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仲睦まじく、人力に乗り込む櫻子達を、珠子はいまいましく思いながら眺めていた。
連れて行かれた義姉が、どうして、妻と呼ばれ、そして、一目で分かるほど、高級な品を身につけているのか。
妾などと、誤魔化したが、櫻子は、遊郭にでも売られたと思っていたのに、よりにもよって、金原と一緒にいるとは。そして、その金原は、鬼と呼ばれている人物のはずなのに、品良く洋装を着こなす青年だった……。
何故か異人のような見かけなのだが、それが、とても、魅力的に珠子には写った。
珠子だけではなく、取り巻きの友人達も、金原の日本人離れした容姿に引き付けられているようで、ひそひそ語り合っている。
「お知り合いは、異国の方なのかしら?」
「まあ、異国とお取引されているなんて、さすが、珠子様のお家ね!」
「お隣は、奥様よね?素敵だわ!」
はしたないと、わかっていても、つい、口にしてしまうほど、金原という男の見かけは、目につくもので、取り巻き達は、言葉を交わした珠子を羨ましそうに見ている。
そんな、金原と櫻子中心の空気に、珠子は、苛立ちを覚えた。
「……覚えてらっしゃい」
姉ではあるが、櫻子を、珠子はどうしても認めたくなかった。
自分よりも、よい暮らしぶりに見えた櫻子の姿は、憎悪を向けるに値する。珠子が自身へ言い聞かせているその時、
「……あの……日本橋女学校の、柳原珠子様……でしょうか?」
学帽に詰め襟姿の若者が、おどおどしながら、何かを珠子へ差し出している。
きゃっと、取り巻き達が、声をあげた。
すぐに、よそ行きの顔を作り、少しばかり俯きながら、珠子は、頷づく。
ここで、軽々しく返事をしてしまえば、格が下がってしまう。珠子は、胸の内で、今起こっていることを、ほくそ笑んだ。
「こ、これを、受け取ってください!」
そう告げて、学生姿の若者は、逃げるように駆け出し、消えた。
「珠子様!」
「また、ですわね!」
渡された、おそらく恋文を手にして、珠子は、あえて困ったという顔をする。
取り巻き達が言うように、番付に並んでからというもの、珠子に憧れ、恋文めいた物を送ってくる若者達が現れた。
概ね、学校帰りを狙って、手渡して来るのだが、家に訪ねて来る猛者までいた。
先程の学生も、珠子目当てなのだろう。
身元は、渡された手紙を読めば、書かれてあるはず。さて、今度はどれ程の男なのだろうと、珠子は、こっそり値踏みをしつつ、
「まあ、困りましたわ。この様なものを……」
などと、しおらしい乙女を演じて見せた。
数々の告白、なかには、求婚も含まれる珠子への注目に、母の勝代も、してやったりと、日々喜んで、集まって来る男達を、親子で選別していた。
上手く行けば、玉の輿に乗れる。
そう信じて、勝代も、珠子も、1位になれるよう、あれこれ手を打っていたのだが……。
偶然出会ってしまった、櫻子の姿は、珠子が知っているものではなかった。あの豪華な装いは、珠子の幸先を壊すような、実に不快なものに見えた。
「ごめんなさい。私、用を思いだしたの」
先に帰ると言い出した珠子へ、取り巻きの友達は、手渡された手紙のせいだろうと理解してか、ごきげんよう、また、明日。などと、別れの言葉を返して来た。
にっこり笑い、珠子は会釈をすると、足早に立ち去った。
ここからだと、店が近い。いつも通り、店に寄って、人力車を拾ってもらおう。そうでなければ、自宅までは、かなりの距離がある。父と顔を合わすだろうが、手紙を渡されたと、言っておけば、珠子の身を心配して、すぐに、人力車を手配するはずだ。
そして……決して、櫻子の事を口にしてはならない。
どうやら、金原と贅沢な暮らしをしているようだと、告げてしまえば、番付人気の自分の立場が危うくなる。
父にとっても、櫻子は、娘。連れて行かれた。という負い目から、きっと、急遽、御披露目だなんだと、櫻子を祝う話が出るだろう。
折角、ここまで来れたのだ。櫻子に、受け取れるであろう幸せを崩されたくはない。
(……ふん、御披露目も何もしていないくせに、夫婦だなんて。格好だけ整えても話にならないわ。私は、番付を利用して、良家の子息を捕まえるの。ちゃんと、御披露目もして、豪華な暮らしをするのよ!)
「とにかく、人力車を用意させなきゃいけないわ。早く家へ帰って、お母様に報告しないと……」
櫻子をなんとかしなければ。無論、番付と、櫻子は関係ない。それは、珠子も、良く分かっている。それでも、気になるのは……。
もはや、櫻子の存在事態が、珠子には、邪魔だったのだ。
この一部始終を、金原は、虎の引く人力車から見ていた。
櫻子は、人力車が揺れて、落ちたらいけないという理由から、握った手を離してくれない金原の、むちゃくちゃな言い分に頬を赤らめ、俯いている。
「社長!俺っちの、腕を信用してないんっすかっ?!」
虎は、車を引きながら、揺れには一番注意しているのにと、ブツブツ言っていた。
「ならば、すっ飛ばせ!虎!こちらも、早く手を打たねばな。あの、妹の思う壺だ!」
「へぇーい!じゃ、お戻りで、いいんですか?」
「ああ、戻る!番付人気は、如実に現れている!まずい……」
「社長!なんか、わからないすっけど、あの、妹は、許せないすっ!おっしゃ!俺っち、全速で走りますっ!」
おお、その勢いだと言う金原は、どこか楽しそうだったが、明らかに、悪巧みを企んでいるだろう、うすら笑みを浮かべている。
「さて、どの手を使うか……。あの、妹、潰してやるからな……安心しろ」
「え?」
低く、地を這うような、そして、物騒な金原の口ぶりに、櫻子は、思わず顔を上げた。
隣で、あの碧い瞳が、意地悪く光っていた。