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拓人は、スカイラウンジに寄り、カウンター席でウィスキーを舐めていた。
目の前のバーテンダーが、彼の顔を見た直後、僅かに目を見張ったが、何も見ていない、と言わんばかりに微笑まれる。
「俺のやってた事…………『アイツら』と一緒だな……」
グラスを手にしながら、拓人は、二ヶ月以上前に手を染めた、拉致監禁の闇バイトでの出来事を思い出す。
アイツら、というのは、闇バイトの主犯グループ『送迎役』の男たち。
あの時、唯一、本気で惚れた女、九條瑠衣が不特定多数の男に輪姦され、彼は、脱出するために様子を伺っていたとはいえ、やるせない気持ちを抱えながらも、見て見ぬ振りをして、傍観していたのだ。
強引に瑠衣から男たちを遠ざける事も、できたはずである。
だが結局、自分の命が惜しい事、瑠衣を確実に助けるためには、大人しくしている他に、方法が思い付かなかった。
過去の事を考えても、仕方がない。
拓人はまだ、ヤツらに狙われているのだから。
だが、今日の自分は、送迎役の連中と同じである。
友人が忘れられない女、優子を目の前で犯し、見せしめにした。
結びつけられた身体を引き裂き、拓人を殴ってでも、好きな女を救った廉。
あの二人が、客と売女として顔を合わせる前に、どうやって出会ったのかは不明だが、彼が思う以上に、友人が女の事をずっと想い続け、愛していた事を思い知らされた。
廉が優子を呼んだ時の、切なさに震えた叫び声が、今も耳朶に残っている。
「それが…………普通なんだよな。目の前で、好きな女が友人に蹂躙されていたら……身を挺して守る……よな……」
女を商売道具として見る拓人は、好きな女に対して、なりふり構わず行動を取った友人が、羨ましく思う。
「俺が…………真っ当な生き方をしていたら…………少しは女と向き合い、愛する事が……できたのかな……」
ウイスキーをひと口含むと、廉に殴られた時に付けられた口角の傷口が、アルコールで沁みていく。
「…………ってぇ……」
痛みに顔をクシャリとさせ、鼻腔に抜ける香りを感じながら、グラスをカウンターに置くと、氷が溶け、カランと小さく音を鳴らす。
「優子…………か……」
思えば、ホテルで女と一緒に暮らしてから、一度も名前を呼んだ事がない。
「ククッ……」
互いに『あんた』と『アンタ』で呼称が成立しているのが、まるで老夫婦みたいだな、と思うと、何だかおかしい。
「マスター。ウイスキー、ロックでお願いします」
「かしこまりました」
優子と、痴話喧嘩を思わせるような日々は、何気に楽しかった、と思い返す彼だが、それも終わりに近付いている。
拓人は、僅かな寂しさを感じつつ、残り少ないホテル暮らしを、心ゆくまで噛みしめようと、静かにグラスを傾けた。