その素顔は純正の日本人で間違いないようだ。
二つに別けたセミロングの黒髪に、切れの長い爬虫類の瞳は常人が持ち得ない裏気質の類い。何処か人を見下した感もある。
「貴方は?」
勿論、琉月は彼に見覚えはない。
「死人に名乗っても仕方無いと思うが?」
彼は琉月の問いには応えず、掌に何かを取り出した。
一瞬『具現化系?』と思う程の早業。その手には数枚のタロットカード。
「貴女はこの『DEATH』を引く運命にある」
男は死神のカードを裏返し、それを琉月へ向けて指で弾いた。
「…………」
一瞬の風切り音が聞こえた後、琉月の腰掛ける机に備えられた花瓶が、綺麗に二つへと擦れ落ちた。
花瓶からは一瞬の間を置いて、内部の水が溢れて机上に浸透していく。
「鋭利に研ぎ澄まされたカードですか。速度といい正確さといい、手品にしては中々ですね」
その切れ味を垣間見て尚、それでも琉月は動揺する素振りすら見せない。冷静に原理を判断。
「クク……本当に気が強い。だがその仮面の下はどうかな? 恐怖におののくか、それとも……」
彼としても先程のは、ほんの小手調べ。
「まあその細首を離してから、ゆっくりと拝見する事にしよう」
問答無用。直ぐ様一枚のカードを手に、琉月へと飛び掛かっていた。
「――っ!!」
それは余りにも速く、正に縮地の領域。
瞬きの間には到達し、琉月の白い細首は椿のように落ちる。
――と、誰もがそう思った筈だ。
琉月は机から――椅子から一歩も動いていない。というより、動く暇さえなかったろう。
「…………は?」
男の目は驚愕に見開かれる。
確実に狙いを定め、横に薙ぎ払ったその鋭利な刃に等しいカードは、琉月の首に届く前に――止まった。
“ズブブ”
代わりに男の額には指先が突き立てられている。
「――んなっ!?」
その他以下、全員に激震が走った。見えなかった。
椅子に座ったまま、その細指が男の額に突き立てられた瞬間を。
「あ……あぺぇ……ぁ――」
脳髄まで深く埋め込まれた指が引き抜かれると、男は驚愕の表情のままゆっくりと後方へ倒れていった。暫し不規則な痙攣を繰り返した後、完全に沈黙。
「女性への強引さは感心しませんね……」
琉月は腰掛けたまま、人差し指の血糊を拭う。その有無を言わせぬ圧力に、誰もが気圧されたかのように後ずさった。
「さて、お話に戻りましょうか」
琉月は何事もなかったかのように、再度辺りを見回す。多勢に無勢だったのが、彼女のたった一合で覆った感がある。
純白の誰もが動揺し、攻めあぐねている感がある中――
「ハハハ。なるほど……“SS級”以外にも障害はあったか」
一つの声が上がる。その瞬間、モーゼの十戒のように人が割れた先に、その人物は居た。
そして純白を掻き分けるよう、ゆっくりと琉月へ向けて歩み寄っていく。
「貴方は?」
無駄だろうが琉月は一応の確認を。そしてその他の反応から、この者こそが純白の集団の纏め役だろう事が伺えた。
そしてその実力が、他とは一線を画すであろう事も。
その者は不意に立ち止まり、指先を“パチン”と鳴らす。
「…………?」
――その瞬間だった。
二人の間には距離がある筈の、琉月の白い仮面が唐突に真っ二つに割れてしまった事に。
“……今のは?”
思わぬ形で素顔を晒す事になった琉月は、流石の不可解さに机上に落ちた二つに別れた仮面を見て取る。
「ホゥ……噂以上に美しい」
その者は琉月の素顔に息を呑んだ。同時に後方からも固唾を呑む音が聞こえた。
それ程に琉月の素顔は、場違いなまでに美しく映えたのだ。
「いきなり失礼ですね。この仮面は特別製でして、手元にストックは無いのですよ」
不可解な現象を怪訝に思うも、腰掛けを崩さない琉月の表情に戸惑いの色は見られない。
「それは失礼……。御互い素での会合が一番と思いましてね。そして先程はその者が無粋、失礼致しました」
紳士的で――何処か余裕の口調で、彼は先程の者も含めての非礼を琉月へ深々と詫びた。
「改めて初めまして――」
そして頭を深々と下げたまま、彼は名乗りを上げる。
「我々は『ネオ・ジェネシス』第七遊撃師団――」
“ネオ・ジェネシス! そう……それがあの御方の”
遂に掴んだ組織の氷山に、琉月の表情も僅かに揺れる。
そして彼が各師団の存在を挙げた事で、相当数の大規模組織で在る事を即座に推測。
「私は師団長を勤めさせて頂く――」
ゆっくりと頭を上げながらフードを剥ぎ、その素顔を露にしていく。
「コード『マジシャン』――シオンと申します。以後お見知りおきを」
其処には純正のブロンドの総髪が。特有の青い瞳からして先程の日本人とは違い、完全な外国人だった。
彼はニヒルな笑みを琉月へと向けている。紳士的だが、やはり何処か見下した感が否めない。
素顔を見るまでは、流暢な日本語から外人とは気付かなかった。琉月は『ネオ・ジェネシス』という組織が、世界各国の人材から寄せ集められた組織だと推測。
「どちらですか?」
「……はい?」
琉月の問いに、シオンなる者は表情を崩さぬまま聞き返す。
「貴方の『コードネーム』ですよ。御伺いした所、二つ在るみたいですが?」
それは名乗り挙げた――コード『マジシャン』と『シオン』の二つの単語の事だった。
琉月にとってあくまで重要なのは、戦闘による排除ではなく情報収集。ようやく掴んだ手掛かり。ここはどんな些細な事でも、出来る限り引き出しておきたい。
向こうは此方を完全把握しているだろうが、此方は向こうの事を全く知らないのだ。
「あぁ、その事でしたか。この状況を前にしてその聡明さ、フフフ。ますます気に入りましたよ」
彼は琉月の不動心に、意外ながらも感心したように含み笑みを漏らす。
それは好意的解釈の顕れ。先程の問答無用だった者とは違い、彼はある程度明かすつもりのようだ。