように言い捨て、珠子は、踵を返すと、自分を待っている友の元へ向かった。
「珠子様?どなたですの?」
「ああ、お父様の取り引き先の方よ。ちょっとご挨拶に」
「まあ。そうだったのね」
「私達、てっきり!」
「だって、珠子様?素敵なお方じゃなくて?」
「あら、そうかしら?」
きゃっきゃっと、女学生らしい賑やかな会話が交わされていく。
それを、金原は、ふんと、鼻であしらうと、虎に帰ると言いつけた。
そして、金原は、ぽつりと言った。
「心配するな。お前の仇は、ちゃんと取る。あそこまで、生意気な娘だったとはなぁ。何が、美人番付だ……」
乗り降りの踏み台を用意しながら、虎も言い切る。
「ですよー!なんなんすっか!あれっ!ちょっと、番付に乗ったからって!そーいやー、予選だ!だーれが、投票なんかするかっ!ねぇー、社長!そうすっよねぇー!奥様の方が、断然、可愛いっす!!俺っちは、そう思うすっ!!」
虎の勢いに、櫻子は、恥ずかしさから俯いた。自分は、そこまで誉められる容姿ではない。日々着飾っている珠子の方が、番付には相応しい。
そんな事を思いつつ、櫻子は、小さくなるが、金原と虎は、よほど頭に来ているのか、二人で、言い合っている。
「ああ、そうだな、当然だ。しかし、俺の妻だぞ。番付は、無理だろ」
「あ!そんじゃ!人妻番付は、どうです!絶対、奥様の一人勝ちすよっ!社長!」
「おお、なるほど、それも、いい。いや!だめだ!虎!いいから、さっさと、準備しろっ!」
へぇーい、と、虎が返事して、人力の準備をしている側で、金原は俯いている櫻子の手を、ギュッと握った。