コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私は今、霊媒師と共に実家にいる。なぜ霊媒師がいるかって?この家に悪霊が憑いていると思うからである。私は堀内麗奈。大学四年生。この家には7年前に、転勤族の父の影響で引っ越してきた。私と母と父と、2歳年下の弟の昭乃(アキノ)、そして当時飼っていた犬のペコと一緒に。あの時はこんなことになるなんて思ってなかった。こんな不幸になるなんて!
まず、この家に引っ越してきた二ヶ月後にペコが死んだ。急なことだった。私とアキ(昭乃)と二人で親に懇願して5年前からウチに来てくれたペコ。私にとってかけがえのない家族の一員だった。一週間ぐらい学校は休んだっけ。アキもそうだったと思う。父と母も哀しかっただろうが、父は仕事を休むわけにはいかなかったし、母も私たちがこれ以上病んではいけないからいつも通りな感じだった。でもこれは不幸の始まりにすぎなかった。
それから一年後、アキが家に引きこもるようになった。学校でイジメに遭っていたらしい。アキは優しくて明るい、ムードメーカーのような存在だった。まさかイジメに遭っていたなんて。私は弟の苦しみに気付けなかった。私達は周りからも仲のいい姉弟と言われていた。小さい頃は実家の前にある朝日公園でよく二人で遊んでいた。だが引きこもり始めてからというもの、アキは私とは口を聞いてくれなくなってしまった。
それから一年後。私が大学一年の夏である。地元の大学であったが、私は実家を出てアパートで生活をしていた。あの家に居たくないという気持ちがあったというのが理由である。ある日の夜中、母から電話がかかってきた。父に癌が発覚した。早期発見といえる状態ではなく、これからどうなるか分からないと医者からは言われたそうだ。当然は会社は長期間休まないといけなくなり、母はパートを始めると言った。私は大学を辞めると母に言ったが、母は「私が頑張るから大学は出なさい」と言ってくれた。私は大学を出て就職し、父と母に恩返しするために大学に行き続けることにした。
その頃私は自動車学校にも通っていた。ある日の教習のことである。その日はいつもとは違う先生が担当してくれた。30代の男性で少し髪と髭が長い人という感じだった。名前は北野と言った。いつも通り車に乗り、ライトの確認を終わらせて先生が車に乗った後、彼の第一声がこうであった。
「堀内さん。あなた最近悪いことがあったんじゃないかな。」
驚いた。いきなり言われたからということもあったが、確かにその通りであった。私はこれまでの経緯を話しつつ教習を進めた。一通り教習を終えた後、私は彼にこう尋ねた。
「出来るだけ周りには気づかれないように振る舞っているつもりだったんですけど、今の私って暗いですか。」
私の問いに対し、彼はこう答えた。
「いつものあなたが分からないからなんとも言えないね。あなたを受け持ったのも初めてだし。」
不思議そうにした態度を見せる私を見て彼はこう続ける。
「実は僕一応ね、霊能力者なんだよ。内緒で副業として霊媒師をやってる。だからなんとなくその人が今どんな目に遭っているかが分かることがあるんだよね。」
霊能力者!?霊媒師!?いきなりそんなこと言われても訳が分からない。私は当時霊なんて信じてなかったし、信じたくもなかったが、こう言われると気になったので彼に尋ねた。
「ということは、私に悪霊でも取り憑いているということでしょうか。」
彼はこう返した。
「いやいや、あなたには何も憑いてないよ。可能性としてあるのは、君の家族のうちの誰かか、君の周りの物、例えば家とか。」
心当たりがあった。引っ越してきた実家である。あの家に引っ越してきてから不幸に見舞われているからだ。私がこう考えていると彼はこう言った。
「すまないが次の教習があるからもう行かないと。僕の名刺を渡しておくから何か手伝って欲しいことがあったら連絡してね。くれぐれも自動車学校には内緒でね!」
正直彼が霊媒師だということは信じきれなかったし、よく分からなかったが、もしかして一連の不幸が悪霊のせいだったら?という気持ちが芽生え始めたのはこの日からであった。
