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その夜のことだった。
俺は婆ちゃんと顔を合わせる気分になれなくて、何となく婆ちゃんを避けるように晩御飯を食べると自室に戻り、真奈の魔法によってボロボロになってしまった銀のアクセサリーを目の前にどうしようか、と悩んでいた。
いや、実際には悩む必要なんてないのかも知れない。このままこのボロボロのアクセサリーを持ってもう一度アリスさんの家まで行き、修復魔法をかけてもらえば良いだけの話なのだから。
万事解決、問題なし!
けれどあの時の、真奈の動揺した姿も脳裏によみがえってきて、何だか不安になる。
考えてみれば、アリスさんがこれを元に戻せるのであれば、あの時、真奈はどうしてあんなふうに逃げるようにして帰って行ってしまったのだろうか。
確かに、自分がかけた魔法で壊してしまったことに負い目はあっただろう。けれど、アリスさんの魔法で元の形に直してもらえばいいだけの話なのだから、あんなに動揺する必要なんてなかったはずだ。
にもかかわらず、真奈はとんでもないことをしてしまったような表情で「ごめんなさい」と謝り、逃げるようにして去って行ってしまった。
それはつまり、もしかしたらここまで派手に壊れてしまった場合、アリスさんにも直すことができないほどの状況なのかもしれない。
そもそも現実に魔法が存在しているにもかかわらず、ここまでそれが一般に知られていないということは、もしかしたら万能と思っていた魔法にも色々と制約があるのかも知れない。例えば、一定の条件下でなければ発動しない、とか。
だからこそ、真奈はあの時逃げ出したのではないか。どうすることもできないほどボロボロにしてしまった失態に恐怖し、その場にいるのが苦痛になって……
もしそうなら、このアクセサリーはもう二度と直らないかもしれない。
爺ちゃんと婆ちゃんの思い出の品が、こんな形で失われてしまったなんて知ったら、果たして婆ちゃんはどう思うだろうか。きっとショックを受けてしまうに違いない。
どうしよう、これは俺の所為だ。俺が直してあげようなんて言ったから。真奈に直してくれとお願いしたから。他の誰でもない。これは、俺の行動がきっかけで引き起こした顛末なのだ。
いったい、どうしたら――
俺は銀のアクセサリーを見つめながら腕組みをして、うんうん唸りながら考えたけれど、下手な考え休みに似たり。こんなところでいつまでも悩んでいたって、何も変わりはしなかった。
それならここはもう、明日あらためてアリスさんの家まで行って、直せるかどうか直接本人に訊いてみて――と考えた、その時だった。
ピンポーン
インターホンの音が俺の部屋まで聞こえてきた。
こんな夜にいったい誰だろう、と耳を澄ませば、母さんか婆ちゃんが玄関まで駆けていく足音が聞こえてきた。
それからしばらくして、
「ジュンちゃん! お客さんよー!」
婆ちゃんの大きく叫ぶ声が聞こえてくる。
「……俺に?」
俺は重たい尻をよっこらせ、と持ち上げるようにして、勉強机の椅子から立ち上がった。
ボロボロのアクセサリーの上に軽くビニール袋をかぶせて隠し、自室をあとにして玄関へ向かう。
「あっ……」
その姿を見て、俺は思わず目を見張る。
玄関に立っていたのは、泣き腫らしたような目をしてしょんぼりした表情の真奈と、その後ろで申し訳なさそに佇むアリスさんのふたりだったのだ。
ふたりの前には婆ちゃんがいて、
「あなたに用事があるそうよ」
と軽く手招きしながら口にする。
「あ、うん」
俺が玄関まで歩み寄ると、アリスさんはぺこりと深く頭を下げて、
「この度は、大変失礼いたしました」
とわずかに低い声で、そう言った。
それに続けて、
「ごめんなさい……」
真奈も、同じように深く深く頭を下げた。後ろで束ねていた黒い髪が、はらりと肩に落ちて揺れる。
俺はどうしたものか焦りながら、
「あ、いや、えっと――」
なんて答えたら良いものか、思わず婆ちゃんの方に顔を向けた。
婆ちゃんは小さくため息を吐いてから、
「こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
それに対して、アリスさんも真奈もゆっくりと頭を上げる。
「――はい、すみません」
「……はい」
それから婆ちゃんは俺に向き直り、
「ジュンちゃんも。あと、あのアクセサリーを持ってきなさい」
「えっ……あっ……」
その言葉に、どきりとして冷や汗が噴き出してくる。婆ちゃんの、どこか呆れたような視線に俺は小さくため息を吐いてから、
「……うん」
小さくこくりと、頷いた。