それから三年経った。私は大学四年の春である。単位は勉強を必死に頑張った甲斐があり順調に取ることができた。就職も地元では有名な企業から内定をもらえた。ここで頑張ることができれば、闘病中の父と私のために頑張ってくれている母にも少しは恩返しをすることができるだろう。アキはまだ引きこもっている。私が社会人になって頑張っている姿を見せることができれば、アキの心のなかも変わってくれるだろうか。決して幸せと言える家庭環境ではないが、これからは私が支えていこうと張り切っていた。ある日の夜である。不意に母に電話をかけたくなった。しかし、何度コールをしても母は電話にでなかった。こんなことはこれまでなかった。私は心配になり、ダメ元でアキに電話をしてみることにした。すると電話が繋がった。電話越しであってもアキと話すのは数年ぶりだ。私はアキにこう尋ねた。
「アキ、お母さんと連絡が取れないんだけど、何か知ってる?」
するとアキはこう答えた。
「分からない。分からないけど、もう二日ご飯を貰ってない。これまで毎日部屋まで持ってきてくれてたのに。」
なんだって?どうなってるの?私はすぐさまこう返した。
「あんた二日もご飯食べてないの!?それにお母さんに何かあったってことじゃない。早く部屋でてお母さんを探してよ!」
私の絶叫に対してアキはこう返した。
「無理だ。もうベッドから動けない。体が動かないんだよ姉さん。ずっと何かが僕を見てるんだ。きっとぼくらは呪われてるんだよ。僕ら家族揃ってみんなもうすぐ死ぬんだよ!」
私は弟との電話を切り、すぐさま例の自動車学校教員の名刺をみて電話をかけた。やはりあの家には悪霊がいる。すぐにでも彼と一緒に実家に行かなければ。電話が繋がった。
「もしもし、以前教習中に北野先生に私の不幸について相談した堀内麗奈なんですけど、大至急実家に来てもらいたくて!」
彼はこう返した。
「落ち着いてよ堀内さん。急に言われても。僕にも予定があってだね。」
彼の言うことを聞き流し、私は言い放つ。
「とにかく早く実家の近くの朝日公園に来てください。来ないと副業の件学校にバラしますから!」
そう言い捨てながら電話を切った。私だけでも早く実家に行かなければ。
私が実家前の朝日公園に着くとそこには北野先生が居た。私が彼に声をかける。
「先生!来てくれたんですね!ありがとうございます!」
彼はこう返す。
「そりゃあまぁ、学校にバラされちゃったら僕も困るからね。この副業稼ぎ少ないし。急いでいるのだろう?早くいこうか。君のためにも。」
外から見た実家はいつも通りだ。でもきっとこの中に悪霊がいる。私は意を決して玄関のドアを開いた。
ドアを開いたとたん一瞬時空が歪んだかのような気がした。悪霊のせいだろうか。だがこんなことを気にしている場合ではない。私は走るようにこう言いながら電気のついてないリビングへ繋がるドアを開ける。
「大丈夫?!お母さん!アキ!」
私がリビングに入った途端、部屋の電気がつき、クラッカーの音が鳴り響いた。
「ハッピーバースデー!麗奈!」
私は何が起こったかも分からずにその場に座り込んだ。リビングのテーブルには母の手料理が並びその周りには父とアキの姿もある。きょとんとしている私に母は語りかける。
「あなた勉強に必死すぎて自分の誕生日も忘れてたんでしょ。だからサプライズにしようと思って。お母さん頑張っちゃった!」
私の誕生日今日だっけ。とりあえず母が無事でよかった。でもお父さんは?病院にいるはずじゃ。母がこう続ける。
「お父さんも病状が安定してね。まだ完治ではないんだけど。」
父がこう続ける。
「お母さんや麗奈が頑張っているのに病院で寝ているだけは申し訳ないからな。自宅療法に変えたんだよ。」
そうだったのか。そしてもう一つ。アキが部屋からでてきている。アキのことを見つめているとアキも口を開いた。
「みんな頑張っているのに僕だけ部屋にこもっているわけにはいかないよ。これからできることを見つけていこうと思ったんだ。」
続けてアキがこう続ける。
「驚かしてごめんね。姉さん。サプライズだからあんなこと言っちゃったんだ。こうすれば姉さん急いで戻ってきてくれると思って。」
その話を聞いた途端、私は泣き崩れてしまった。この家に悪霊なんていなかった。この家には幸せが溢れている。泣いている私を見て母がこう言う。
「ごめんねー麗奈。ちょっとやりすぎちゃったかも。でも今日はめでたい日なんだし、早くみんなで祝いましょ。麗奈私の料理食べるのも久しぶりでしょう?」
言われてみれば確かにそうだ。大学に入ってアパート暮らしを始めてから私はほとんど実家に帰ってなかった。帰ったとしても一瞬、必要なものを取りに帰るくらい。久しぶりに母の手料理が食べれる。私は席に着こうとした。しかし私の席の前にあるお茶碗にはご飯が入ってない。私が不思議そうにしていると母がこう言った。
「麗奈大喰らいだから、いつもご飯は自分で入れるんじゃない。」
確かにそうだった。私は炊飯器を開けようとした。
炊飯器は開いていた。中には蛆虫が這っている。放心状態の私の周りから色が消えていく。テーブルを見ると、母も父もアキも、母の手料理も消えていた。その代わりにテーブルの前には北野先生が悲しそうな表情をして立っている。思い出したくない現実が私の頭に蘇ってこようとする。だが、私はそれを受け入れきれずに震える声で北野先生に問いかける。
「あの、これら全て悪霊の仕業ですよね。」
北野先生がこう返す。
「いや。この家に悪霊なんていないよ。それとあなたに言わないといけないことがある。」
お願い。それ以上は言わないで。だが、北野先生はこう続けた。
「あなたは車に轢かれて死んだんだ。僕に電話をかけてくれたあの日、朝日公園の前で。」
その言葉を聞いて私の中に鮮明に記憶が甦ってくる。私はあの日急いでいた。周りが見え無くなるほど。そして朝日公園に入ろうと道を飛び出したとき、車に轢かれて。
みるみる私の体が透けていく。私は最後に北野先生に語りかける。
「あぁ、悪霊は私だった。死んでも尚この家と先生に取り憑いて。こんなことになるならずっと実家で暮らしとけばよかった。そうすればずっとお母さんの手料理を食べれ
堀内麗奈の霊が消えた。僕は北野昌幸。結局、彼女が僕に電話をかけてくれたあの日、僕は自分の予定を優先し朝日公園には行かなかった。後日彼女の死をニュースで知り、僕は罪悪感に蝕められることとなった。僕があの日、朝日公園に行けば何か変わったのではないかと。電話越しにでも彼女をもう少し落ち着かせることもできたはずだ。そしてこの件を放っておくことはできなかったので僕は彼女について調べ、彼女の母、美恵さんと連絡を取ることができた。
美恵さんから聞いた話はこうである。麗奈さんが事故に遭った前日、美恵さんはパート先で倒れてしまった。麗奈さんと連絡が取れなかったのはこのためである。そして次の日、麗奈さんが家の前で轢かれた。部屋に引きこもっていた昭乃くんにも事故の音が聞こえたらしく、部屋の窓から血だらけで倒れている麗奈さんが見えたそうだ。そして昭乃くんはパニックを起こし、持っていたライターで部屋に火をつけ、家は火事になった。幸い昭乃くんは救助されたが、家は昭乃くんの部屋があった二階部分が全焼、あの日のまま、麗奈さん達の家は放置されている。癌で闘病中だった父、幸定さんは麗奈さんの死のショックもあったのか癌の症状が悪化し、麗奈さんの死から一ヶ月後に病死したそうだ。
今日は美恵さんとカフェで会う約束をしている。定期的に辛い状況であろう美恵さんの話を聞くことにしているのだ。麗奈さんが戻ってくることはないが、これが僕にできる最低限の罪滅ぼしの一つ目だ。なんだか美恵さんの顔がこれまでより明るく感じた。席につくなり彼女が口を開く。
「昭乃が就職するって言ってくれたのです。これ以上お母さんを悲しませたくないって。」
そうか。それは良いことだ。皮肉にも父と姉の死が彼を動かす動力になったのだろう。僕は美恵さんにこう言った。
「よかったです。きっと幸定さんと麗奈さんも喜んでいると思いますよ。もう少し早く頑張れよ!って。」
僕がこう言うと美恵さんは少し笑ってみせてくれた。
カフェでの話が終わり、会計を済ませて別れ際、美恵さんが僕にこう言った。
「昌幸さんって霊が見えるのですよね。麗奈と会うことはできないのでしょうか。」
僕は彼女の問いかけにこう返す。
「麗奈さんの霊に会ったことはこれまでありません。きっと成仏したのだろうと思います。」
彼女は「そう、なら良かった」と笑顔で、どこか寂しそうに言った。
今、燃えてしまった麗奈さんの実家に”悪霊は”取り憑いていない。結局、麗奈さん達の家に悪霊がついていたのかは、僕にも分からない。麗奈さん達一家に降り注がれてしまった不幸は本当に悪霊によるものだったのか。昭乃くんが麗奈さんに対して電話で言っていたことは、極限状態に追い込まれた昭乃くんが見た幻覚だったのか。それとも…
今僕は朝日公園にいる。僕は美恵さんに嘘をついた。僕には霊が見えるという能力ともう一つ能力がある。霊に対して霊が望む幸せな「夢」を見せることができるというものだ。これまでこの能力を使いたくさんの霊を成仏させてきた。だが、今回はこれまで通りにはいかない。いくはずがない。
僕は麗奈さんが事故にあった9時45分、金曜日に必ず朝日公園に来ることにしている。どんな予定があったとしても必ず。もうすぐだ。
「先生!来てくれたんですね!ありがとうございます!」
今日も麗奈さんの霊は朝日公園に駆け込んできた。これで23回目。これが僕の二つ目の罪滅ぼしだ。